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5歳の僕 ♢学園編 2♢

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さすがに許可が下りて実際に行けるようになるのには最低1ヶ月はかかるだろうと、日課のお昼寝を終え何の心構えもなく学園長室に行った僕は悪くないと思う。



だって許可を取るにはまず宰相様に申請をして(これはもう既に終わってたけど、本当はここまででも場合によってはかなりの日数がかかる。)、それから宰相様の認可が降りたとしても、その後関係各所への確認(1番の関係所のトップからの申請だけど)、承認を得て(時と場合によって、宰相様への申請と手順が前後する事もあるけど、今回は学園長さんが直接宰相様に申請してたからね)、それから最終的に国王陛下にも許可を得なければならない。


この国王陛下に申請書が届くまでにもかなりの日数がかかるが、お忙しい陛下が書類を確認し承認印を押すまでにも数日はかかるのが普通だ。
我が国の国王陛下は幸いな事に勤勉、勤労でらっしゃるそうだけど、それでも数日。
世にいう愚王の治める国なんて、1つの認可を取るだけでも半年はかかるんじゃないだろうか…


ましてや今回の申請なんて、国の中枢の重要機関への入室申請だから厳重な審査や陛下の認可がいるけど、内容は学園に通う子供を連れてってあげたい、みたいなものだもの。
王宮直通の転移魔法陣に僕の通行許可を取る(魔法陣への認証に僕(と、ルーとリディも必然的にセットで)の事も新たに組み込む)だけでも大変なのに、そんなの後回しされるのが当たり前だよ。
学園長さんからの宰相様への直接の申請だから、最短で1ヶ月としたけど…それだって異例の早さだと思う。
だから心構えなんてもちろん僕はしていなかった。


宰相様に会った3日後の今日。
今日の午後の1枠は学園長さんとの特別授業(お茶を飲みながら魔道具なんかの話をするだけのお茶会)の日だから、いつもみたいにお昼寝が終わってから学園長室に訪れたんだ。
学園長室に入室していつものように飛び込んでくるリディを受け止めたら、そのまま学園長さんに手を引かれ、王宮直通の魔法陣のある部屋に連れていかれ、何の前振りもなく気がつけば王宮側の転移魔法陣の上に立っていた。
何でそれが王宮の転移魔法陣だとすぐに分かったかと言うと…
着いた先の部屋の調度の上質さもそうなんだけど、目の前に何故か国王陛下と宰相様が立っていたから。
僕は危うく心臓が止まるところだった…。



いや心臓は動いていたけど、呼吸は確かに止まっていた。
それでもほぼ無意識下の脊髄反射で陛下に最敬礼を取り、頭を下げたのには自分で自分を褒めたいと思った。
隣では学園長さんも優雅に陛下に礼を取っている。
きっと学園長さんは着いた先に陛下達がいるのを分かってたんだと思う。


い、おもてを上げなさい。」


許しを得て頭を上げる。
でも目線は合わせない。
尊い方と許しなく目線を合わせるのは、不敬にあたるからだ。
父様と陛下は近しい間柄だと聞いてるけど、それは僕には関係ない。
何せ初めての拝謁だし。


「……のう、余は、そんなに怖いかのう?
レティ君、目も合わせてくれないんだが…」


顔を上げて、陛下からお声が掛かるのを待っていると、いきなりそんなふうに話し始めた。
レティ君…まだ自己紹介もしていないのに親戚のおじさんが話しかけてきてるみたいな話し方だ。
でも僕にお声がかかった訳でもないから弁解もできない。
困ってそっと学園長さんを見ると、何故か陛下に向けてニヤニヤ笑いをしていた。
えっ何で?


「さてのう…レティ君は賢いから、いきなりの陛下のご登場に緊張しておるんじゃないですかのう?」


「そうですね、5歳という幼さでもしっかりとした貴族としての自覚を持っているようですから、当然の対応かと。
それに、陛下が怖くないかと言われると、私にはお答えしかねますね」


「二人とも、余に冷た過ぎるだろう。
レティ君、今は非公式だから、余とも普通に話しておくれ。
ほら、何にも怖くなんてないから! 
目も合わせておくれ!余は、怖くないよ!
余にもせめてこの2人か、息子にするみたいに接しておくれ」


いきなりの陛下からの懇願に困惑しきりの僕は、言われたとおり目を合わせて、混乱のまま「光栄でございます、陛下…」とだけやっと声を絞り出した。
もうレティ君呼びされてるし、拝謁の挨拶も出来ないままグダグダで、でも今から格式張った挨拶を陛下にしたら大袈裟に嘆かれそうな空気だ。
でもさすがにいきなりの返事はこれが精一杯の砕けたラインだった。
だからそんな哀しそうな、寂しそうな顔で僕を見つめないで下さい。
お願いします。



「まだ堅いのう…レティ君は噂以上に賢い上真面目なんだのう…
余も早く仲良くなりたい。
余、頑張るから、レティ君も早く慣れておくれ」



よしよし、という風に頭を優しく撫でられた。
慣れるのは難しいけど、陛下はとても懐の広い、お優しい方みたいだ。
ちょっとお優しすぎるっていうか、本当に親戚のおじさんみたいになってるけど…
でもそのお陰で、やっと少しだけ肩の力が抜けた。
気がつけば呼吸も普通に吸えるようになっていた。


僕の頭を一頻り撫でて満足したらしい陛下は、僕の足元の後ろに目線を移した。


「貴殿が黒の君ですかな?
お目にかかれて光栄です。」


そう言って、軽く頭を下げられる。
リディも、僕の後ろから僕の横にまで移動してグルル、クルルゥと鳴いてから頷いていた。
一国の王と聖獣を纏める竜の子息。
普段のリディを見てるとその可愛さに忘れてしまいがちだけど、リディも王が敬意を払う存在なんだな。
何だか不思議な気持ちでその様子を眺めていた。


「それで陛下。
学園の授業の一環のこの時間に何用でしたかな?」


陛下とリディの様子を一通り見遣った後、学園長さんが切り出した。
え? 用件学園長さんも知らないの?


「あーいや、用と言う程の事は無いんだがな?
レティ君が王宮に来るっていうから、それなら余もやっと会えるかと思ってな?
ほら、余から会いに行くのは皆が渋るから我慢しておったけど、レティ君から来てくれるんなら余だって会っても問題なかろ?」



「だからといって、転移魔法陣前で待ち構えているのは如何なものですかなぁ。
レティ君、さぞ驚いたと思いますぞ?のう?」



学園長さんが僕に話を振ってくる。
いや、そんな実際心臓止まる勢いで驚いたけど、はいとも言い辛いよその質問!
学園長さんも知らなかったのにも驚いてるけど、僕、王宮に来る事も聞いてなかったから、この吃驚は学園長さんにも原因あると思うよ!
言えないけど!



「レティ君に聞いても答え難いでしょう。
お二人共自重なさいませ。
レティ君、こんなお爺さん二人は放っておいて、私の執務室でお茶でもして休憩しませんか。
こんな所で待ち構えられて立ち話させられて、疲れたでしょう?」



宰相様が助け舟を出してくれると見せかけて、ナチュラルに二人を無視して自分とお茶をしようと誘ってきた。
あまりに自然なお誘いに頷きかけたけど、このお二人を置いてなんてダメだよね!
それに僕、お茶しにじゃなくて授業の一環でここに来てるし!



「ホルデン! 
抜け駆けは狡いぞ!
お前はつい先日も抜け駆けして先にレティ君に会いに行ったじゃないか!
余だってレティ君とお茶したい!!!」




僕が返事を返す前に陛下が駄々をこねた。
失礼な言い方だけど、だって本当にそんな感じ。
僕、どうしたらいいのか分からない。
陛下こんな感じでいいのかな、威厳とかそう言うのに関わらないのかな。
僕がオロオロしていると、隣で学園長さんが態とわざとらしく長くて大きい溜息をついた。



「こうなるから儂、今日来るって最小限の人員にしか言うてなかったのに。
誰じゃ告げ口したの。後で見つけて叱ってやらねば」



そうブツブツ呟いてから、ゆっくりと顔を上げて陛下と宰相さんを見据える。


「お二人共、今日のレティ君は授業の一環で来とるので、まずは研究所に連れていきます。
帰る前に挨拶に寄るようにしますから、今はレティ君の授業を優先して下さいませんかのう。
そうじゃなかったらレティ君、もうここに来てくれんかも知れませんぞ」



僕何にも言ってないけど、学園長さんはそう、お二人を脅すような口調で話しかけた。
そんな理由で脅しになるとは思えないんだけど…



「あい分かった!!」
「分かりました」



学園長さんの提案?脅し?に素直に頷くお二人。
え、それで納得なの?
僕はまた研究所に来れるなら嬉しいけど、どこに即決する要素が???
論点も争点も着地案も理解できないまま、「それではまた後程」と、にっこり笑んで僕の手を引く学園長さんにそのまま連れ出された。
後ろから「手を繋ぐなんて狡いぞーーー!」っていう陛下のお声が聞こえた気がするけど、多分気のせいだ。
学園長さんは手を引きながら、「レティ君、気を張らせたろう、すまなかったね」と言ってくれたけど、学園に戻る前の挨拶は決定事項っぽい。
手を引かれる形で何の挨拶もしないままお2人の前から立ち去ってしまったし、辞去の挨拶は必要だよね、と自分を納得させて、何だか諦めの境地で学園長さんと研究所に向かう。
学園長さんに引かれてるのとは別の手をリディが握りながら、キュイキュイと喉を鳴らして慰めてくれてるのが今、唯一の癒しかもしれない。





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