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身バレしないはずだった

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「あ……耳は両方ぴんと立ってました、顔……も、もう少しぱつんとしていたような……」
「だと思います、耳は綿を入れ直せば以前のようになりますよ」
「あ、それは是非」

 思わず応じると、大西はにっこり笑った。

「お尋ねしたいのは、ももさんの新しい頃を完全に再現してほしいかどうか……なんです」

 大西はももちゃんの手足のつけ根を確認しながら、続ける。

「私たちはお預かりした子たちが初めどんな姿をしていたか、以前の写真も見せていただければ、ほぼ完璧に再現する自信があります」

 なるほど。亜希は頷く。

「ただそうすることで、最近慣れ親しんできた感触とがらりと変わってしまうと、これはうちの子じゃないと感じてしまうこともあり得ます」

 あ。亜希の口から音が洩れそうになった。自分が引っかかっているのは、まさしくそこだからだ。大西はももちゃんの手足を十分見たようで、亜希の顔に視線を移した。

「へたったり薄くなったりしている箇所は、そんなに手術は難しくないと思います……あとは好みの抱き心地を見つけられれば、ももさんをクリーニングしてからの綿入れに指針ができます」

 これは難しい指示になりそうだった。その時ふと亜希は、自分が設けた設定のことを思い出す。

「それは、その、……姪に訊いてみないとわかりません」

 亜希の言葉に、大西は目をゆっくりと瞬き、ぴくぴくと肩を震わせた。そして、我慢できなくなったようにぶはっと笑った。ももちゃんの顔を見ながら言う。

「ふふふ、おまえの飼い主面白いな」

 彼がももちゃんに話しかける様子に、亜希はどきりとした。優しい目をして、自分と同じように、ももちゃんが聞いていると思いながら話している。
 大西は笑いながら亜希の顔を見る。

「住野さん、そのお芝居もういいですよ、結構キツいでしょ?」
「なっ……」

 瞬時に亜希の顔に血が昇った。大西の容赦ない言葉が続く。

「住野さんの姪御さんなら、まあ最高で5、6歳として、赤ちゃんの頃からももさんを持っていたとしても……こんな風にならないです」

 亜希はあ然とした。この男、ぬいぐるみの状態を見ただけで、何年使っているのかわかるのか! 

「持ち主が赤ちゃんの時から愛されてる子なら、振り回されたりするから関節部分がもっと傷みます……ももさんは住野さんがだいぶ大きくなってから住野さんのもとに来て、今でもずっと一緒に寝てるのかなって感じですよね」

 ひと言も出なかった。大西の言う通りだったからである。
 彼は亜希の赤い顔を見て思うところがあったのか、口許から笑いを消して眉の裾を下げた。

「笑ってすみません……住野さんみたいに恥ずかしがって、自分の子じゃないって最初おっしゃるお客様はちらほらいらっしゃいますよ」

 はあ、と呟いて、亜希は少し顔を右に向けた。ももちゃんが自分ではなく、前に座る男の手に抱かれている違和感が半端ない。つい言い捨ててしまう。

「……だって私みたいなおばさんが古いうさぎのぬいぐるみを手放せないとか、世間は白い目でしか見ませんよ」

 きちんと視界に入れなかったが、大西がまた笑いをこらえている気配がした。

「年齢はともかく、住野さんの場合はちょっとギャップが」
「は?」

 大西は亜希に凄まれて、いえいえ、と言葉を引っ込めた。

「そんな態度を見せる人はいるんでしょうね……どうして大切にして愛情を持って接する対象がぬいぐるみじゃ駄目なんだと、私なんかはそういう人に逆に訊きたいですけど」

 大西の言葉に、亜希は不覚にもちょっと心を揺さぶられてしまった。彼は続ける。

「ぬいぐるみを大切に思う人は皆愛情深くて優しい、私の経験上それは確かです」

 3秒後、鼻の奥が微かにつんとなったので、亜希は慌てて別のことを考えようとした。こんなとこでほだされてどうする、と思う。大西がぬいぐるみに対してどう考えているのかと、修理を頼むかどうかは別問題だ。
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