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平穏ならざる日常

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「何かね、たぶん事務の会議でも出ると思うんだけど」

 レジの女帝ことチーフの華村は、店内で買った天津飯にプラスチックのスプーンを突っ込みながら切り出した。

「レジと事務が部門統合する話が出てる、まだ計画段階だけど」

 華村と同じく店内で買った、鶏と野菜の黒酢炒め弁当の最後の玉ねぎを箸で摘み上げ、亜希はえっ、と呟いた。
 店舗の3階は更衣室と休憩室、備品置き場である。亜希がハッピーストアに入社する7年前までは、従業員食堂が機能していたので、ここには台所があり、湯を沸かしたり簡単な調理をしたりすることが可能だ。しかし従業員は、1時間ないし30分の休憩時間に調理をすることはほぼ無く、昼食は持参するか、店舗内で買うかするのが一般的だ。
 華村は口をもぐもぐさせ、天津飯を飲み下す。

「ほら、産休から復帰した事務の社員がレジに行かされたって話、最近よくあるでしょ?」
「あっ、元日本橋店のチーフとかですよね? よくできる人だったのに何でってなりました」

 亜希の反応に、それなのよ、と華村はスプーンを握り直す。亜希は玉ねぎと麦入りご飯を口に入れた。

「事務の業務を簡素化して、事務の社員を減らすというか、レジ中心になってもらって、……チックな話」

 うーん、と亜希は首を捻る。自分を含めて、事務の社員は接客が好きでない人間が多い。だからバックヤードに引っ込んでいるのだ。

「それって、事務の人間を退職に追い込んで人員削減するための策略なんじゃないですか?」

 亜希の言葉を、華村は否定しない。

「辞める人も出るわよね、たぶん」
「うん、私たぶん辞めます」

 半ば本気で言ったが、華村は冗談と受け取った様子である。うふふ、と笑った。
 亜希は熱い茶を汲み直し、それを飲みながら、とんでもないなと考える。確かに華村の話したような動きは、数年前から何となく耳に届いていた。おそらく感染症対策に追われて棚上げになっていたのだろうが、ここに来て実行されるのだろうか。
 店舗事務の簡略化は、どのスーパーでもおこなっていることである。もうそのオペレーションが軌道に乗っている会社もあると聞く。その際に必要でなくなるのは、店舗事務担当の社員だ。短時間のパートタイマーは、開店時間や繁忙時間帯だけのフォローとして、働くことができるだろうが、8時間の社員はきっと要らない。  
 産休から復帰したくだんの元事務チーフは、1日4時間ずつをレジ業務と事務業務の双方に当てているという。彼女の働き方は、華村の話が本格化すれば、事務部門の社員のロールモデルとなりそうだ。

「いいじゃん、住野さんも阪口さんもコミュ障じゃないんだから、腰痛とか持ってないならレジ入りなよ」

 華村は呑気に言った。

「いやいや、一日中接客は私嫌です、阪口さんもたぶん……事務所にいるのはそういう人種ですから」

 亜希は思わず否定に入る。華村の天津飯は、あっという間に彼女の胃袋の中に収まってしまう。

「ぬいぐるみ病院のおにいさん来るよ」

 華村の言葉に、亜希はどきりとしてしまった。手の中の湯呑みが震え、お茶がこぼれそうになる。
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