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気になると言えばそうなんだけど
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事務部門のパートタイマーが2人とも、子どものイベントのために休み希望を出していたその土曜日、亜希と阪口は、短時間勤務で1日の業務をフォローするという、少し珍しいシフトで働いた。
ハッピーストアの社員の勤務シフトは、基本が1日8時間だが、人員体制によって、1日の勤務時間を変更することが認められている。最短6時間、最長は10時間だ。それを1か月の間で調整するのである。
亜希は珍しく早番で、9時から出勤して16時で上がるというシフトだった。阪口は12時から出勤し、19時退勤。6時間勤務などなかなか無いので、新鮮である。
基本的に土曜日は売り上げ予算が高いが、今日は給料日前である。管理職も2人とも出勤しているので、事務所としては気が楽だった。学生アルバイトが春休みに入っているために、レジの人員も充実していた。
比較的のんびりと働いた亜希はきっかり16時で、退勤のためにカードをスキャンすることができた。今日はこれから、駅前の喫茶店で大西とミーティングをおこなう。ももちゃんの入院スケジュールを決めて、大西が提案してきた代ぬいぐるみ問題解決案について、吟味する予定である。
「お先に失礼します」
事務所に入ろうとしていた真庭に声をかけると、彼はお疲れ、と応じた。
「こんな時間に帰ったら、何をしたらいいかわからないんじゃない?」
何も予定が無ければ、きっとそうだろうと思う。まだ明るいので、ももちゃんを撮影するだろうか。それくらいしか思いつかなかった。
「これから友達と会うんです、土曜の夜に遊ぶとか、1年に何回もないでしょう?」
亜希の言葉に、ゆっくり楽しんで、と真庭は言ってくれた。こういう時、いつも思う。いい人なんだけど、仕事中もうちょっと店長らしく振舞ってほしいんだよなぁ……。
鞄を肩に掛け直して、駅の方向に足を向ける。大西とは16時半過ぎに落ち合う約束をしていて、早く着いた場合は店内で待つよう、話をまとめていた。
飲食店の情報誌にたまに取り上げられる喫茶店に入り、少し奥まった席に行こうとすると、背後でドアが開く音がした。
「ああ、住野さん、早かったんですね」
亜希は男を軽く見上げて、お疲れさまです、と言った。
「はい、あまり忙しくなかったので時間きっかりに上がれました」
大西は休日だが、午前中に2時間ほど、作業をしていたという。彼は店内の柱を右側に入った席に亜希を導く。
「窓際空いてますけど、奥で良かったんですか?」
「あ、まあ……土曜のこんな時間ですから、店の人に見られたらちょっと微妙なので」
大西はコートを脱ぎながら、疑問をその目に浮かべた。亜希は慌てて言い訳する。
「いや、大西さん実はうちの店で結構顔を覚えられてるんですよ……一緒にいるのを目撃されたら、後でいろいろ訊かれてたぶん面倒くさいというか」
大西はちらっと笑った。メッセージをやり取りしている時も感じるのだが、どうも彼は自分の反応をいちいち面白がっている節がある。そういう扱いに慣れていないので、亜希は戸惑ってしまう。
何か軽く食べようと話が纏まり、小さなパンケーキをコーヒーと一緒に頼んだ。小腹が空いていたので、嬉しい。
席に落ち着くと、大西が訊いてきた。
「住野さんは仕事以外ではコンタクトなんですか?」
「へ?」
ああそうか、制服で顔を合わせる時は眼鏡をかけてるから……。
「視力に問題は無いです……接客中は眼鏡かけるんです、伊達です」
亜希の返答に、大西はふうん、と驚いたように応じた。
「普段私事務所に篭ってますから、直の接客が長くなるとちょっとしんどい時があって、お客さんの視線を遮ってるというか」
大西が自分を見る目に浮かんでいるものが何なのか、亜希は測りかねる。嫌悪感ではないようだが、変な女だと思われているのだろうなと、諦念のようなものに囚われた。
ハッピーストアの社員の勤務シフトは、基本が1日8時間だが、人員体制によって、1日の勤務時間を変更することが認められている。最短6時間、最長は10時間だ。それを1か月の間で調整するのである。
亜希は珍しく早番で、9時から出勤して16時で上がるというシフトだった。阪口は12時から出勤し、19時退勤。6時間勤務などなかなか無いので、新鮮である。
基本的に土曜日は売り上げ予算が高いが、今日は給料日前である。管理職も2人とも出勤しているので、事務所としては気が楽だった。学生アルバイトが春休みに入っているために、レジの人員も充実していた。
比較的のんびりと働いた亜希はきっかり16時で、退勤のためにカードをスキャンすることができた。今日はこれから、駅前の喫茶店で大西とミーティングをおこなう。ももちゃんの入院スケジュールを決めて、大西が提案してきた代ぬいぐるみ問題解決案について、吟味する予定である。
「お先に失礼します」
事務所に入ろうとしていた真庭に声をかけると、彼はお疲れ、と応じた。
「こんな時間に帰ったら、何をしたらいいかわからないんじゃない?」
何も予定が無ければ、きっとそうだろうと思う。まだ明るいので、ももちゃんを撮影するだろうか。それくらいしか思いつかなかった。
「これから友達と会うんです、土曜の夜に遊ぶとか、1年に何回もないでしょう?」
亜希の言葉に、ゆっくり楽しんで、と真庭は言ってくれた。こういう時、いつも思う。いい人なんだけど、仕事中もうちょっと店長らしく振舞ってほしいんだよなぁ……。
鞄を肩に掛け直して、駅の方向に足を向ける。大西とは16時半過ぎに落ち合う約束をしていて、早く着いた場合は店内で待つよう、話をまとめていた。
飲食店の情報誌にたまに取り上げられる喫茶店に入り、少し奥まった席に行こうとすると、背後でドアが開く音がした。
「ああ、住野さん、早かったんですね」
亜希は男を軽く見上げて、お疲れさまです、と言った。
「はい、あまり忙しくなかったので時間きっかりに上がれました」
大西は休日だが、午前中に2時間ほど、作業をしていたという。彼は店内の柱を右側に入った席に亜希を導く。
「窓際空いてますけど、奥で良かったんですか?」
「あ、まあ……土曜のこんな時間ですから、店の人に見られたらちょっと微妙なので」
大西はコートを脱ぎながら、疑問をその目に浮かべた。亜希は慌てて言い訳する。
「いや、大西さん実はうちの店で結構顔を覚えられてるんですよ……一緒にいるのを目撃されたら、後でいろいろ訊かれてたぶん面倒くさいというか」
大西はちらっと笑った。メッセージをやり取りしている時も感じるのだが、どうも彼は自分の反応をいちいち面白がっている節がある。そういう扱いに慣れていないので、亜希は戸惑ってしまう。
何か軽く食べようと話が纏まり、小さなパンケーキをコーヒーと一緒に頼んだ。小腹が空いていたので、嬉しい。
席に落ち着くと、大西が訊いてきた。
「住野さんは仕事以外ではコンタクトなんですか?」
「へ?」
ああそうか、制服で顔を合わせる時は眼鏡をかけてるから……。
「視力に問題は無いです……接客中は眼鏡かけるんです、伊達です」
亜希の返答に、大西はふうん、と驚いたように応じた。
「普段私事務所に篭ってますから、直の接客が長くなるとちょっとしんどい時があって、お客さんの視線を遮ってるというか」
大西が自分を見る目に浮かんでいるものが何なのか、亜希は測りかねる。嫌悪感ではないようだが、変な女だと思われているのだろうなと、諦念のようなものに囚われた。
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