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女王が愛するうさぎを手放すとき
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「1ヶ月ほど、ももは療養することになりました。入院中の写真をアップする許可をいただいたので、投稿は続けられそうです!」
亜希は明るくそう打ち込み、久しぶりに真正面から撮ったももちゃんの上半身姿とともにSNSにアップした。そして次々にやってきた即リプを見て、独りで泣いた。
SNSの怖さとも言えるかもしれないが、少なくとも亜希は、顔も知らないぬいぐるみ撮影「同志」や、ももちゃんのファンと呼んで良さそうな人たちとの繋がりを、有り難く思った。ぬいぐるみを長期間手放す寂しさに耐えることに対し励まされたり、綺麗になったももちゃんの姿を楽しみにしていると言ってくれたりする人たちには、ただただ慰められる。リアルではこうはいかず、引かれるだけだろう。
昼休み、手弁当を平らげてぼんやりしている亜希のテーブルに、レジチーフの華村と、レジのベテランパートタイマーの仲西がやってきた。
「どうしたの、調子悪い? 目が死んでるよ」
華村はマスクを取りながら、亜希を軽く覗き込んでくる。茶を汲んできた仲西も、あら、と言った。
「ほんとだ……新しい彼氏と喧嘩でもしたんですか?」
仲西の言葉の根拠がよくわからず、亜希は彼女を見上げた。
「新しい彼氏とは誰のことを指す? 心当たりが無いんだけど」
鷺ノ宮店のベテランパートタイマーたちの一部は、亜希が同業者と交際していて昨年別れたらしいと知っている。亜希の元カレが、この店の生活関連用品部門の元チーフだからである。
タルタルソースがたっぷりかかったチキン竜田弁当の蓋を開けながら、仲西は答える。
「え? こないだ住野チーフ早上がりだったじゃないですか、店長が住野さんこれからデートかもって言ってました」
「はあっ? それ決めつけだし」
実際男と喫茶はしていたので、言いつつも亜希はやや焦る。それにしても真庭まで、そんな言い方をして、油断も隙もない。
仕事をしている大学時代の友人と話すと、実は流通業界は常時盛り気味ではなかろうかと亜希は感じることがある。少なくともハッピーストアでは、誰と誰がくっついただか離れただかの噂に事欠かない。中には男子社員がパートさんと、あるいは女子社員が管理職と不倫しているといった、ヤバいものも数多く含まれる。
華村も少し前までは、数々の浮き名を流していたが、最近はおとなしい。アイドルの追っかけの方が楽しいというのが、本人の弁である。
「仲西さん、何でも男と結びつけるのは感心しない」
華村はサンドウィッチを手にして部下をたしなめたが、仲西はあまり気にしていない様子だった。
「えーっ、だって私たちは皆、住野チーフと華村チーフには幸せになってもらいたいと思ってるんですよ」
「それで何か気が塞ぐことがあるの?」
華村は仲西をほぼ無視し、亜希に訊いてきた。亜希は言葉を選ぶ。
「ああ、えっと……うさぎ……うさぎがね、入院することになったの、ちょっと心配というか、寂しいというか」
「えっ、うさぎ飼ってるんだ、ペットOKのマンションだっけ?」
華村の突っ込みに、亜希はいやいや、と内心ひやひやしながらかぶりを振る。
「実家にいるのよ、長いこといる子でね、うん」
亜希は明るくそう打ち込み、久しぶりに真正面から撮ったももちゃんの上半身姿とともにSNSにアップした。そして次々にやってきた即リプを見て、独りで泣いた。
SNSの怖さとも言えるかもしれないが、少なくとも亜希は、顔も知らないぬいぐるみ撮影「同志」や、ももちゃんのファンと呼んで良さそうな人たちとの繋がりを、有り難く思った。ぬいぐるみを長期間手放す寂しさに耐えることに対し励まされたり、綺麗になったももちゃんの姿を楽しみにしていると言ってくれたりする人たちには、ただただ慰められる。リアルではこうはいかず、引かれるだけだろう。
昼休み、手弁当を平らげてぼんやりしている亜希のテーブルに、レジチーフの華村と、レジのベテランパートタイマーの仲西がやってきた。
「どうしたの、調子悪い? 目が死んでるよ」
華村はマスクを取りながら、亜希を軽く覗き込んでくる。茶を汲んできた仲西も、あら、と言った。
「ほんとだ……新しい彼氏と喧嘩でもしたんですか?」
仲西の言葉の根拠がよくわからず、亜希は彼女を見上げた。
「新しい彼氏とは誰のことを指す? 心当たりが無いんだけど」
鷺ノ宮店のベテランパートタイマーたちの一部は、亜希が同業者と交際していて昨年別れたらしいと知っている。亜希の元カレが、この店の生活関連用品部門の元チーフだからである。
タルタルソースがたっぷりかかったチキン竜田弁当の蓋を開けながら、仲西は答える。
「え? こないだ住野チーフ早上がりだったじゃないですか、店長が住野さんこれからデートかもって言ってました」
「はあっ? それ決めつけだし」
実際男と喫茶はしていたので、言いつつも亜希はやや焦る。それにしても真庭まで、そんな言い方をして、油断も隙もない。
仕事をしている大学時代の友人と話すと、実は流通業界は常時盛り気味ではなかろうかと亜希は感じることがある。少なくともハッピーストアでは、誰と誰がくっついただか離れただかの噂に事欠かない。中には男子社員がパートさんと、あるいは女子社員が管理職と不倫しているといった、ヤバいものも数多く含まれる。
華村も少し前までは、数々の浮き名を流していたが、最近はおとなしい。アイドルの追っかけの方が楽しいというのが、本人の弁である。
「仲西さん、何でも男と結びつけるのは感心しない」
華村はサンドウィッチを手にして部下をたしなめたが、仲西はあまり気にしていない様子だった。
「えーっ、だって私たちは皆、住野チーフと華村チーフには幸せになってもらいたいと思ってるんですよ」
「それで何か気が塞ぐことがあるの?」
華村は仲西をほぼ無視し、亜希に訊いてきた。亜希は言葉を選ぶ。
「ああ、えっと……うさぎ……うさぎがね、入院することになったの、ちょっと心配というか、寂しいというか」
「えっ、うさぎ飼ってるんだ、ペットOKのマンションだっけ?」
華村の突っ込みに、亜希はいやいや、と内心ひやひやしながらかぶりを振る。
「実家にいるのよ、長いこといる子でね、うん」
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