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針子が女王に明かすには

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 喫茶オーリムを後にして駅に向かうと、予想通りタクシー乗り場には長蛇の列ができ、皆疲れた顔で車が来るのを待っていた。何をそんなに拗らせてしまったのか、電車は動く目処も立っていない様子で、駅舎内には、運行再開を待つしか無い人たちが放つうんざりした空気が立ちこめていた。
 アナウンスをひと通り聞いた千種は、亜希を見て小さく溜め息をつく。

「1時間しか経ってないから当たり前ですよね」
「今すぐ動いたとしても、乗れないくらい混むかも……寒くなってきたし、とりあえずうちにいらしてください」

 亜希はやや慎重に応じる。本当に冷えこんできて、薄手のコートの千種が寒そうに見えたからで、自宅に積極的に誘っていると受け取られるのは嫌だった。

「電車が動いたら帰るのでも、そのまま泊まるのでも、好きにしてくれたらいいので」

 そう言いつつ、亜希は自宅に人が来るのは久しぶりで、ましてや男なんて初めてだなと考えていた。榊原を家に上げたことは無く、亜希が彼の部屋に泊まるか、ホテルを使うかしていた。
 駅舎から離れて、千種はドラッグストアの前で立ち止まった。

「店閉まる前に一応歯ブラシとか買います」
「あっちのコンビニ行ってますね、あそこ衣料品もちょっと置いてますよ」
「じゃあすぐ追います」

 二手に分かれて千種と買い物をするなんて、変な気分だ。出逢って2ヶ月ほどしか経っていない男と。
 そんなこんなで、2人が亜希のささやかなねぐらに到着したのは、22時前だった。千種は玄関できちんとスニーカーを揃えて、物珍しげに上がってきた。

「人の家にお邪魔するのって……めちゃくちゃ久しぶり」

 亜希は彼をリビングに案内して、ハンガーを手渡す。少し暖房を入れることにした。

「私もここに人を上げるの、一昨年妹を泊めて以来です」

 父の再婚を機に、亜希と妹の由希ゆきは自宅を出て、各々一人暮らしを始めた。由希には結婚前提で交際中の男性がいるが、その日自宅に来ていた彼と大喧嘩をして、彼を放置し姉の家に転がり込んできたのだった。
 それを聞いた千種は、マスクを取りながら笑ったが、ちょっと寂しげに見えた。

「きょうだい仲良しなんだ」
「悪くはないですよ……うちはほら、前に話したとおりいろいろあったから、妹とは共に戦った同志的な感じがあって」

 何と戦ったのかと訊かれると、あまりよくわからないが、両親の離婚の後に普通の生活を取り戻すため、という感じだったかもしれない。
 千種はメッセージをやり取りしている時と同様……それ以上に、温かい相槌を返してくれる。

「そうか、お父さんとお母さんが親権争ったんだったね、きょうだい結束するよね」

 コンビニで2本のビールを買っていた千種は、小さなテーブルの上に、それを並べた。彼はその片方を亜希のほうに押しやる。コンビニの袋には、ミックスナッツも入っていた。

「俺は兄との関係が元々いまいちだったんだけど、父親が母と別れて他の女と一緒になるって言い出した時に兄が父親についたから、完全に決裂した」

 一気に話した千種の顔を見た亜希は、えっ、と言ったきり言葉が見つけられなかった。千種がビールの缶のタブを起こすと、ぷしっ、とそこそこ美味しそうな音がした。

「俺が住野さんに親近感あるのって、ぬいぐるみとの距離感だけじゃなくて、家庭環境が似てるからなのかなと思ったり」

 それにも上手く答えられない亜希は、キッチンに行き、ミックスナッツを入れるための皿を一枚出す。
 亜希は何となく、千種の話を聞く責任のようなものを感じていた。これまで自分の情報を比較的提供してきた亜希と違い、千種はあまり自分のことを話さなかった。聞き手に回っていてくれたこともあるが、話したくなかったのか、あるいは話すタイミングを窺っていたのかもしれない。
 白い皿にミックスナッツを出しながら、亜希は千種に言った。

「実家の話はしたくないのかな、とは思ってました」
「俺がしたくないというよりは……あまり人に話して広まると、父親の仕事がダメージを受ける可能性があるから、父親の周りがうるさいんだ」

 千種の答えに亜希は軽く驚く。

「何それ、お父様ってもしかして議員か何かしてらっしゃるの?」
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