74 / 109
女王の身辺を探る者
8
しおりを挟む
「こういう奴らだから嫌いなんだ」
千種は吐き捨てた。亜希は千種を促し、とりあえず彼のマンションに入る。ご飯を食べて少し頭を冷やしてもらってから、帰ろうと思った。
鍵を開けて部屋に入るなり、亜希は千種に抱きすくめられた。少しびっくりしたが、何も言わない彼が可哀想で、愛おしくなった。
そのまま少し時間が経つと、千種はぽそっと呟いた。
「嫌な思いさせて、ほんとにごめん」
「……私は大丈夫……でも大西さんが話し合いに応じてあげないと、たぶんまたお兄さん来ると思うな」
亜希は千種のコートの生地に頬をつけて、言った。
「大西さんがどう思うか考えずに言うけど、お兄さんね、会社を手伝ってほしいんだって」
「ふん、馬鹿じゃねぇのか、何でそんな話を住野さんにするんだよ」
結婚を考えているんじゃないのか、という言葉が脳内をよぎる。まさか、そんな話はまだ早過ぎる。でも。
「お兄さん、私のこと完全に……大西さんの交際相手だと見做してた」
言うなり、肩を掴まれて身体を引き剥がされた。亜希は驚いて千種を見上げる。マスクを外した彼は、不満を満面に湛えていた。
「住野さん……亜希さんは俺の交際相手じゃないの?」
「あ、そうなんだけど、とっても深い関係と思われてる感じ」
千種はぶすっと唇を尖らせた。
「とっても深い関係になったじゃないか」
「へ? ああ、まあ一応そうか……」
亜希は照れた。少し言いたいことのニュアンスが違うのだが、千種が顔を赤くし始めたので、もうどちらでもよくなってきた。
「だからね、私から大西さんに話してほしいみたいだった」
亜希が言うと、千種は溜め息をついた。
「兄貴の思いつきそうなことだ、俺に直接尋ねたら早いのに……亜希さん、あいつがあなたのことを勝手に調べた罪はいつか土下座させるけど、これから一応身辺に気をつけて」
母親に続いて実家を出た時も、千種は新居や勤務先を探られたという。
「親しい友達に調査会社を経営してる人がいるみたいでさ、だからって身内やその交際相手の素行調査を依頼するなんて、発想がやばいんだよあいつ」
おそらく先週、店にかかってきた電話もその類だったのだろう。亜希がハッピーストア鷺ノ宮店にいるかどうかを確かめたのだ。千種にそのことを話すと、彼は心底呆れたような顔になった。
「俺……家の仕事手伝うどころかもう絶縁したい」
絶縁までしなくてもいいだろうが、今日の事件は千種をすっかり怒らせてしまったようだ。彼は真剣な顔で言う。
「亜希さん、もう自宅に帰すの心配だから今夜はここにいて」
「えっ、でも着替えも無いし、洗濯干しっぱなし……」
「じゃあ俺が用意する、亜希さんの家に今から一緒に行く」
千種は亜希の手を取り、リビングのテーブルまで連れて行く。そして亜希を座らせ、お泊まりの準備を始めた。電車でこれから移動すれば、見張っているかもしれない調査員に報告されるだろうに……今夜も互いの家を行き来した、と。
一晩一緒にいて、クールダウンしてくれたらいいのだが。コートも脱がないまま着替えを鞄に詰め込む千種を見ながら、亜希は考えていた。
「ほんとにごめん、俺が取り乱してどうするって話だよな」
荷造りが終わると、千種はしょんぼりと言う。亜希は立ち上がり、彼のほうに回った。
「ううん、誰だっていろいろあるよ……でもお兄さんが接触してきたのは、何か事情があるからかもしれないから、話し合う機会を作ったほうがいいように思う」
亜希は千種の茶色の瞳を見上げた。彼は目に力を取り戻す。
「クードゥル・オオニシとはかかわらない、俺は今の仕事が好きだしやり甲斐も感じてる……服飾だけが縫製職人の生きる道じゃない」
「うん、冷静にそう言えばいいんじゃないかな」
答えた亜希は、この人好きだなぁ、と思う。オートクチュールデザイナーの息子でありながら、自分は一人の縫製職人だと言い切る、誇りのようなものを持っている。
そして同時に、ちょっと羨ましい。私は自分の仕事に、誇りを持っているとは言えない。
亜希は千種に軽く背中を押されながら、部屋を出た。共用廊下から見える空の星がきれいだった。
千種は吐き捨てた。亜希は千種を促し、とりあえず彼のマンションに入る。ご飯を食べて少し頭を冷やしてもらってから、帰ろうと思った。
鍵を開けて部屋に入るなり、亜希は千種に抱きすくめられた。少しびっくりしたが、何も言わない彼が可哀想で、愛おしくなった。
そのまま少し時間が経つと、千種はぽそっと呟いた。
「嫌な思いさせて、ほんとにごめん」
「……私は大丈夫……でも大西さんが話し合いに応じてあげないと、たぶんまたお兄さん来ると思うな」
亜希は千種のコートの生地に頬をつけて、言った。
「大西さんがどう思うか考えずに言うけど、お兄さんね、会社を手伝ってほしいんだって」
「ふん、馬鹿じゃねぇのか、何でそんな話を住野さんにするんだよ」
結婚を考えているんじゃないのか、という言葉が脳内をよぎる。まさか、そんな話はまだ早過ぎる。でも。
「お兄さん、私のこと完全に……大西さんの交際相手だと見做してた」
言うなり、肩を掴まれて身体を引き剥がされた。亜希は驚いて千種を見上げる。マスクを外した彼は、不満を満面に湛えていた。
「住野さん……亜希さんは俺の交際相手じゃないの?」
「あ、そうなんだけど、とっても深い関係と思われてる感じ」
千種はぶすっと唇を尖らせた。
「とっても深い関係になったじゃないか」
「へ? ああ、まあ一応そうか……」
亜希は照れた。少し言いたいことのニュアンスが違うのだが、千種が顔を赤くし始めたので、もうどちらでもよくなってきた。
「だからね、私から大西さんに話してほしいみたいだった」
亜希が言うと、千種は溜め息をついた。
「兄貴の思いつきそうなことだ、俺に直接尋ねたら早いのに……亜希さん、あいつがあなたのことを勝手に調べた罪はいつか土下座させるけど、これから一応身辺に気をつけて」
母親に続いて実家を出た時も、千種は新居や勤務先を探られたという。
「親しい友達に調査会社を経営してる人がいるみたいでさ、だからって身内やその交際相手の素行調査を依頼するなんて、発想がやばいんだよあいつ」
おそらく先週、店にかかってきた電話もその類だったのだろう。亜希がハッピーストア鷺ノ宮店にいるかどうかを確かめたのだ。千種にそのことを話すと、彼は心底呆れたような顔になった。
「俺……家の仕事手伝うどころかもう絶縁したい」
絶縁までしなくてもいいだろうが、今日の事件は千種をすっかり怒らせてしまったようだ。彼は真剣な顔で言う。
「亜希さん、もう自宅に帰すの心配だから今夜はここにいて」
「えっ、でも着替えも無いし、洗濯干しっぱなし……」
「じゃあ俺が用意する、亜希さんの家に今から一緒に行く」
千種は亜希の手を取り、リビングのテーブルまで連れて行く。そして亜希を座らせ、お泊まりの準備を始めた。電車でこれから移動すれば、見張っているかもしれない調査員に報告されるだろうに……今夜も互いの家を行き来した、と。
一晩一緒にいて、クールダウンしてくれたらいいのだが。コートも脱がないまま着替えを鞄に詰め込む千種を見ながら、亜希は考えていた。
「ほんとにごめん、俺が取り乱してどうするって話だよな」
荷造りが終わると、千種はしょんぼりと言う。亜希は立ち上がり、彼のほうに回った。
「ううん、誰だっていろいろあるよ……でもお兄さんが接触してきたのは、何か事情があるからかもしれないから、話し合う機会を作ったほうがいいように思う」
亜希は千種の茶色の瞳を見上げた。彼は目に力を取り戻す。
「クードゥル・オオニシとはかかわらない、俺は今の仕事が好きだしやり甲斐も感じてる……服飾だけが縫製職人の生きる道じゃない」
「うん、冷静にそう言えばいいんじゃないかな」
答えた亜希は、この人好きだなぁ、と思う。オートクチュールデザイナーの息子でありながら、自分は一人の縫製職人だと言い切る、誇りのようなものを持っている。
そして同時に、ちょっと羨ましい。私は自分の仕事に、誇りを持っているとは言えない。
亜希は千種に軽く背中を押されながら、部屋を出た。共用廊下から見える空の星がきれいだった。
11
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる