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取り戻したうさぎとスキャンダル
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ももちゃんを抱いて、千種の腕の中にいるのと同じくらい幸福な夜を過ごした亜希は、身も心もすっきりして出勤した。が、先に出勤していた河原崎から、事務所に入るなりとんでもないことを言われた。
「チーフ、2人の男に奪い合われてたって聞きましたよ、しかもその片方が週末の夕方に買い物に来るイケメンらしいじゃないですか」
亜希は返事が出来ず、固まってしまった。河原崎はにやにやしており、奥の机に座る楠本まで、くくくっと笑い声を洩らした。
「いやいや、住野さんが榊原と別れたって聞いた時、俺はもったいないことするなあと榊原に対して思ったんだよ、見返してやれるし結構なことじゃないか」
亜希の頭に血が昇った。楠本を思わず睨みつける。
「次長の見解こそもったいなく思いますけど、榊原さんと私はもう一切繋がりは無いですし、2人の男性の喧嘩に巻き込まれただけであって、奪い合われてた訳ではないです」
楠本はまあまあ、と苦笑した。
「駅前のカフェでやり合ってたんだって? 農産のパートさんたちがずっとダベってたらしいよ、場所が悪かったかもね」
これは楠本の言葉に理があった。主婦の皆様が仕事を終えてからあんな時間までくっちゃべっているのはどうかと思うが、鷺ノ宮店圏内なのだから、誰に姿を見られていても文句は言えない。
「なぁんだ、奪い合いじゃなかったんだ」
河原崎はがっかりしたように言った。亜希は違うって、と乱暴に答える。
「何でこの店というか、この会社の人って、何でも色恋沙汰とか痴情のもつれにしたがるかなあ、ちょっとおかしいんじゃないの?」
痴情のもつれネタにされるのは初めてではないのに、今日はやけに頭に来ているらしいチーフを目の当たりにして、河原崎はすみません、と神妙に言った。
「おやおや、住野さんらしくないなぁ、いつものことなんだから受け流そう」
楠本の言い方も、やや癇に障った。
「いつものことだからスルーしろってのもおかしいじゃないですか! 私これでも、そこそこ嫌な気分になってるんですけど!」
「いやいやそこは、ノブレス・オブリージュというのか、みんな住野さんに実は興味があるから囃し立てるんだよ、なぁ河原崎さん?」
楠本に振られて、河原崎は笑顔で頷く。亜希は眩暈がしそうだった。何がノブレス・オブリージュだ、使い方が間違っているだろう。そんなこと言うなら、給料を3倍寄越せという話だ。
これ以上話しても生産性が無いので、亜希は椅子を引いて連絡ノートを開く。昨日は阪口が1人出勤だったが、平和に1日を過ごしてくれたようだった。もし事務所の人員が減らされることになれば、事務の社員として生き残れたとしても、1人出勤が当たり前になる可能性が高い。今でも小規模で21時に閉店するような店舗は、どの部門にも1人しか社員はいない。
楠本がサービスカウンターから呼ばれて事務所を出て行くと、河原崎が電卓を叩きながらチーフ、と声をかけてきた。
「この先、チーフも阪口さんも転勤して、私と岡道さん2人で事務所回すようなことになるんですかね?」
亜希はこのベテランの部下、亜希の約3倍の長きにわたり鷺ノ宮店に勤務する河原崎でも、レジと事務の業務簡略化の話題には心乱されていると知る。
「この店でいきなりそれは無いと思う、でも釣銭が減ったら、私か阪口さんのどっちかは出て行かされるかなぁ」
消耗品の発注台帳を開いて、亜希は赤のボールペンをペン立てから引き抜く。河原崎は、ぼやくように続けた。
「阪口さん、婚活しようかなって話してました」
「あ、私もそれ聞いた……そんなに早く結婚したいのかしらね」
「チーフは? ぬいぐるみ病院のイケメンと結婚とか考えてるんですか?」
「チーフ、2人の男に奪い合われてたって聞きましたよ、しかもその片方が週末の夕方に買い物に来るイケメンらしいじゃないですか」
亜希は返事が出来ず、固まってしまった。河原崎はにやにやしており、奥の机に座る楠本まで、くくくっと笑い声を洩らした。
「いやいや、住野さんが榊原と別れたって聞いた時、俺はもったいないことするなあと榊原に対して思ったんだよ、見返してやれるし結構なことじゃないか」
亜希の頭に血が昇った。楠本を思わず睨みつける。
「次長の見解こそもったいなく思いますけど、榊原さんと私はもう一切繋がりは無いですし、2人の男性の喧嘩に巻き込まれただけであって、奪い合われてた訳ではないです」
楠本はまあまあ、と苦笑した。
「駅前のカフェでやり合ってたんだって? 農産のパートさんたちがずっとダベってたらしいよ、場所が悪かったかもね」
これは楠本の言葉に理があった。主婦の皆様が仕事を終えてからあんな時間までくっちゃべっているのはどうかと思うが、鷺ノ宮店圏内なのだから、誰に姿を見られていても文句は言えない。
「なぁんだ、奪い合いじゃなかったんだ」
河原崎はがっかりしたように言った。亜希は違うって、と乱暴に答える。
「何でこの店というか、この会社の人って、何でも色恋沙汰とか痴情のもつれにしたがるかなあ、ちょっとおかしいんじゃないの?」
痴情のもつれネタにされるのは初めてではないのに、今日はやけに頭に来ているらしいチーフを目の当たりにして、河原崎はすみません、と神妙に言った。
「おやおや、住野さんらしくないなぁ、いつものことなんだから受け流そう」
楠本の言い方も、やや癇に障った。
「いつものことだからスルーしろってのもおかしいじゃないですか! 私これでも、そこそこ嫌な気分になってるんですけど!」
「いやいやそこは、ノブレス・オブリージュというのか、みんな住野さんに実は興味があるから囃し立てるんだよ、なぁ河原崎さん?」
楠本に振られて、河原崎は笑顔で頷く。亜希は眩暈がしそうだった。何がノブレス・オブリージュだ、使い方が間違っているだろう。そんなこと言うなら、給料を3倍寄越せという話だ。
これ以上話しても生産性が無いので、亜希は椅子を引いて連絡ノートを開く。昨日は阪口が1人出勤だったが、平和に1日を過ごしてくれたようだった。もし事務所の人員が減らされることになれば、事務の社員として生き残れたとしても、1人出勤が当たり前になる可能性が高い。今でも小規模で21時に閉店するような店舗は、どの部門にも1人しか社員はいない。
楠本がサービスカウンターから呼ばれて事務所を出て行くと、河原崎が電卓を叩きながらチーフ、と声をかけてきた。
「この先、チーフも阪口さんも転勤して、私と岡道さん2人で事務所回すようなことになるんですかね?」
亜希はこのベテランの部下、亜希の約3倍の長きにわたり鷺ノ宮店に勤務する河原崎でも、レジと事務の業務簡略化の話題には心乱されていると知る。
「この店でいきなりそれは無いと思う、でも釣銭が減ったら、私か阪口さんのどっちかは出て行かされるかなぁ」
消耗品の発注台帳を開いて、亜希は赤のボールペンをペン立てから引き抜く。河原崎は、ぼやくように続けた。
「阪口さん、婚活しようかなって話してました」
「あ、私もそれ聞いた……そんなに早く結婚したいのかしらね」
「チーフは? ぬいぐるみ病院のイケメンと結婚とか考えてるんですか?」
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