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普通の人っぽいGW

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「住野チーフ、例の彼氏は普通に完全週休2日で働いてるんですよね」

 レジのサブチーフの中澤が、亜希と同じように手弁当を持ってきてテーブルについた。この職場では皆、自分たちの勤務形態を普通でないと言い切ってしまいがちだ。

「うん、ゴールデンウィーク中は1日しかまともに会えないと今判明した」

 亜希が堂々と答えるので、中澤はマスクを外しながら苦笑した。彼女の弁当箱は、可愛らしい花柄の布に包まれている。

「私それでつき合ってた人と上手くいかなくなっちゃったんですよね、だからチーフには頑張ってほしい」
「あ、そうだったんだ……」

 中澤が蓋を開いた弁当は、色とりどりで美しく、昨夜の残り物を詰めただけの亜希のそれより、だいぶ美味しそうに見えた。

「それ、中澤さんが作ったの?」

 亜希の問いに、プラスチックの箸箱を開いた中澤は、いえ、と被りを振った。

「一番下の妹が高校3年なんですよ、ついでに母が作ってくれます」
「いいね、羨ましい」

 亜希は本気で言っていた。高校生の時にはもう、母の作った弁当を学校に持って行くことはなかったからである。
 中澤は亜希の弁当を覗き込んでくる。

「茄子とピーマンですか? 味噌炒め美味しそう」
「昨夜の残りだけど」

 中澤はほぉ、と大げさに感心してみせる。

「私も一人暮らしして、前の日の夕飯をお弁当に入れるとか、やってみたいです」

 やればいいじゃん、と軽く応じるのは、少し違うように思った。

「一人暮らししたいんだ」
「したいですよぉ……私の家ってなかなか過保護でね、学生時代も夜が遅くなるから体育会系部活はダメとか……今でも遅番の時は上がったら母に一報入れるんです」

 中澤の予想外の返事に、亜希はえーっ、と思わず言ってしまう。レジは一番遅いシフトで、21時上がりだ。店から中澤の自宅までどれくらいかかるのか亜希ははっきり知らないが、仕事だとわかっていても、家に連絡しなくてはいけないような時間なのだろうか。彼女はご飯を飲み下し、不満をぶちまけた。

「こんなのだから、彼にも嫌がられたんです、たぶん……だって1年交際してお泊まりデート無しですよ?」
「いやまあ、交際はそれが無きゃいけないってことじゃないけど」
「でもチーフ、お泊まり、私だってしてみたいんです……」

 とんだ方向に話が流れて、亜希はほとんど戸惑っていた。セックスというよりは、孤独を感じる夜の長い時間を、その人と一緒に消化することが大切だとは、確かに感じる。

「ご両親と話し合えば? 妹さんのためにも」
「やっぱりそうしなきゃいけないですかね」
「ご両親の言い分もあるでしょうし……心配なんでしょうねぇ」
「ちょっとおかしいですよ、信用されてないみたいで腹立つんですよね」

 中澤は小さく溜め息をつき、綺麗に巻かれた卵焼きを口に入れた。母親が毎日弁当を作ってくれる家庭が、必ずしも幸せという訳ではないらしい。少なくとも亜希と由希は、父から厳しい門限を課されたことは無かった。
 考えてみれば、幸せそうな家庭でも多少何らかの問題があるのは当たり前のことなのに、亜希にとっては大きな発見だった。今度千種に話してみようと思った……そんな風にすぐに彼の顔が思い浮かぶ辺り、亜希もそれなりに彼との交際を楽しんでいるのだった。
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