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普通の人っぽいGW

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 終点で電車を降りて改札を出ると、亜希は久しぶりの空港の光景にどきどきするのを感じた。ゴールデンウィークだけあり、恰好からしてレジャー感の高い人が多く、マスクをしている人も皆笑顔だ。これから旅に出る、あるいは帰ってきた沢山の人が、楽しさの粒子を振り撒いているようだ。
 千種は空港のつくりをよく知っているようで、エスカレーターに亜希を案内して、さくさくと展望デッキに連れて行く。傍らにはカフェコーナーがあり、亜希はオーダーを千種に任せて、デッキの空席を探しに行った。
 デッキには、手摺りにもたれながら、飛行機が飛び立っていくのを見つめる人が沢山いた。小学生くらいの男の子が、熱心に飛行機の進む先を目で追っている。その隣に立つのは、男の子の父親らしく、息子に何か飛行機について説明している様子だ。
 テーブルは案外空いており、亜希はデッキの隅のほうに席を取る。ここにいるのは、これから旅立つ人よりも、飛行機を見に来ただけの人のほうが多いようで、皆身軽だった。手摺にはりついている父子も、旅行鞄やキャリーケースは持っていない。
 千種がアイスコーヒーの入ったプラスチックのカップを手に、建物の中から出てきたので、亜希は手を振った。2つ向こうのテーブルに座っている2人の若い女性が、こちらに真っ直ぐやって来る千種に同時にちらっと視線をやり、何となく目で追っているのがわかった。ちょっといい男でしょ、お相手がこんな地味な年増でごめんなさいね、と亜希は胸のうちで彼女らにマウントを取ってみる。ハッピーストアのレジ部門の連中が大げさな訳ではなく、千種は確かにイケメンの部類に入るし、こうして見ると全身のバランスが取れていて、視覚的に気持ちがいい。

「お待たせしました、日陰の席でいい感じだね、眺めもいいし」

 千種の手が、亜希の前にカップを置く。長くてきれいな指だなとあらためて思う。でもやはり、男のしっかりした手だ。こんな風に昼間の屋外でゆっくり一緒に過ごすのが初めてで、千種がどんな姿をしているのか、よく知らなかったことに亜希はようやく気づく。
 2人はこれまで、夜にどちらかの狭い部屋で会い、明かりを落として一緒に眠り、どちらかが出勤する朝は軽くばたばたしていたので、よくよくお互いの容姿を把握していない。どうも千種も亜希と同じ気持ちらしく、向かい合わせで座ると、やや値踏みの入った視線を亜希に送って来ていた。服飾を生業としている家に育った男が交際相手だなんて、とんでもない選択ミスをしたと亜希はひやひやする。千種は特別洒落た恰好をしている訳ではないが、自分が何を着たらきれいに見えるのか、自然と身についている感じがする。
 次々に飛び立つ飛行機は、きいん、と大きな音を立てるのに、あまり煩く感じないのが不思議だった。一度しか乗ったことがない亜希は、走高跳の選手のように、飛行機も助走をして離陸することを初めて認知する。

「どう考えても、あんなものが助走をつけて飛んでしまうのが不思議なんだけど」

 亜希はストローでコーヒーを吸う千種に思わず言った。彼はぷっと笑ったが、確かに、と同意はしてくれた。

「レオナルド・ダ・ヴィンチがこれを見たら腰を抜かすだろうな、理論的には可能だって考えてたらしいけど」
「どうして人って飛びたいと思うのかな」
「亜希さんは飛んでみたいって思ったことはない?」

 亜希は千種の顔を見て、うーん、と首を捻った。そして、フレッシュだけを入れたコーヒーをひと口吸った。

「あんまり思ったことはないけど……ああ、でも大人になってからね、飛ぶ夢を見なくなった気がする」
「あ、それわかる……俺は子どもの頃飛んでみたいと結構思ってて、パイロットにも一瞬憧れた時期もあって……飛ぶ夢もよく見たなぁ」
「パイロット? かっこいいね」

 千種ならさぞかし制服も似合うことだろうと思う。パイロットは、やはり飛ぶことへの憧れが強い人が就く職のような感じがする。亜希は小学6年生の頃、自分では作らないがお菓子屋さんを経営してみたいと、「将来の夢」という題を与えられた作文に書いたことがあった。母からは夢が無いと呆れられたが、祖母には面白がられた。そう考えるとスーパー勤務は、多少夢に近い仕事なのかもしれない。

「どうして夢で飛べなくなっちゃったんだろ?」
「何でだろうな、足枷とかいろいろ増えてくるからかな」
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