ほつれた心も縫い留めて ~三十路の女王は紳士な針子にぬいぐるみごと愛でられる~

穂祥 舞

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血は水よりも濃いのかもしれない

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 プッシュ通知が、SNSへのダイレクトメッセージの着信を告げていた。コーヒーのためにテーブルの食器の片づけが始まったので、亜希はメッセージをチェックすることにした。
 その文章は、ぬいぐるみ愛好家たちのやり取りとは雰囲気が違っていた。まず、随分と長いと思いつつ、最初と最後を読む。千種が亜希の表情の変化に気づいたのか、どうしたの、と訊いてきた。

「いや、リアルに連絡がほしいって言ってきてる、のかな」
「繋がってない人? 何者かわかる?」

 亜希は急いで、DMを送ってきたアカウントをチェックする。プロフィール欄に出てきた写真は、見覚えのある建物だった。

「社会福祉法人ルピナス、フロイデハウス……」

 アカウント名を読み上げると、千種もえっ? と目を見開いた。

「そこの、フロイデハウス?」

 千種は窓の外を指差した。もちろんここからフロイデハウスは見えないが、方角としては正しい。

「何、聞きたい」

 千種がコーヒーカップ片手に身を乗り出してくるので、亜希はメッセージを追う。

「はじめまして、突然失礼いたします……」

 メッセージには、書いているのは東京にあるグループホームの職員であると自己紹介した上で、新しい女性入居者が、もものかいぬしの投稿をとても楽しみにしていると綴られていた。亜希は嬉しく思ったが、続く文に目を見張る。

「その女性は、もう会えなくなったお孫さんに昔買い与えたうさぎのぬいぐるみが、ももちゃんにそっくりだと話しています。亡くなったご主人がももと名づけ、お孫さんも大切にされていたそうです。」

 亜希がそこまで読むと、千種まで目を丸くしていた。メッセージは続く。

「女性はもものかいぬし様の過去の投稿を見て、子どもの頃からそばに置いていらしたももちゃんを修理されたことを知り、もものかいぬし様がお孫さんのような気がすると、最近ずっと言っています。」

 ええっ、と亜希は思わず声を上げた。メッセージによると、その女性はもう家族とも一切連絡を取っておらず、孤独な身だという。本人の思い込みの可能性が高いとしつつ、差し支えが無いならば、もものかいぬしとももちゃんとのいきさつをご教示いただきたい、と結ばれていた。

「ど、どうしよう、これ詐欺とかかな?」

 亜希はさっきとは違う種類のどきどきを感じながらスマートフォンを握りしめ、千種に訊いた。彼はうーん、と首を捻る。

「怪しくはあるけど、こんな手口でどうやって亜希さんからお金を捲き上げるんだろうって気もする」

 祖父母を騙って孫に接触する詐欺なんて、聞いたことがない。亜希は頭の中をただただ混乱させていたが、千種は極めて常識的な提案をした。

「フロイデハウスに行くか、電話で直接話す」

 プロフィール欄には電話番号も記されているが、これからアプローチするには微妙に時間が遅いので、明日連絡してみることにする。
 今日は一体何なんだろう? 亜希はようやくコーヒーに口をつけた。千種とはもっときちんと話をしたいが、混乱が収まらないので、やめておくことにする。こんな状態でこれからの2人の話をしても、ろくな方向に転ばないと亜希は思った。
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