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12月 2

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 大崎駅に直結したショッピングモールは、クリスマスの装飾にきらめき、家族連れや恋人たちで賑わっていた。暁斗はそれらを横目で見ながら、心許こころもとなさと微かな後悔を振り払い、指定されたカフェに向かう。果たして店の入口には、電話で話していた通りに、モスグリーンのスーツに身を包んだ、黒い大きなショルダーバッグを持つ女が立っていた。

「かやま様、ですね?」

 女は迷わず暁斗に声をかけてきた。どきりとしたのを悟られないように、黙って頷いた。

「申し訳ございません、強引な真似をいたしまして……切羽詰まっていらっしゃるように感じたので」

 深く礼をしてから話す女は、暁斗とさほど変わらないくらいの年齢に見えた。美しいひとだと思った。白い顔を縁取る、柔らかなウェーブのかかった栗色の髪。話し方に見合った上品な雰囲気をもっていて、若い男を使い稼ぐような仕事をする者には見えない。
 女にいざなわれるままカフェに入り、彼女がオーダーしている間に席を取る。夕食の時間帯のせいか、周りのレストランは混んでいるようだったが、この店はいていた。
 そう待たないうちに、女はコーヒーの入った二つのカップをトレーに乗せてやって来た。鞄が邪魔そうだったので、腰を浮かせてトレーを受け取る。

「ありがとうございます、先に自己紹介しなくてはいけませんね」

 女が黒い革の名刺ケースから出したのは、あの青い色の紙片だった。神崎かんざき綾乃あやの、とだけ書かれている。山中の持っていたものとは違い、彼女の名刺には住所が入っていた。この近くが「本部」ということらしい。
 暁斗も立ったまま、いつものように名刺を交換する。二つ隣のテーブルに座っている学生らしき青年が、ちらりとこちらを見上げた。

「こう申し上げては何ですが……山中様とは随分違う雰囲気のかたでびっくりしました」

 神崎綾乃は口元をほころばせた。整った形の唇は、見る人が見れば蠱惑こわく的に感じられそうだ。暁斗は客観的にそう考えた。

「大学の先輩です、今日……これと同じものを私の前でちらつかせていまして」

 暁斗は神崎の名刺に目をやりながら言った。

「ちらつかせた?」
「はい、正直に言うと紹介された訳ではありません……気になって仕方がなかったので電話しました」

 神崎はまあ、と、面白そうに言った。得体の知れない感じはあるが、彼女は信用はできそうだ。連絡を入れてしまったことを山中には黙っていてもらいたいという、暁斗の計算があった。

「私は一度結婚に失敗しています、もしかしたら自分が同性愛者だからではないかとずっと悩んでいるものですから」

 暁斗はなるべくさらりと話すよう心がけていたが、神崎は楽し気な表情を変えることなく、声にねぎらいのようなものを滲ませた。

「桂山様のように苦しんでいるかたは沢山いらっしゃいます、わたくしもこの仕事を通じてそのようなかたを見て参りました」
「苦しんでいる、とまでは……」

 暁斗は当惑したが、神崎は笑みを消して、慈母のような柔らかい表情になった。

「苦しんでいることも否定してこられたのですね」
「それは」

 暁斗は二の句が継げなくなった。俺は苦しんでいるのだろうか。蓉子に辛い思いをさせたことに対しては、確かに苦い気持ちはあるけれど。

「桂山様がご自分の性的指向を確認できない状態でいらっしゃることはよくわかりました」

 神崎はきっぱりと言った。

「一度お試しになることをお勧めいたします」
「お試し?」

 神崎は鞄を開けて、クリアファイルを一部出した。薄い青の、無地のファイルだった。

「ゆっくり目を通していただいて……不明な点は何でもお尋ねください、決して安いお買い物ではありませんから」

 暁斗は自分が何を買おうとしているのかに思い至って、ぞっとした。そもそも女性が相手であっても、金を出して抱くなんてどうかと思うのに、若い男を相手に、こんなことを。暁斗の思いを見透かしたように、神崎は続ける。

「無理だと思われるならその場でやめていただいても結構です、スタッフと話をするだけでも構いません……初回のお試しに限りサービスに準じた料金を頂戴いたします」

 暁斗は頭がくらくらした。暁斗の元に派遣された「スタッフ」が、暁斗と「何をしたか」を彼女に報告して、料金が決まるというのか。

「あまり深刻にお考えにならないでください、桂山様はとても潔癖といいますか……真面目でいらっしゃるのですね」

 からかわれていると思えなくもなかった。しかし暁斗には返す言葉が無い。遠慮しておきますと言えないのだ。

「それは美徳です、きっと桂山様は会社でもプライベートでもみんなから慕われ信頼されていらっしゃるのでしょう……しかしそのようなかたは往々にして誰にも知られず苦しまれていることが多いので」

 神崎は一気に言って、小さく息をついた。

「桂山様は正直ですね、お顔に出てしまわれる……お仕事で感情を隠すことを覚えられたとは思いますけれど」

 この女は何者なんだ。暁斗は敗北感さえ覚えていた。営業の交渉なら完全に手玉に取られたということになる。
 二人して少し冷めたコーヒーに口をつけた。暁斗はブルーのファイルに挟んである紙を引っぱり出し、ざっと目を通す。「スタッフ」を呼ぶ際の1時間単位の基本料金、会員登録料、指名料、ホテルを使う場合の料金……確かに安い買い物ではない。ある程度の収入がないと手が出ないだろう。
 神崎は、一般的にはホテルで1時間だろうと説明したが、個別の事情や、こういった風俗サービスを利用した経験がない暁斗は、「スタッフ」と打ち解けるためにもう少し時間を取ったほうが良いかも知れないとつけ足した。

「わかりました……年内に一度、平日の夜に、お試しで2時間」

 暁斗はほとんどやけくそになり宣言したが、神崎はちょっと目を見開いて、感嘆したように言った。

「さすが決断が早くていらっしゃる」

 そして微笑みながら続けた。

「うちの実質ナンバーワンを派遣いたします、きっとお気に召していただけます」
「実質ナンバーワン?」
「忙しい子であまりシフトに入っていないので売り上げは他の子に負けていますが……リピート率が非常に高いのです」

 何の話をしているのかよくわからなくなってきた。ただ、興味に負けた自分が情けなかった。

「お話しするだけでもきっと癒されますよ、容姿のお好みなどございましたら考えさせていただきますが」

 暁斗ははあ、と間の抜けた相槌を打ち、その子でいいと伝えた。神崎はそれ以上、「実質ナンバーワンスタッフ」について教えてくれなかった。楽しみにしておけということらしかった。
 苦々しく思う反面、何故か心と体が子どものようにわくわくしていることを認めざるを得ない。神崎に気取けどられないよう、それを抑え込むのに苦労した。

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