144 / 229
13 破壊、そして
10
しおりを挟む
1DKに大人が3人も入ると、ほとんど笑える狭さだった。晴也はややうんざりしたが、晶と明里は若い頃のようだと言って喜んだ。
晶は家賃の高いロンドンで、いろんな国から来たダンサー仲間と共同生活をしたことを、明里は学生時代に観劇サークルの友達と合宿をしたことを思い出すと言った。
晴也にはそういう思い出が無い。大学生の頃、三松たちサークル友と泊まりがけで一緒に出かけても、誰かの部屋に集まり夜更けまでだらだら飲みながら話すことは無かった。晶と明里が今更ちょっと羨ましく思える。
レディファーストと晶が言うので、明里が浴室を使いに行く。晴也は晶と2人きりになり、早速気まずさを覚えた。椅子に座る晶をちらっと見ると、数時間前に自分を殴った相手に対する態度としては不自然に思えるくらい、嬉しげな顔をして笑いかけてくる。
言われなければわからないような跡だが、確かに晶の右の頬は微かに赤らんでいた。あの時、晴也の手も痺れるくらい痛かったから、当然と言えば当然だった。
「殴ってごめん」
何にせよ、暴力を振るったことは良く無かった。晴也は反省し、そう言えば久保にもやらかしたと思い、自分が少し怖くなる。
「ハルさんの気が済んだならいい、元はと言えば俺が軽率なことをしたせいであなたが窮地に立たされたんだから」
晶は静かに言った。
「サイラスのメモを見て出て行ったのか? 明里さんはハルさんに俺の記事を送りつけたせいだって言ったけど」
晴也は何から説明すればいいかわからず、やや混乱していた。
「……会社で後輩にキレて帰って……合鍵でショウさんの部屋に入って……あのレポートというか、うん、あれ見てもう無理だと思って……明里の記事はその後」
晶は小さく息をついた。
「全部形になってから話すつもりだったんだ、そんなに思い詰めると思わなかった」
晴也は俯く。何も解決していないのに、晶がすぐ傍にいるだけで、あんなに荒れていた気持ちが凪いでいる。
彼が手に届く場所にいるだけで、嬉しかった。そのことを晴也は認めざるを得ない。何かがだんだんと膨れ上がってきて、彼の近くに居るのが息苦しくなり、立ち上がる。
「どうしたの?」
「寝床の用意するんだ、明里はすぐにこてっと寝てしまうから」
晴也は晶と目を合わせずに答えて、ベッドの下からマットレスを出して広げた。ベッドのシーツを剥がし、洗濯したものと交換する。
「こっちをマットレスに敷くの?」
晶は晴也が剥がしたシーツを拾ってくれたが、ベッドを整えて振り返ると、シーツにくるまってその場に座っていた。
「……何やってんの?」
「ハルさんの匂いに包まれてる」
晴也は失語して、2秒後に真っ赤になった。何言ってんだ、こいつは! 晶はほわんと幸せそうな顔をして、続ける。
「ああ、ほんとにハルさん欠乏してたんだ俺……もうこの2、3日はオナニーする気にさえならなかった」
「やっ、やめろ馬鹿、もうそれ洗濯するからっ」
「どうして、これ敷いて寝るんだろ? 明里さんにはああ言ったけど、ちんこはきっと止められない……」
エロ発言を垂れ流す晶からシーツを奪おうとしたが、離してくれない。
「寝る用意が出来ないだろうがっ、よこせっ」
「じゃあ本体と交換だ」
晶はいきなり立ち上がり、マントを広げるようにしてシーツを腕に絡めながら、目を座らせて言った。
「Sing, my angel of music!」
「くたばれ、怪人じゃなくて変人だよてめぇは!」
晴也は晶に抱きつかれ、シーツにくるまれてぎゃあっと叫んだ。自分の匂いはわからなかったが、晶の香の匂いに一気に包まれて頭がくらくらした。
「ハルさんがほんとに恋しかった」
またこの男は、恥ずかしげもなくこういうことを堂々と口にする。
「これから変に気を回さないことにする、だからハルさんも気持ちを押し込めないで」
晴也は晶の匂いと温もりが気持ち良くて、瞼が勝手に落ちてくるのに抗う。人の腕の中に囲われる心地良さを覚えてしまった身体の感覚が、条件反射しているようだった。
「……これからなんかあるのかよ」
精一杯の抵抗で言ってみる。晶が軽く息を吸うのが、その胸の動きで伝わる。
「本気でもう二度と俺に会わないつもりでいたの?」
「こんなきついことは冗談ではやらない」
自分を囲う腕に力が入り、晴也の腰から力が抜けそうになった。晶の背中に腕を回してしまいそうになるのを、我慢する。
「……着拒やブロックするのは俺がほんとに嫌いになった時だけにして」
ああ、嫌いになれたのだったら、あんなに泣かなくても良かったのに。晶は続ける。
「答えたよな、好きだから踊るって……それを世界中にアピールしたいと今は思わない」
晴也はちょっと顔を上げて、晶の僅かに赤らんでいる頬を見る。そこが染まっているのは、晴也が殴ったからだけではなさそうだった。
「俺に近い場所で俺を見てくれる人のためだけに踊りたい、心を込めて」
晴也はその言葉に胸の内がきゅっとなるのを感じたが、それは少し違う、とも思う。
「それがもったいないってサイラスさんは言ってるんだろ? 俺もそう思う」
「俺の気持ちを蔑ろにしないで欲しい……ハルさんのためだけに踊るよ、今はそうしたい」
上半身の密着度が増し、こめかみの傍で艶やかな声が響く。
「Touch me, trust me, saver each sensation……」
ああもう、これじゃ話にならない、溺れてしまう。晴也が晶の総攻撃に陥落しかけた時、女の歌声が響いた。
「He's there, The Phantom of the Opera ……」
晴也がシーツの中からそちらを見ると、晴也のスウェットをだぶつかせて、髪を乾かしっぱなしにしたすっぴんの明里が、右手をこちらに差し出して芝居がかっていた。
晶は晴也を抱いたまま、おっ、と楽しげに言った。
晶は家賃の高いロンドンで、いろんな国から来たダンサー仲間と共同生活をしたことを、明里は学生時代に観劇サークルの友達と合宿をしたことを思い出すと言った。
晴也にはそういう思い出が無い。大学生の頃、三松たちサークル友と泊まりがけで一緒に出かけても、誰かの部屋に集まり夜更けまでだらだら飲みながら話すことは無かった。晶と明里が今更ちょっと羨ましく思える。
レディファーストと晶が言うので、明里が浴室を使いに行く。晴也は晶と2人きりになり、早速気まずさを覚えた。椅子に座る晶をちらっと見ると、数時間前に自分を殴った相手に対する態度としては不自然に思えるくらい、嬉しげな顔をして笑いかけてくる。
言われなければわからないような跡だが、確かに晶の右の頬は微かに赤らんでいた。あの時、晴也の手も痺れるくらい痛かったから、当然と言えば当然だった。
「殴ってごめん」
何にせよ、暴力を振るったことは良く無かった。晴也は反省し、そう言えば久保にもやらかしたと思い、自分が少し怖くなる。
「ハルさんの気が済んだならいい、元はと言えば俺が軽率なことをしたせいであなたが窮地に立たされたんだから」
晶は静かに言った。
「サイラスのメモを見て出て行ったのか? 明里さんはハルさんに俺の記事を送りつけたせいだって言ったけど」
晴也は何から説明すればいいかわからず、やや混乱していた。
「……会社で後輩にキレて帰って……合鍵でショウさんの部屋に入って……あのレポートというか、うん、あれ見てもう無理だと思って……明里の記事はその後」
晶は小さく息をついた。
「全部形になってから話すつもりだったんだ、そんなに思い詰めると思わなかった」
晴也は俯く。何も解決していないのに、晶がすぐ傍にいるだけで、あんなに荒れていた気持ちが凪いでいる。
彼が手に届く場所にいるだけで、嬉しかった。そのことを晴也は認めざるを得ない。何かがだんだんと膨れ上がってきて、彼の近くに居るのが息苦しくなり、立ち上がる。
「どうしたの?」
「寝床の用意するんだ、明里はすぐにこてっと寝てしまうから」
晴也は晶と目を合わせずに答えて、ベッドの下からマットレスを出して広げた。ベッドのシーツを剥がし、洗濯したものと交換する。
「こっちをマットレスに敷くの?」
晶は晴也が剥がしたシーツを拾ってくれたが、ベッドを整えて振り返ると、シーツにくるまってその場に座っていた。
「……何やってんの?」
「ハルさんの匂いに包まれてる」
晴也は失語して、2秒後に真っ赤になった。何言ってんだ、こいつは! 晶はほわんと幸せそうな顔をして、続ける。
「ああ、ほんとにハルさん欠乏してたんだ俺……もうこの2、3日はオナニーする気にさえならなかった」
「やっ、やめろ馬鹿、もうそれ洗濯するからっ」
「どうして、これ敷いて寝るんだろ? 明里さんにはああ言ったけど、ちんこはきっと止められない……」
エロ発言を垂れ流す晶からシーツを奪おうとしたが、離してくれない。
「寝る用意が出来ないだろうがっ、よこせっ」
「じゃあ本体と交換だ」
晶はいきなり立ち上がり、マントを広げるようにしてシーツを腕に絡めながら、目を座らせて言った。
「Sing, my angel of music!」
「くたばれ、怪人じゃなくて変人だよてめぇは!」
晴也は晶に抱きつかれ、シーツにくるまれてぎゃあっと叫んだ。自分の匂いはわからなかったが、晶の香の匂いに一気に包まれて頭がくらくらした。
「ハルさんがほんとに恋しかった」
またこの男は、恥ずかしげもなくこういうことを堂々と口にする。
「これから変に気を回さないことにする、だからハルさんも気持ちを押し込めないで」
晴也は晶の匂いと温もりが気持ち良くて、瞼が勝手に落ちてくるのに抗う。人の腕の中に囲われる心地良さを覚えてしまった身体の感覚が、条件反射しているようだった。
「……これからなんかあるのかよ」
精一杯の抵抗で言ってみる。晶が軽く息を吸うのが、その胸の動きで伝わる。
「本気でもう二度と俺に会わないつもりでいたの?」
「こんなきついことは冗談ではやらない」
自分を囲う腕に力が入り、晴也の腰から力が抜けそうになった。晶の背中に腕を回してしまいそうになるのを、我慢する。
「……着拒やブロックするのは俺がほんとに嫌いになった時だけにして」
ああ、嫌いになれたのだったら、あんなに泣かなくても良かったのに。晶は続ける。
「答えたよな、好きだから踊るって……それを世界中にアピールしたいと今は思わない」
晴也はちょっと顔を上げて、晶の僅かに赤らんでいる頬を見る。そこが染まっているのは、晴也が殴ったからだけではなさそうだった。
「俺に近い場所で俺を見てくれる人のためだけに踊りたい、心を込めて」
晴也はその言葉に胸の内がきゅっとなるのを感じたが、それは少し違う、とも思う。
「それがもったいないってサイラスさんは言ってるんだろ? 俺もそう思う」
「俺の気持ちを蔑ろにしないで欲しい……ハルさんのためだけに踊るよ、今はそうしたい」
上半身の密着度が増し、こめかみの傍で艶やかな声が響く。
「Touch me, trust me, saver each sensation……」
ああもう、これじゃ話にならない、溺れてしまう。晴也が晶の総攻撃に陥落しかけた時、女の歌声が響いた。
「He's there, The Phantom of the Opera ……」
晴也がシーツの中からそちらを見ると、晴也のスウェットをだぶつかせて、髪を乾かしっぱなしにしたすっぴんの明里が、右手をこちらに差し出して芝居がかっていた。
晶は晴也を抱いたまま、おっ、と楽しげに言った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
隣のチャラ男くん
木原あざみ
BL
チャラ男おかん×無気力駄目人間。
お隣さん同士の大学生が、お世話されたり嫉妬したり、ごはん食べたりしながら、ゆっくりと進んでいく恋の話です。
第9回BL小説大賞 奨励賞ありがとうございました。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる