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12月
3-④
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「あ、晃嗣さんの会社の人? はじめまして、俺晃嗣さんの……ま、友達かな?」
憲一は相変わらず半笑いで言った。晃嗣は朔に軽く覗き込まれて、反射的に顔を背ける。恥ずかしくて、何処かに逃げてしまいたかった。
すると朔は、その美声に軽蔑のようなものを混じらせながら憲一に応じた。
「えーっほんとに友達? こうちゃん貴方のこと明らかに嫌っぽいんだけど? 何かまとわりついてるんじゃね?」
憲一ははぁっ? と、高い声を発した。晃嗣もこうちゃんとは誰のことなんだと突っ込みそうになったが、朔はへらへらと続ける。
「今こうちゃんとつき合ってんの俺だからさ、馴れ馴れしくしないでくれないかなぁ?」
眉を吊り上げた憲一は、簡単に朔の挑発に乗った。
「いい加減なこと言うなよ、このガキがっ!」
「いい加減じゃねぇよ、こうちゃんはあんたみたいなクソバイが便器にしていい人じゃねえんだよ」
晃嗣はことの成り行きにあ然となり、固まるしかない上に、その顔に似合わない朔の言葉の汚さに仰天する。憲一は自分より若い朔の罵りに顔を赤くして、明らかに狼狽えた。
「おっ、俺は晃嗣さんが本気で気に入ってたんだ、おまえこそ割り込んできて」
「それ以上喋るとここで叫ぶぞ、あんたは穴があれば何処にでもちんちんを突っ込む奴だってな」
2人の発する険悪な空気に、晃嗣の視界が揺れそうだった。倒れてしまうことができれば、どれだけ楽だろうかと考えたが、気力を振り絞って声を発した。
「……七宮さん、これから出張なんだろ、もう行けよ」
こめかみに血管を浮かせた憲一は晃嗣の顔を見て、ああ、と曖昧に返事をした。場を収拾するきっかけができて、ほっとしたようにも見えた。
朔はふん、と鼻を鳴らして、晃嗣の手首を掴み、その場を離れた。晃嗣はなすがままにとんかつ屋の入り口に連れて行かれたが、憲一のほうを一切振り返らなかった。
自分でも不思議だった。憲一に妻子がいると気づいた時、自分の思い違いだと信じたかったし、運営から連絡があった時にショックを受けるほどには、憲一に惹かれていた。なのに今は、自分の手を引く年下の男の存在のほうが大きく、彼に憲一と自分との関係をどう受け取られたのかが、不安で仕方がなかった。
店は混んでいたが、カウンター席を取ることができた。
「柴田さん、大丈夫? 食う気ある?」
朔に訊かれて晃嗣は頷き、日替わりの定食をオーダーする。
気まずかったが、自分が話さなければ始まらないだろうと晃嗣は思う。恥を晒す覚悟を決めて口を開いた。
「あの人、春にマッチングして6月まで会ってたんだ」
朔は湯呑みの茶を飲んでから、言った。
「……なるほど、あいつバイだって隠してたんだ」
「あの人がバイでも別によかった」
晃嗣の言葉に、朔は眉を顰めた。この期に及んで庇うのかとでも言いたげだったが、晃嗣は続けた。
「でも奥さんと子どもがいるんだよ……最後にレストランで会った日に、彼がトイレに立った途端に電話がかかってきて……」
テーブルの上で震えるスマートフォンの画面に、女の名が表示されていた。晃嗣は女が本命なのかと真っ先に思ったが、勝手に判断するのは良くないと自分を戒めた。
しかし電話が切れて30秒もしないうちに、憲一のスマホは再び震え、LINEのプッシュ通知を画面に表示した。
「珠恵がパパの帰りを寝ずに待つって言ってる。できれば早く帰ってきてあげて」
一瞬、店内のざわめきもBGMも、何も聴こえなくなった。それまで会食は良いムードで進んでいて、今夜は憲一と一緒に過ごしてもいいと晃嗣は考えていた。しかしそのメッセージは、電話に出ない夫に妻が送ったものとしか思えなかった。憲一がバイでも構わなかったが、家庭を持つ男と深い関係になるのは嫌だった。
憲一は相変わらず半笑いで言った。晃嗣は朔に軽く覗き込まれて、反射的に顔を背ける。恥ずかしくて、何処かに逃げてしまいたかった。
すると朔は、その美声に軽蔑のようなものを混じらせながら憲一に応じた。
「えーっほんとに友達? こうちゃん貴方のこと明らかに嫌っぽいんだけど? 何かまとわりついてるんじゃね?」
憲一ははぁっ? と、高い声を発した。晃嗣もこうちゃんとは誰のことなんだと突っ込みそうになったが、朔はへらへらと続ける。
「今こうちゃんとつき合ってんの俺だからさ、馴れ馴れしくしないでくれないかなぁ?」
眉を吊り上げた憲一は、簡単に朔の挑発に乗った。
「いい加減なこと言うなよ、このガキがっ!」
「いい加減じゃねぇよ、こうちゃんはあんたみたいなクソバイが便器にしていい人じゃねえんだよ」
晃嗣はことの成り行きにあ然となり、固まるしかない上に、その顔に似合わない朔の言葉の汚さに仰天する。憲一は自分より若い朔の罵りに顔を赤くして、明らかに狼狽えた。
「おっ、俺は晃嗣さんが本気で気に入ってたんだ、おまえこそ割り込んできて」
「それ以上喋るとここで叫ぶぞ、あんたは穴があれば何処にでもちんちんを突っ込む奴だってな」
2人の発する険悪な空気に、晃嗣の視界が揺れそうだった。倒れてしまうことができれば、どれだけ楽だろうかと考えたが、気力を振り絞って声を発した。
「……七宮さん、これから出張なんだろ、もう行けよ」
こめかみに血管を浮かせた憲一は晃嗣の顔を見て、ああ、と曖昧に返事をした。場を収拾するきっかけができて、ほっとしたようにも見えた。
朔はふん、と鼻を鳴らして、晃嗣の手首を掴み、その場を離れた。晃嗣はなすがままにとんかつ屋の入り口に連れて行かれたが、憲一のほうを一切振り返らなかった。
自分でも不思議だった。憲一に妻子がいると気づいた時、自分の思い違いだと信じたかったし、運営から連絡があった時にショックを受けるほどには、憲一に惹かれていた。なのに今は、自分の手を引く年下の男の存在のほうが大きく、彼に憲一と自分との関係をどう受け取られたのかが、不安で仕方がなかった。
店は混んでいたが、カウンター席を取ることができた。
「柴田さん、大丈夫? 食う気ある?」
朔に訊かれて晃嗣は頷き、日替わりの定食をオーダーする。
気まずかったが、自分が話さなければ始まらないだろうと晃嗣は思う。恥を晒す覚悟を決めて口を開いた。
「あの人、春にマッチングして6月まで会ってたんだ」
朔は湯呑みの茶を飲んでから、言った。
「……なるほど、あいつバイだって隠してたんだ」
「あの人がバイでも別によかった」
晃嗣の言葉に、朔は眉を顰めた。この期に及んで庇うのかとでも言いたげだったが、晃嗣は続けた。
「でも奥さんと子どもがいるんだよ……最後にレストランで会った日に、彼がトイレに立った途端に電話がかかってきて……」
テーブルの上で震えるスマートフォンの画面に、女の名が表示されていた。晃嗣は女が本命なのかと真っ先に思ったが、勝手に判断するのは良くないと自分を戒めた。
しかし電話が切れて30秒もしないうちに、憲一のスマホは再び震え、LINEのプッシュ通知を画面に表示した。
「珠恵がパパの帰りを寝ずに待つって言ってる。できれば早く帰ってきてあげて」
一瞬、店内のざわめきもBGMも、何も聴こえなくなった。それまで会食は良いムードで進んでいて、今夜は憲一と一緒に過ごしてもいいと晃嗣は考えていた。しかしそのメッセージは、電話に出ない夫に妻が送ったものとしか思えなかった。憲一がバイでも構わなかったが、家庭を持つ男と深い関係になるのは嫌だった。
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