出来心、あるいは、必然。~デキる年下同僚を買ってしまった件~

穂祥 舞

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12月

4-②

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「婚活なんかしなくても、高畑さんならこの会社の中だけでも女子よりどりみどりなのにね」
「高畑さんって福島出身だっけ? 故郷に約束を交わした幼馴染とかいそう」
「あはは、何処のいい家のぼっちゃんなのよ、確かに高畑さん王子系だけど」

 何の話だ? 話題になっているのは誰? 晃嗣は意識を飛ばしてしまわないように、2回深呼吸した。ただの噂話だと自分に言い聞かせてみるものの、朔が親を安心させてやりたいと話したというネタには、信憑性を感じる。
 朔は家族思いで、体調が良くない父親に代わり、長男である自分が家族を支えなくてはいけないと少なからず考えている。彼と話す時間が増えて、晃嗣は彼の思考の癖や基本的な価値観を理解しつつあった。
 だが、ゲイなのに本当に女性と結婚するつもりなのか? 名ばかりの結婚をして、男の愛人を持つのか? 両親に安心してもらうための方策としては、褒められるものではないだろう。
 それで……俺はどうなる? そもそも俺は――朔さんの何なんだ?

「柴田さん、さっき高畑さんの持って来た営業課の分、開けましょうか」

 相良の声に、晃嗣はびくりとなった。いけない。昼休みに彼に会うのだから、直接訊けばいいことだ。おかしな噂が出ていると教えてやろう。

「開ける前に名前チェックして、今日の日付けも入れて」

 はあい、と彼は答えた。部屋が静かになる。晃嗣は下唇の内側を上の歯で噛んだ。集中力を取り戻したい時の癖だった。そのうちじわりと血の味がしてくるまで、過剰に力が入っていることに気づかなかった。



 作業を黙々と進めるうちに休憩時間が訪れ、晃嗣は人事課の数名の社員とともに、社員食堂に向かうべくエレベーターに乗った。前の会社は、晃嗣が退職する直前に社員食堂を閉めてしまったが、栄養バランスが考慮された熱々のご飯を、安価で提供してくれる施設があるというのは、本当に有り難い。少なくとも晃嗣は、そう思っている。
 寺や神社などの数倍有り難いその施設の入り口の脇には、他部署の友人を待つ社員がいつも数人立っている。朔はそこに混じっていたが、彼が他の人と違いふわりと輝いて見えるのは、晃嗣が相当イカれている証拠だった。

「お疲れさまです、人事は忙しいシーズン到来ですね」

 朔に言われて、うんまあね、と晃嗣は軽く返した。

「営業だって慌ただしいでしょう? 今日は内勤なんですか?」
「3時にうちにいらっしゃるかたがあるんです」

 2人は敬語で話し合いながら、首から下げた社員証を券売機にかざして食券を買う。この券売機は晃嗣が転職してきてすぐに導入され、さすが一部上場の大会社だなと感心したもののひとつである。総務課で個人別の購入額が毎月データ化され、人事課で給与から天引きするよう処理するのだ。
 2人して八宝菜がメインの中華の定食を選び、盆を持って奥の席に向かった。
 いただきます、と手を合わせてから、晃嗣は早速口火を切った。午前中、もやもやして仕方なかったからである。

「さっき朔さんが帰ってから……ちょっと変な噂が出たんだけど」

 朔は八宝菜の白菜を箸で摘みながら、どんな噂? と訊いてくる。周りに人があまりいないからか、口調はくだけていた。

「朔さんが結婚を考えてるとか」

 晃嗣は朔が笑い飛ばすのを想像、あるいは期待していたが、彼はうーん、と否定もせずに苦笑した。

「結婚したいんじゃないんだ、親を安心させたいだけ」

 それは晃嗣もちらっと聞いている。うん、と緩く相槌を打ち、わかめのスープに口をつけた。
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