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貴方の声に心は開く

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 奏人は自分が特殊扱いされて、やや不満そうに唇を尖らせ気味だった。暁斗にしてみれば、そんな奏人も可愛かったりするのだが、彼はいきなり毒を吐いた。

「常々聞いてて思うんだけど、暁斗さんの学生時代の部活ネタって野蛮じゃない?」

 暁斗は面食らったが、テニス部の名誉のために反論を試みる。

「いや、そりゃ美術部員って皆大人しいイメージあるし、それに比べりゃ毎日球打ちなんかしてた俺たちは野蛮だろうけど」
「テニスの練習以外のことだよ、飲み会の話とかたまにそれどうなのって思うことある」

 これは反論が難しかった。2人の会話を聞いていた濱夫妻が声を立てて笑った。

「すいか割りの経験の有無なんかで喧嘩しないで、じゃあ今日ひと玉奏人くんのために残しておこう」
「喧嘩じゃないわよね、仲良しなのね‥‥‥どこで出逢ったか私聞いてなかったかしら?」

 試練は唐突に訪れた。暁斗は密かにどきどきしたが、これには奏人がさらっと応じた。

「学費つくるのにゲイ向けのお店でバイトしてたって話、覚えてる? 実はあれを社会人になってから再開してたんだ、暁斗さんはお客様‥‥‥本気になっちゃったから留学前に辞めた」

 甥の言葉に、涼子は眉間にわずかに皺を寄せた。

「かなちゃんはいつもそうね、お父さんが亡くなった時もだけど、お金が要るんだったらひと言相談してくれたらいいのに‥‥‥」
「ううん、学費はともかく、それ以降はやりたくてやってただけだから」

 奏人の言葉は事実だった。父親の急死で学費が払えなくなり始めたデリヘルボーイを、SEとして就職してからも好きで続けていたのだ。彼は自分を贔屓にしてくれる客を大切にしていて、暁斗と出会った頃は、ここにしか自分の居場所が無いから、と話した。今はきっと、暁斗のいるところが自分の居場所だと思ってくれている。少なくとも暁斗はそう信じたい。
 インターフォンが鳴り、やって来たのはデリバリーサービスの車だった。暁斗は驚いたが、3人の男女がてきぱきと食事の入ったケースを運んできて、大きなテーブルにあっという間に並べていく。暁斗は奏人とふたりして、ほとんどあ然としていた。

「こんなの自宅に呼ぶって僕初めて見たよ」
「そうだな、去年会社でやったクリスマスパーティで俺が頼んだケータリングより豪華だし」

 デリバリーサービスが帰るとすぐに、こんにちは、という声と共に病院のスタッフたちが到着し始める。濱家の前に、自転車が次々と並び始めた。信介が彼らを出迎え、暁斗と奏人は何故か涼子を手伝って、食卓を整える。紙皿と紙コップの準備に手慣れている宴会部長の暁斗は、涼子にやたらと感謝された。

「かなちゃんと桂山さんも好きなものを取って隣の部屋に移動してね、ビールも冷やしてるわよ」

 暁斗は食事を先に取るのは申し訳ないと思いつつ、指示に従うほうが賢明だと判断した。奏人をうながし数枚の紙皿に食事を取って、隣の客間に運んだ。奥さんこんにちは、今日はありがとうございます、という賑やかな声が聞こえる。子どもの声もするので、すっきりしない空にもかかわらず、ここだけ夏休み真っ盛りという感じだ。
 奏人は缶ビールを4本抱えながら、言った。

「音楽系とか医療系の人って基本的にパリピだし、ホームパーティーも好きな場合が多いから、暁斗さんはそんなに気を遣わなくてもいいよ」

 いや、そういう訳にもいかないと思うのだが‥‥‥。

「えっ、院長先生の甥御さんとパートナーさん? 挨拶したいです」
「そうですよね、ご迷惑でなければ」

 そんな声が聞こえてきた。涼子が客間にぱたぱたと入って来るのを見て、暁斗は言った。

「乾杯だけ参加しましょうか」
「そう言ってくださるなら助かります、一応スタッフは皆、私たちの甥に同性のパートナーがいるって話をぼんやりと知っています」

 奏人がふふっと笑った。

「良かったね伯母さん、暁斗さんは会社のトップセールスだから、初対面の人にちょこっと挨拶するくらい朝飯前だよ」
「あなただって接客業やってたんだから大丈夫でしょかなちゃん、私はあなたたちが男同士のカップルだってことで何かスタッフが要らないことを言わないかどうかを心配してるの‥‥‥子どももいるし」

 気持ちいいくらいはっきり言う人だ。暁斗は涼子の美しい横顔を見て思う。こういう人が近い場所にいるのは、本当に心強い。

「大丈夫ですよ、私は会社で相談室に関わってるので、多少不躾ぶしつけな質問をされることにも慣れてます‥‥‥奏人さんは週1回女子大生に揉まれてますしね」

 暁斗が奏人を見ると、奏人はそうだね、と笑顔になった。

「それに最近のお子さんは学校でセクシャル・マイノリティについて学んでるから、リアルゲイカップルに遭遇して喜ぶかもしれないよ」
「じゃあとにかく乾杯に行きますか、奏人さん」

 暁斗はマスクを着けて、奏人と立ち上がる。涼子についてリビングに入ると、参加予定のほぼ全員が集まった会場の注目が、自分たちに集まったのを暁斗は感じた。
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