バイオハザード 崩壊

久谷場亭仕舞

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 平和を意識して日常を送る者が、今の日本にどれだけいるのだろう。決して多くない事は容易に想像がつく。戦争を知らない日本人にとって平和とは、努力せずとも生まれながら当たり前に獲得できるものだからだ。

 その平和が侵されたら?

 そんな事はあり得ない。人々は薄ら笑いを浮かべて自身ありげな顔で答えるだろう。日本は武器を捨て、戦う事を捨てた。日本は対話で平和を生み出すのだ。

 世界中が表で称賛し、裏でせせら笑っていた。日本の、日本人の愚かさと幼稚さを。大国の相合傘に頬を赤らめて擦り寄る姿。実に滑稽である。いつでもヤレるからこそ利用価値があるだけで、必要がなくなったら傘から放り出されるのだ。

「ジャパンってのは実に居心地が良い国だよな。」

  煙草を咥えた男がそう言った。

「言えてらあ。こんなお人好しでゆるゆるな国はねえさ。天国だぜ。」

  もう1人が応えた。手にしている紙コップを口に運んで、泥水の様な液体を胃に流し込んだ。

「しかし…なんだってこんな辺境の山ん中にこんな厳重な警備が必要なんだ?こんな所、迷子だって近寄らないぜ。」

 タバコの男はふうーっと煙を吐き出してそう言った。

「クソまじぃコーヒーだぜ…豚か牛の糞でも煮詰めたみてぇだな…」

 コーヒーを飲んだ男は忌々し気に言ってから、

「本国でヘタ打ってえらい目にあったからだろ。あん時は上から下まで大騒ぎでな。火消しに必死だったんだ。死人は出るわ施設は吹っ飛ぶわ、会社の株価も下がりまくったからな。」

  と、他人事の様に言って笑った。

「へぇ。大企業様っても中で働く連中はたかが知れてるって事かね。で、雇い主様はどんなヘマをやらかしたんだい?」

 タバコの男は2本目に火を点けて聞いた。

「なんだお前知らんのか?」

 コーヒーの残りを地面にぶち撒け、紙コップをグシャッと握り潰した男は呆れた様に言った。

「俺達の雇い主ってのは、世界有数の大企業様だ。主に美容や医療だ。他にも手広くやっちゃあいるが、メインはその二つだよ。美容に医療ってのは裏は実に胡散臭いモンだぜ。で、日夜金儲けのために研究が行われてるんだが、そこで事故が起きたってワケなんだ。」

「事故…それってなあ、こんな辺境の山奥に俺達みてえな武装した警備が必要な理由でもあるってか?」

 タバコの男は襷掛けにしているサブマシンガンを撫でて言った。傍に停めてある軍用ジープの荷台には大きな機関銃も搭載されている。彼ら自身は、上下黒のツナギに軍用ブーツとベストに軍用ヘルメットという出立ちだ。

「そういうこった。会社はよ、いわゆる生物兵器の開発に手を出しちまったって話だな。日夜得体の知れない化け物を作ってるってな。」

「生物兵器…?」

「おうよ。そいつらの世話に失敗しちまった結果、さっき話した通りになっちまったのさ。笑えるぜ。飼い犬に喰われちまうなんてな。」

「それ、マジな話なのか?」

「もちろん公にはされちゃいねぇよ。だが、社内じゃ公然の秘密ってやつよ。その頃からだな。警備がやたら厳重になって、俺達みたいな傭兵を使うようになったのは。」

  そこまで話した時、詰所の電話が呼び出し音を発した。詰所と言っても、小さなプレハブ小屋である。一通り備品は揃っているが、快適とはお世辞にも言えない。

 タバコ男は外から窓越しに受話器をつかんだ。

「正門詰所だ。…あ?なんだって?…ゆっくり話せ。…聞こえねぇ。なんだその音は?…銃声か?!おい!?どうした!?おい!?」

「うるせえな…こんな山ん中で。響くだろうが。」

「…切れちまった。何か変だぜ。中で何かあったんじゃねえのか?なあ、見に行った方が…」

「面倒くせえなあ…クソッ…!おい、お前ここに残って中に連絡してくれ。俺は様子を見てくる。」

 コーヒー男はそう言うとジープに乗り込んでエンジンをスタートさせた。

「ええ?俺が?」

「テメー以外に誰がいるんだ。ここをカラにしてくわけにいかねえしな。無線も中までは届かねえ。全く…」

 コーヒー男は吐き捨てる様に言ってジープをUターンさせ、アクセルを蒸すと、たちまち車体は漆黒の闇に飲みこまれ、あっという間にテールランプも見えなくなった。

「…早く帰ってきてくれよぉ…?」

  タバコ男はそう言うと、受話器をつかみ仕事に取り掛かった。

 辺りは静寂に包まれ、男が応答のない相手に悪態をつく声だけが響いていた。

 

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