神々の愛し子

アイリス

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崇橋香月たかはしかつきはとてもとても美しい少女である。それは香月の姿を目にした者はすべて同意することであり、実質彼女は神が精巧に作り上げたビスクドールのように完璧だった。


太陽の光を浴びると金色にも見える淡い茶色の髪。左右対称の白皙のかんばせ。黒曜石のように艶やかに輝く瞳。花のように淡く色付く桃色の頬に、果実のような瑞々しさを持つ唇。見る者を感嘆させる美しさを持つ少女である。



彼女はとても美しく、性格は少々捻くれてはいるものの、日々平穏に過ごしていた。



しかし、日常は突然終わりを告げた。



いつ目通り学校に向かっていた香月に、信号無視した車が突っ込んできた。甲高いブレーキが擦れる音と、肉体を引きちぎる鈍い音が当たりに轟く。



通学時間であり、車の行き来も激しく、人間の通りも多い。被害者は香月だけではなかったが、一番重傷なのは明らかに香月であった。他にも数名香月同様に車と住宅街の壁に挟まれていたが、自分程ではない。


香月は一番前にいる。身体は抉れ、四肢も千切れ、血液が水溜まりをつくる。だが、誰もが絶賛する顔だけは綺麗なまま。口から血すら出ていない。死んでいないのが不思議な程の惨状だった。


(あれ?でも、どうして私は私の顔が見えているの?)


そう、何故香月は痛みも感じず、冷静にこうやって自分の状態を分析しているのだろう。死にかけている人間が痛覚を感じず、自分を鑑みるのは明らかにおかしい。



目の前に自分がいるのもおかしい。



(これじゃ、まるで......)



既に死んでいるかのよう、と想像して悪寒が走る。まるで、ではない。明らかにだろう。



(嘘、嘘、嘘よ!だって、私、さっきまで普通に......!!)



信じられなかった。信じたくなかった。自分が死ぬなどと、想像したことも考えたことすらなかった。でも現実なんだろうとぼんやりと思う。目の前で起こっているのだ。疑いようもなかった。



夢だと思いたかったが、駆け寄ってくる人々の表情、態度全てが夢などではなく本当に実際起こっていることだと香月に教える。



(ーー仕方ないか。どうにもならないもんな)



頑張ってどうにか挽回できるなら足掻こうと思うが、先程の状況を見てまだ希望があると思える程香月は楽天家ではない。あれは助からない。ここに香月の意識があるし、既に事切れているのではないだろうか。確かめる術は香月にはないが、周りに駆け寄ってきた人間の顔でなんとなく察する。



両親より先に先立つのは申し訳なく思うが、轢いた車の主が悪いのだ。香月は悪くないと結論付ける。



「香月!なに諦めてるのよ!?」



香月が今生を諦めていると突然現れた女性に名前を呼ばれ、怒鳴られた。



(わっ、びっくりした。誰?もしかして、物語でよくあるお迎え?)


香月がそうたずねると女性は小さく震えた。



「なんでそんなにあっさり諦めてるのよ!」



震えていたのは怒りからだったようだ。女性は俯かせていた顔を上げ、香月を睨みつけ、声を荒らげる。改めて顔をあらわにした彼女はとても美しい。香月よりも遥かに輝く美貌を持ち、神々しい雰囲気を持つ。彼女の正体に疑問を抱きつつ、彼女の問に答えた。



(あっさりじゃないけどさ、明らかに手遅れじゃない?手と足は千切れてるし、お腹も抉れてるよね?しかも、私、息してる?してるようには見えないんだけど......)



香月が言い終えると彼女は押し黙る。事実だったのだろうと推測する。



「確かに、貴女は息を引き取った。でも、わたくしは納得できないの!」



(はぁ!?)



香月は開いた口が塞がらない。何を言っているんだこの人は。


香月は死んだが、納得できないとは。一体どういうことだ。わけがわからない。


「わたくしは、貴女が生まれた時から見守っていたのよ。ずっとね」


いきなりのストーカー宣言に香月が顔を顰めるが、彼女は一切気にした様子はなく続ける。



「ずっと見守って、このまま貴女が幸せになるよう手助けして、寿命を終えたら勧誘しようと思っていたの。それなのに、たまに起こる事故で、香月が死ぬと予言された!回避しようとしたけど、無駄だった。神にすら手出しできない不干渉の事故。それによって貴女は命を落とした......選ばれる魂はランダムなのに、どうして、よりによって貴女なの?」



彼女は大きい瞳に涙を溜め、香月を見下ろす。悲愴な表情を浮かべ、絶望するさまも美しいが言っていることが滅茶苦茶で、香月は混乱する。気になる言葉も多々あるが、多すぎて追いつけない。



「回避しようがない、事故。でも、わたくしは納得できないし、するつもりもないの。だからね、わたくしが管轄するこことは別の世界で、穏やかに暮らしてほしいの」



(いやいや、ちょっと待って!訳がわからないし、意味もわからない!今日の事故が回避不可能な事故?なのは理解したけど、結局貴女は何者......?管轄する世界で、って......)



困惑しながらもたずねたいことを香月はたずねる。



彼女はすっと背筋を伸ばし、胸を張り、豊かな胸元に手を添え宣言するように告げる。



「わたくしは数多の世界を管理する神よ。この世界も管轄内の一つ。家族もお友だちもいるし、本当ならこの世界で生き続けてほしいのよ?でも、この世界での貴女は死んでしまった。その事実はもう、わたくしにも変えようがないの。でもね、別の世界なら無傷で蘇らせられる」



(だから、別の世界に行けって?そこまでする価値が私にあるの?)



香月は呆れながら神であると言う彼女に問う。


彼女の言い分を信じるならば、神である彼女が香月を生かしたいが為に、今この場に居て、香月を生かそうとして別の世界へ行けと説得していることになる。



それに、何の意味があるのか。この世界で死んでしまった事実が変えられないなら、そのまま運命に沿えばいい。今、この瞬間、この世界に生きて戻れないのなら、香月に生きる意味はない。生き返っても別の世界なら生まれ変わりたい。新たな人生を送りたいと考えてしまう。



「香月、貴女の言い分は察するわ。でもね、わたくしは今の貴女の姿、性格、魂、全てを愛しているの!生まれ変わったら、容姿も性格も変わってしまうわ。それは嫌なの!」



華奢な腕を豊満な胸の前で組み、乞い願うように香月に訴えてくる。言っている内容は許容できるものではないが、ただひたすら愛されているのだろうとは思う。偏愛といってもいいくらいだ。



「だからお願い!」



あまつさえ、懇願される始末。どうしたものかと、香月は悩む。断れる状況なんだろうか。



「断ってもいいのよ。でも、断ったら即神の仲間入りね!香月は他の神にも愛されてるの。他の神たちも貴女を至上の存在として遇するのは間違いなしよ!神格が少し足りないから補ってからがよかったけれど、多分大丈夫だと思うし。どちらでもわたくしは構わないわ」



香月は選択肢に絶句する。



(なんなんですか、その二択は!普通に生まれ変わるという選択肢はないんですか!)



「無いわ。今度こそ・・・・逃がしはしない。諦めて、どちらかを選んで」



最初の方は小声すぎて香月には拾えなかったが、諦めてどちらかを選ばなければならないのは理解した。



(だったら、私は異世界に行きます。神になるなんて、無理です)



「無理なら提案なんてしないわよー。資格があるから、言ってるのよ?まぁいいわ。異世界に行ってくれるみたいだし、楽しんできて!」


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