前世魔王だった僕は、前世勇者だった男に求婚されたので逃げ出しました

榎村まこと

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第一章

第12話 欠けた記憶

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「まさか僕の欠けた記憶の中に答えがあるというの?」

 魔導師だった頃の記憶がまるでない僕に複雑な表情を浮かべるオルティス。
 やや俯いて答えた。

「私の口からは何とも。ただイベルド様は私に告げました。自分はいつか生まれ変わるから、その時にはどうか助けて欲しいと。前世の記憶が思い出せるよう補助して欲しいとも言っていました」
「じゃあ、ゼムベルトはやはり」
「間違いなく勇者の生まれ変わりだと思います。赤子だった彼を私が取り上げた時、彼の身体の一部には勇者の証である痣を確認しましたから」
「身体の一部ってどこに?」
「……えーと、腰から下の」
「尻?」
「ええ……まぁ」


 僕は思わず口を押さえ、爆笑したくなるのを堪えた。
 勇者の証である痣が尻にあるって……勇者の力を発揮する時翼の形をした痣が光るのだけど、尻が光るってこと?
 いや、笑うな、笑うな。笑っている場合じゃない。
 ゼムベルトが勇者と確定した以上、ここに止まるわけにはいかないってことが分かったのだから。
 
 いや……でも……尻に勇者の痣って。
 前回入浴した時は尻までは見ていなかったからな。まぁ、あの時はそんな余裕もなかったしね。
 
 あああ、可笑しいっっ。
 笑い死にそうになるっっ。

「魔王様……そんなに地面を叩くほど笑わなくても」
「こ、これを笑わずにいられるか……!! もし機会があるのなら是非勇者の力を発揮して欲しい。痣が光るところを見て見たい」
「涙まで浮かべて……ゼムベルト殿下が聞いたら落ち込みますよ。結構気にしているみたいですから」
「き、気にしているのか!? あの勇者が……お、お前、僕を笑い殺す気か」

 前世の記憶があるだけに、僕の中で勇者の痣が尻にあるというのは、ドツボにはまってしまった。
 笑いすぎて肝心なことを聞き忘れるところだった。
 僕は涙を拭いながらオルティスに尋ねた。

「ところで勇者は前世の記憶が蘇っているのか?」
「いえ……当時のことをお話させていただくことはあるのですが、今ひとつぴんときていないみたいですね」
「思い出したら不味いのでは無いか? 僕の前世が魔王と分かったら……」
「貴方自身はどうなのです? イベルド様に復讐したいとお思いですか?」
「僕は別に……」
「殺されたあなたがそう思っているくらいです。あの方も同じ気持ちだと思いますよ」
「いや、でも、妻に迎えるというのは流石に」
「かつて敵だった者同士が婚姻関係を結ぶことはよくあることです。あなたとゼムベルト殿下の結婚は、人族と魔族の和平の為にも有効なことだと思っています。魔王様、私はこの結婚、大いに賛同します」

  
 ま、満面の笑みを浮かべて何を言っているんだ!? この裏切り者め。
 このままでは本当に勇者と結婚してしまうことになるじゃないか。
  一刻も早く魔力を取り戻して、この場から逃げないと!
 だけど、失われた記憶についても少し気になるな。

「オルティス、この城には図書室はあるのか?」
「はい。地下の階に図書室がございますよ」
「僕と勇者のことが書かれた書物を読みたい。その後の勇者のことも気になるし」
「それは良いことですね。もしかしたら欠けている記憶も蘇るかもしれませんし」
「……だといいんだけどな」
「ただ、図書室の入室は皇帝陛下の許可がいりますので、少しの間時間をください」
 

 僕は一つ息をつく。
 本を読んだところで前世の全てを思い出せるとは思えないが、何か分かるかもしれないからな。
 その時、賑やかな声が聞こえてきて僕はそちらへ顔を向けた。
 何やら魔法士のローブを着た子供たちがこちらに駆け寄って来る。

「オルティスさまぁ、授業はまだですか?」
「待ちくたびれましたー」
「今日は光の魔法を教えてくれるんでしょう?」

 驚いたことに人族だけではなく、魔族や妖精族の子供もいる。
 アーネルシアでは人族の城に魔族や妖精族が出入りすることはない。
 オルティスが妖精族の子供の肩を叩いて、僕に紹介する。

「将来宮廷に仕える魔法使いたちの卵です。この子は火の妖精族の子供です」

 紅髪は炎のように輝き、猫のようなつり目は鮮やかな朱色。
 年は十四、五歳くらいか。
 水の妖精族イプティーは同じくらいの少年のような姿をしていたが、落ち着いた態度といい顔つきといい、この少年と比較するとやはり十五歳の姿をした大人なんだなってことがよく分かる。

「オルティス様、この人は?」

 炎の少年は目をキラキラさせて僕の方を見る。
 見知らぬ客人に、興味津々といった感じだな。
 
「この方は殿下のお客様だ。皆さんご挨拶を」
 オルティスの言葉に子供たちはにこにこ笑いながら「「「こんにちは!」」」と声をそろえご挨拶をする。
 少年は胸を張って、両手を腰にあてドヤ顔で自己紹介。

「俺はアドラ=ブリージュ!!  一応宮廷魔法士の見習いとして魔法を習っているけど、将来は炎の妖精族の王になるからよろしくな!!」

 元気がいいな。さすが炎の妖精族だ。
 すると他の子供たちも負けじとばかりに自己紹介を始める。人族や魔族の子供も可愛いな。
 魔族と人族が戦争をし、他種族とも相容れなかった時代を知っている僕からすると、それは何とも言えないくらい不思議な光景だった。

「そうだ。ジュノーム様、良かったら子供たちに魔法を教えてみたらどうでしょう?」
「僕が?」

 子供たちがいる手前、オルティスが僕のことを、魔王様じゃなく、ジュノーム様と呼ぶ違和感。そして思いも寄らぬ提案に僕は訝しげな表情を浮かべた。

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