前世魔王だった僕は、前世勇者だった男に求婚されたので逃げ出しました

榎村まこと

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第二章

第19話 前世魔王だった僕は冒険者になる

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 ダークウルフは山の麓にある魔物取引所で売ることができるらしい。
 害獣の魔物からペットになりそうな無害な魔物まで取り扱っている所で、冒険者が倒した魔物も毛皮や武器などの原料として引き取ってくれるとのこと。
 知らなかったなぁ……僕が読んでいた新聞には、魔物取引所のことなんか書かれていなかったからなぁ。
 魔物取引所は冒険者ギルドの館の敷地内に建てられている。煉瓦造りの建物で、屋根から壁は蔦に覆われている。
  
 
 店内に入ると早速、ダークウルフを売りたい旨を受付に伝える。
 そして店員の兄ちゃんに付いてきてもらい、店の外にでる。
 
取出魔法エジェクト

 ノアが呪文を唱えると地面に魔法陣が浮かび上がり、そこに僕が倒した七頭のダークウルフの死体が現れる。
 店員は目を白黒させながらもダークウルフの数を数えはじめる。

「五、六、七……あんた、本当にこれ一人でやったのか?」
「はい。魔法の心得があるもので」
  
 にこりと笑って僕は答えた。
 店の兄ちゃんは、まじまじと僕と魔物たちを見比べている。
 うーん、ちょっとやりすぎたかな? 考えてみたら、普通の人間だったら、魔物を一度に多数相手にはしないかもね。

「もしかしてAランク以上の冒険者かい? 君」
「いや、僕は今のところ無職です」
「そうなのか。それならギルド館で名前登録しとくといいよ。ダークウルフを七頭倒したのであれば、冒険者の資格が貰える筈だ。多分、Aランクはかたいだろうな。この取引書を見せればすぐに登録してくれるはずだ」

 ふーん、この紙切れ一枚で登録できちゃうのか。
 ダークウルフを倒したのが本人じゃなかったらどうするんだろ? 
 実力もないのにAランクになっちゃう可能性もありそうだけど……ま、自分の実力に見合わない依頼を受ける羽目になって、死んでも知らないってことなんだろうな。
 店員の兄ちゃんはダークウルフたちをすぐに査定してくれて、そろばんをはじいた。

「ダークウルフは毛皮が十万、牙が十五万……全部で七頭分だから一七五万ゼルクでどうだ?」
 
 僕は思わずノアの方を見た。魔物の相場というのは正直よく分からないので。
 ノアはニッと笑って答えた。

「まぁ、妥当な値段だな。それで手を打っても損はないと思うぞ?」
「じゃあ、それでお願いします」
 
  
 とりあえずノアに従うことにした。まぁ百七十五万ゼルクあれば、しばらくは良い暮らしが出来ることぐらいは分かる。
 交渉が成立し、兄ちゃんは満足そうに一つ頷いてから、「おーい、こいつを運んでくれー!!」と店に向かって大声で他の店員を呼ぶ。

 
 すると屈強な男達が二人現れて、革袋の中にダークウルフを入れて店の裏にある倉庫へ運んでゆく。
 僕は店の中に入り、店員の兄ちゃんからお金を受け取った。百七十五万ゼルク、確かに頂きました。
 その脚で冒険者ギルドの館の戸を開ける。

「冒険者希望の方ですか? 初めての方は、証明書を提示して頂くことになるのですが」
「店の人にこれを渡されたんだけど」

 僕は取引書の紙を受付のお姉さんに渡す。
 受付のお姉さんは猫耳をひょこひょこ動かしている。 
    ふーん、獣人族の女の子か。前世の時代では魔族や人族から迫害されてきたけれど、平等に働けるようになったんだな。彼女は大きめなつり目をまん丸にした。

「す、すごい!! ダークウルフ七頭も倒したんですか!?」
「う、うん、魔法が得意なもんで」
「魔法が得意だからって七頭一度には相手にできませんよ!相当な使い手さんなんですね」

 いや、本当はその倍くらいの数を相手にしていたんだけど。比較的綺麗な死体を選んでここに持ってきているからね。

「そうなるとAランク……いやSランクでもいいぐらいですけど、どうしますか?」
「とりあえずAランクで登録しておいてくれる?」
「そうですね。もしAランクの仕事が物足りないようでしたら、すぐにランクアップも可能ですから」

 
 そんなにあっさりランクアップ出来るのか。
 いや、人によってはそれが凄く難しいことなのだろう。
 登録手続書に名前を書くように言われたので、とりあえずジュノ=ベルウッドと書いた。
 僕が書き終わったのを見計らってノアが声を掛けてきた。
 

「ところでお前はこれからどうするんだ? 冒険者として生計を立てるとして、家はあるのか?」
「……家はないね」
「じゃあ、とりあえず冒険者専用の長期滞在宿に泊まったらどうだ?  姉ちゃん、確か俺の隣の部屋、空いてただろ?」

 ノアが受付のお姉さんに尋ねると、彼女はニコニコ笑って宿帳を出してきた。
 そしてそこにも僕の名前を書いておくように言った。
 僕はもう一度ジュノ=ベルウッドという名前を宿帳に書く。しばらくの間はこの名前で通すことにしよう。

 宿帳に名前を書き終えた僕は、ノアに案内され、魔物取引所の真向かいに建つよろず屋に向かった。
 ここは武器から生活秘術品まで何でも売っている場所らしい。
 僕は洗面具や着替え、あと武器も購入する。銀のレイピアは五十万ゼルクと少々値は張るが、今の僕には丁度良い長さと重さだ。
 武器の扱いは前世の知識もあるからどうにか使いこなせると思うけど、身体がちゃんとついていくようにある程度鍛えないと……魔王だった時代は良かったな。邪神が力を与えてくれたから勝手に肉体は鍛えられた状態、修行しなくても絶大な魔力が手に入ったのだから。
 でも、今はただの人間だからね。
 身体を鍛えて、魔力を引き出す修行をしないと。記憶にはないけれど、魔導師だった時はそれなりに努力をしている筈だ。何しろ、魔導師は上級職。宮廷魔法士たちに魔法を教える立場の人間だからね。ただの人間がそんな地位を手に入れるには血の滲むような努力をしている筈なのだ……覚えてないけど。
 変な話だよな。
 自分が魔導師だったってことは分かっているのに、その時代の記憶がすっぽり抜けているなんて。
 どうして人間だった頃のことは思い出せないのだろう? 

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