前世魔王だった僕は、前世勇者だった男に求婚されたので逃げ出しました

榎村まこと

文字の大きさ
36 / 76
第二章

第36話 その頃のノアとオルティス

しおりを挟む
 一方、二人きりになったオルティスとノアだが、しばらくの間沈黙が続いていた。
 お互いに何から話していいのか迷っているようで、応接間の中に設置されている置き時計の規則正しく刻む音だけが部屋に響いていた。
 先に口を開いたのはノアの方だった。

「久しぶり、ヴィオラ……いや、オルティスと呼ぶべきなのかな」
「……」

 ゆっくりと席から立ち上がり、ノアはオルティスの元へ歩み寄る。
 二つの名を呼ばれた男は座ったまま俯いている。
 ノアはやや苛立たしげな口調で問いかける。
 
「何で黙っているんだ? 悪いが今更惚けても無駄だからな。姿が少し変わったくらいで、俺がお前のことを見間違うわけがないだろ?」
「……」

 それでもなお黙って俯いているオルティスに、ノアは舌打ちをして彼の胸倉を掴む。
 そしてやや自嘲混じりに言った。

「まさか俺が全身全霊で愛した男が、あの東将オルティスだったとはね」
「……」
「まだ黙っているのか? それとも上手い言い訳が思いつかねぇのかよ? 知将で名高いあんたが」
「……」

 辛そうに目を伏せるオルティスにノアは唇を噛む。
 そして冷ややかな声で問いかける。

「あんたの戦略によって人族の軍は大敗したもんな。人族の連合軍を率いていた隊長クラスの人間を悉く殺してきた……だから言えなかったのか?」
「……っっ!!」
 
 オルティスは目を固く閉じた。否応なく目頭が熱くなり涙が零れそうになる。だが、自分には泣く資格もない。
 ノアを騙したことは確かなのだ。
 だが意志に反して固く閉じた目からは次から次へと涙が零れる。
 オルティスは掠れた声でノアに告げる。

「許してなんて言えない……多くの人間を手に掛けておきながら、自分が育てた子供は死なせたくなくて、敵であるあなたに縋った……あなたの優しさに触れ、あなたと温かい空間を築いて……この幸せが永遠に続けばと願ってしまった……あまりにも虫がいい話だった。そんなこと許される筈がなかったのに」
「……ヴィオラっっ……」
「それに私のせいであなたが死んで――」

 オルティスが言いかけた時、ノアはその言葉を遮るようにオルティスの背中に手を回す。

「お前のせいじゃない。あの時の行動は俺の自己満足だ! お前に死んで欲しくなかったから、俺は反射的にお前を庇っていたんだ」
「私が早くあなたの前を去れば良かったのです!! そうすれば……私の争いにあなたを巻き込むようなことはなかった」
「お前が去ろうとしたって、俺が追いかけている。あの時は一秒でも長くお前と共にいたかった……お前を守り死んだことは後悔してない」
「だけど、私は……」
  
 ノアはオルティスをきつくきつく抱きしめた。
 記憶を思い出してから、ずっと探し続けていた。魔族だったらヴィオラはまだ生きているかもしれない。
 生きていなかったとしても、もしかしたら自分のように生まれ変わっているかもしれない。
 儚い望みであることは分かっていた。
 
 だけど思い出してしまった以上、自分はヴィオラを探したいと思った。だから家族の反対を押し切り、実家を飛び出して冒険者になったのである。
 もしかしたら一生会えないかも知れない。会えないまま生涯を閉じることも覚悟でいた。
 だから、まさか本人に出会えるなんて、夢のようだったし、嬉しい気持ち以上に信じられなくて。
 だけどいざ再会したら、自分から逃げるように俯いて、何も言わないヴィオラに苛立ちを覚えた。そしてその苛立ちを彼にぶつけてしまった。

「すまない……酷いことを言った。心優しいお前が好きで戦に望んでいたわけじゃないことぐらい分かっていたのに。お前が何も言わないからって俺は……」
「あなたの怒りは当然です……私は多くの人間を殺めたことは事実です」
「だけどあんたはずっと被害を最小限に留める戦をしている、とイベルドは言っていた。それに俺だって同じだ。お前の仲間である魔族を何人も殺してきた……俺にお前の罪を咎める権利なんかない。なぁ、ヴィオラ。もう今は平和な時代なんだ。こうして再会できて、抱きしめることができる今を素直に喜んで欲しい」
「ノア」
「ヴィオラ、会いたかった……会いたくて、会いたくて仕方がなかったんだ!!」

 ノアはオルティスの頭を両手で抱え込み、自分の方へ引き寄せて唇を重ねる。
 一瞬だけオルティスは唇を離し、顔を背けそうになったが、ノアはそれを許さずオルティスの顔を自分の方に向けさせ、もう一度唇を重ねた。
 触れあってしまった熱は長すぎる時間、眠っていた愛しい人への想いを呼び覚ます。
 

「ん……あ……ヴィオラ……んふっ……」
「ノア……ん……っっふ……」

 オルティスの双眸は戸惑いの色が消え、熱い眼差しに変わる。ノアの両頬をつかみ、さらに深いキスを求めた。舌を絡め、何度か唇を吸う行為を繰り返す。 
 しばらくの間、キスを味わっていたがオルティスは一度唇を離し、ノアに告げる。

「私もどれだけあなたに会いたかったか……だけど、いざあなたと会ったら怖くて」
「そうだな。お前は強いのに怖がりだったよな」

 ノアはそんなオルティスを愛しそうに見詰め、零れそうになる涙を指で拭う。
 あの時はヴィオラは色白の肌で髪と目の色は紫色だった。
 今のオルティスの肌の色は褐色、艶やかな白銀色の長い髪、白銀色の瞳。
 
「今の姿も綺麗だな……」
「ノア」
「どんな姿でも、俺はあんたを好きになる自信はあるけどな」


 もう一度、キスをする。
 ノアもオルティスも。
 最初で最後、身体を重ねた時のあの喜びが昨日のように蘇る。
 今度のキスは長くは続かず、ノアは堪り兼ねたようにオルティスに訴える。


「ヴィオラ、キスだけじゃ足りない」
「ノア……私もです……」
「そういやお前も俺も欲張りだったよな」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

天使のような子の怪我の手当てをしたら氷の王子に懐かれました

藤吉めぐみ
BL
高校の養護教諭の世凪は、放課後の見回り中にプールに落ちてしまう。カナヅチの世凪は、そのまま溺れたと思ったが、気づくと全く知らない場所にある小さな池に座り込んでいた。 ここがどこなのか、何がどうなったのか分からない世凪に、「かあさま」と呼んで近づく小さな男の子。彼の怪我の手当てをしたら、世凪は不審者として捕まってしまう。 そんな世凪を助けてくれたのは、「氷の王子」と呼ばれるこの国の第二王子アドウェル。 冷淡で表情も変わらない人だと周りに言われたが、世凪に対するアドウェルは、穏やかで優しくて、理想の王子様でドキドキしてしまう世凪。でも王子は世凪に母親を重ねているようで…… 優しい年下王子様×異世界転移してきた前向き養護教諭の互いを知って認めていくあたたかな恋の話です。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

記憶を失くしたはずの元夫が、どうか自分と結婚してくれと求婚してくるのですが。

鷲井戸リミカ
BL
メルヴィンは夫レスターと結婚し幸せの絶頂にいた。しかしレスターが勇者に選ばれ、魔王討伐の旅に出る。やがて勇者レスターが魔王を討ち取ったものの、メルヴィンは夫が自分と離婚し、聖女との再婚を望んでいると知らされる。 死を望まれたメルヴィンだったが、不思議な魔石の力により脱出に成功する。国境を越え、小さな町で暮らし始めたメルヴィン。ある日、ならず者に絡まれたメルヴィンを助けてくれたのは、元夫だった。なんと彼は記憶を失くしているらしい。 君を幸せにしたいと求婚され、メルヴィンの心は揺れる。しかし、メルヴィンは元夫がとある目的のために自分に近づいたのだと知り、慌てて逃げ出そうとするが……。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】義妹(いもうと)を応援してたら、俺が騎士に溺愛されました

未希かずは(Miki)
BL
「ねえ、私だけを見て」 これは受けを愛しすぎて様子のおかしい攻めのフィンと、攻めが気になる受けエリゼオの恋のお話です。 エリゼオは母の再婚により、義妹(いもうと)ができた。彼には前世の記憶があり、その前世の後悔から、エリゼオは今度こそ義妹を守ると誓う。そこに現れた一人の騎士、フィン。彼は何と、義妹と両想いらしい。けれど付き合えていない義妹とフィンの恋を応援しようとするエリゼオ。けれどフィンの優しさに触れ、気付けば自分がフィンを好きになってしまった。 「この恋、早く諦めなくちゃ……」 本人の思いとはうらはらに、フィンはエリゼオを放っておかない。 この恋、どうなる!? じれキュン転生ファンタジー。ハピエンです。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...