前世魔王だった僕は、前世勇者だった男に求婚されたので逃げ出しました

榎村まこと

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第三章

第39話 忌まわしい過去

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『ティムハルト家は魔法に秀でた家系だというのに、初級魔法がやっと使えるくらいか……とんだクズだな』

 まだ記憶が蘇る前……幼い時のことだ。
 家庭教師と共に魔法の訓練をしていた僕の様子を見た父親が吐き捨てた言葉だ。
 それ以来僕は何の期待もされなくなり、家庭教師も初級魔法以上の魔法を教えようとはしなかった。

『やっぱりその目だよな。目。どう考えても呪われているとしか思えない。お前のせいで母上も死んだんだ』

 憎々しげに告げたのは兄だ。
 僕が生まれたと同時に母上が死んだので、彼はそれが僕のせいだと信じて疑っていなかった。
 さらに姉も忌々しそうに僕を見て冷ややかに言った。

『こんな禍々しい目をした子供、社交界にも出せない。あんたなんか生まれて来なかったら良かったのに』


 僕は家族から嫌われ、それ故使用人からも蔑まれ、僕の世話をしようとする人間は誰一人いなかった。
 僕が声をかけても無視をするばかり。それなのに僕が屋敷の外へ出ようとすると、鬼のような形相で咎めてくる。

『どこへ行こうというのです? 旦那様の許しがない限り、勝手に外へ出るような真似はしないでくださいませ!!!』

 そう言ってメイド長は僕の頬を叩いた。
 使用人が主の子供に手を挙げるなどまず有り得ないのだけど、肝心な家族から嫌われているこの家ではその状況がまかり通っていた。
 そんな僕にも優しくしてくれる人がいて、それが父に買われた奴隷の人たちだった。
 彼らはドブ掃除や、魔物退治、ゴミや排泄の処理などの汚い仕事を請け負っていたが、家族に疎まれている僕にとても同情してくれて、優しい声をかけてくれたり、時々外へ連れ出してくれたり、甘い木の実を分けてくれたりした。
 その中でも特に仲良くなったのがフリッツという名の少年で、僕と同い年だった。
 奴隷にしては綺麗な顔をしていた為、父に買われたらしい。
 彼は常にどこかしら怪我をしていて、縄で縛られた痕も痛々しく残っていた……当時は分からなかったけど、後になって彼は父の慰みものになっていたことがわかった。
 僕はそんなフリッツに密かに恋心を抱いた。
 いつも彼に会うのが楽しみで、彼もまた僕のことを慕ってくれていたのか、さびたナイフで一生懸命作った木彫りのペンダントを僕にくれた。
 そんな僕たちの様子を兄や姉は見ていたのだろう。
 ある日、兄と姉はフリッツに魔物がはびこる森へ薬草を採りに行くように命じた。
 僕は魔法の授業を受けていた所だったので、彼がそんな所へ行っているなんて知らなかった。
 日が暮れても帰って来ないフリッツを心配していた僕に、兄や姉たちは可笑しそうに笑って言ったのだ。

「あいつなら暗闇の森へ薬草をとりにいったよ」、と。

 僕はヒステリックな声で呼び止めるメイド長の声も無視して、屋敷を飛び出した。
 フリッツを追い、暗闇の森へ向かったのだ。
 僕自身魔物に襲われるかも知れない……だけどそれでもかまわなかった。どうせ自分は家族に疎まれている。死んだところで一向にかまわない、と。
 だけど暗闇の森の入り口で、一人の少年が倒れているのを発見し、僕は駆け寄った。
 腕や脚が噛み千切られていた。はらわたが抉り出されて、綺麗だった顔も原型を留めていなかった。
 だけど服装から、それがフリッツだということが分かった。
 僕は彼の死体を背負って帰り、父親に事の次第を報告した。
 兄と姉に命じられて、彼が森へ行ったこと。そして魔物に襲われて死んだことも。
 父親はフリッツの死体を見て、嫌悪露わに顔をゆがめ、僕に命じたのだ。

「そんな汚いもの、はやくどこかへ埋めて来い」
「――――」

 父はフリッツのことを道具としかみていなかった。
 僕は涙を流しながら、屋敷の裏手にある山に、フリッツの死体を埋めた。茫然自失で帰って来た僕を兄や姉は嘲笑っていた。
 しかも姉は僕が身につけていた、フリッツの手作りのペンダントを引きちぎると、それを暖炉の中へくべてしまった。
 絶望に目の前が真っ暗になる僕の顔を見て、彼らは腹を抱え笑い声を上げる。

 アハハハ、見てよあの顔。
 あいつ血だらけだぜ。本当に自分で死体を埋めてきたよ。


 まるで喜劇でもみたかのような反応に、僕は吐き気を催す。
 僕には信じられなかった。

 あの人たちは人の心が無いのか?
 いくら奴隷だからって、何であんなに簡単に人が殺せるんだ?
 しかもそれを面白おかしく思えるだなんて。
 この人たちは本当に人間なのか?

 僕にとって忌まわしい実家の思い出。
 兄と姉の笑い声はいつまでも、僕の頭の中でけたたましく響き渡っていた。
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