前世魔王だった僕は、前世勇者だった男に求婚されたので逃げ出しました

榎村まこと

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第五章

第66話 勇者の誕生

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 復讐を遂げたら終わりではない。
 むしろここからが魔王としての人生の始まりだった。
 アレムとの約束を果たすため、まずは魔王軍の強化を図ることにした。

 魔族の軍隊をさらに強固なものとする為、魔族の青少年達の教育に力を入れた。
勉学、魔法、武術、剣術……魔法に関しては僕自身が教鞭を執りたくてウズウズしたけれど、そこは我慢した。
 魔王が教師だと皆萎縮するからね。
 それから法律の制定、身分制度の確立、インフラの整備、公共施設の建設……人族との戦の傍ら、やることが山ほどあった。

 僕は魔界を五つの領土に分け、四将軍に治めさせることにした。
 中央は魔王領。
 北はバシュドラーンが治めるエレスタ領。
 南にはメルザが治めるレアーナ領。
 東はオルティスが治めるハインシュ領
 西は吸血一族の長、グレンが治めるヴァイエルン領だったが、百年後その座はシキに取って代わられ、ヒルドス領となった。

 こうして人族と魔族の戦いが二百年以上続いた。
 以前は小さな領土を巡り小競り合いをしていたのが、人族全体と魔族全体の戦いへと発展していったのだ。
 戦いの舞台は人族が住む人界と、魔族が住む魔界の境目であるクレスター山脈上空で行われることが多かった。
 人族はドラゴンを、魔族は飛行型の魔物に騎乗し、上空で戦う。お互いに自分の領土に被害が及ばない場所を望んだ為、自然とその場が戦の地となったのだ。
 二百年の間に大きな戦が何度かあったが、人族か魔族か決着がつくことはなかった。
 僕が魔王になってから百十年目。

【魔王よ、由々しき問題が起きた】

 僕はその日、束の間の休息をとっていた。安楽椅子に腰掛け、ぼうっと魔王城のテラスから眼前に広がる山峯を眺めていた。
 魔界にも紅葉があるみたいで、山は全体的に血のような紅に色づいていた。
 そんな時、アレムが僕の頭に語りかけてきたのだ。
 
「由々しき問題とは何でしょう?」
【勇者が誕生した】

 
 僕の問いかけに、アレムは何とも言えない苦々しい声音で答えた。
 光の女神ミレムは、邪神アレムが僕という魔王をつくった時点で、それと対抗しうる勇者という存在をつくりだしていたらしい。
 名はイベルド。
 勇猛果敢、清廉潔白な人物として人々から称えられている存在だという。
 とはいっても、勇者も最初はただの人間だったそうだ。長い時間をかけて僕に対抗出来るくらいの力をつけて勇者となったのだ。

 光の女神に選ばれた勇者は、魔族以上に長命らしい。
 それは勇者の仲間たちも同様で、彼らは僕を倒す為に着実に力をつけていった。
 アレムの報告を聞いた僕は、勇者たちの芽を摘むべく、北将であるバシュドラーンを討伐隊として送ることにした。

「魔王様、勇者討伐には私も参加させてくださいませ」
「メルザ?」
「……いくら女神に選ばれたとはいえ、まだとるに足らない人間。私が出るまでではないことは分かっているのですが、嫌な予感がするのです」

 二将軍に任せておけば、勇者一行は確実に全滅すると踏んだ僕は、彼女の申し入れを受け入れた。
 この戦いが終わったら、メルザを将軍職から解放してやろうと思っている。彼女とバシュドラーンは想い合っていたから。
 レアーナ領はメルザの実弟に治めさせればいい。彼はメルザほどの戦闘力はないものの、政治力には長けている若者だ。
 バシュドラーンとメルザが心置きなく結婚できたら、幸せになってくれたら……僕はそう願っていた。
 
「感謝します。魔王様」

 そう言って嬉しそうに微笑んだメルザ。
 それが彼女の最後に見る笑顔だとは、この時は思いもしなかった。

◆◇◆

 半月後。
 僕は二人の戦死の報告を聞くことになる。
 バシュドラーンとメルザは二人がかりで勇者一行に立ち向かったらしいが、相手の連係攻撃に翻弄され、想像以上の苦戦を強いられたそうだ。
 それでも勇者一行を瀕死の状態まで追い詰め、バシュドラーンは勇者にとどめを刺そうとした。
 詳しい報告書によると、バシュドラーンは戦いの弾みで勇者の冑が取れ、顔を見た瞬間に斬るのを躊躇ったらしい。それが勇者に隙を与えてしまったのだ。
 バシュドラーンは勇者によって心臓を貫かれ絶命した。

 一体何故だ? 

 北将をとあろうものが、相手の顔を見ただけで隙をみせるなど。
 メルザはバシュドラーンが勇者に討たれた瞬間、自爆の魔法を使い自ら命をたった。
 これにより勇者一行にも犠牲者が出たらしい。
 二百年間、忠実に仕えてくれた配下の死に、僕は悲しみに打ちひしがれた。それでもその気持ちは、配下たちの前では見せるわけにはいかない。
 僕は残る魔将軍、そして隊長格の者たちに召集をかけた。
全勢力をもって勇者たちを潰す。
 あの時の僕は勇者への憎しみに駆られていた。
 全十隊の隊長たちが集結し、あとは東将のオルティスと西将のシキを待つだけ。
 しかし残る二人の将軍も僕の元に来ることはなかった。
 今にして思うと、あの二人はその時、戦っている最中だったのだろう。勇者が魔王城に単独で乗り込んできたという報告を聞いたのはその時だ。
 



「全軍に告ぐ! 勇者の首を僕の前に捧げよ!」







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