聖女の御技を使いましょう

turarin

文字の大きさ
3 / 7

3.聖女の御技を使いましょう

 スチュアートの執務室を出たスカーレットは表情を変えず、リアンと共に帰りの馬車に乗った。そこで初めて泣いた。
 悔しいのか、悲しいのか、情けないのか分からなかった。ただスチュアートが、自分よりメイリンという元平民の聖女候補を信じたことが許せなかった。

 噂なぞ、証拠は影が全部押さえているし、公爵家の力も使えばあっという間に何とでもできる。たとえ聖女候補であっても、公爵令嬢でもある皇太子の婚約者への不敬と、皇太子を謀ったことで断罪だってできるだろう。
 それでは気が済まない。今までスチュアートの隣に立つためにやってきた全てが否定された気持ちになったのだ。つまらない聖女候補1人の為に。スカーレットの心は固まって、スチュアートには何も感じなくなった。

 ふっと『北風と太陽』という物語を思いだした。いつ読んだのか、なぜ知っているのかも記憶に無いが、内容は覚えている。
 旅人のコートを脱がそうと、北風と太陽が競い合う。
 北風は思いっきり強く吹き付けて、コートを飛ばしてしまおうとするのだが、旅人は両手でコートをしっかり押さえて、決して離さない。どうやっても脱がせることは出来なかった。
 太陽は、暖かくぽかぽかと男を照らす。旅人は暖かい日差しに照らされて、
「ああ…もうコートは要らないな…」
 と言って自分からコートを脱ぐのだ。


 ああ…私はずっと北風だった。力ずくで色々なことを変えたり、はね返したり、強くなろうと、負けないようになろうとばかり思ってきた。もう疲れてしまった。これ以上強くなれない。
 これからは暖かな太陽になりたい。それも、したたかな太陽に。 


 聖女候補のメイリンのことを思った。彼女は愚かだがしたたかだ。そこは見習わなくてはならない。
 あの、涙目…嘘泣き…それもとてもうまい。
 下から見上げるのも効果があるらしい。
 よく男性の体に触っている……これはちょっと真似できそうにない……男性は嬉しいのだろうか?


 向かい側に座ったリアンが
「お嬢、大丈夫ですか?」
 と心配そうに言う。ハンカチで、自然にスカーレットの涙を拭う。そして、反対の手でやさしくスカーレットの頭を撫でた。
「悔しいですね。お嬢を信じない殿下が俺は信じられません。」

 止まった涙がまた溢れてきた。普通護衛騎士はそんなことをしないが彼はスカーレットにとっては兄のような特別な存在である。


 リアンは数年前から専属の護衛騎士としてスカーレットに仕えている。黒髪と赤眼で、どちらかと言うと温かみのある可愛い顔立ちなのだが、剣と魔法の腕は抜きん出ている。スカーレットがあまりに狙われるので、父のレジェンド公爵が数年前どこからか連れて来た。スカーレットと顔を合わせるやいなや、跪き、忠誠を捧げてきたのには驚いた。いまや、スカーレットはリアンへ絶対的な信頼を寄せている。リアンのスカーレットへの忠誠と溺愛もまたとどまることを知らない。


「ありがとう、リアン。そうなの。私、もう殿下が信じられないわ。噂のことも、今日のこともお父様には言わないでね。自分で何とかしてみたいの。じゃないと後悔する気がして。」

「お嬢がそう望むなら。でも、公爵様は全部ご存じの気がしますがね。」

「きっと知らないふりをしてくださるわ。」


 翌日、学園に登校したスカーレットを見て、皆驚いた。席に座ったスカーレットの周りに自然とクラスメートが集まる。
 さらさらの金髪は緩く編み込みにしてアップにしており、顔の横やうなじにはおくれ毛が色っぽく落ちている。長くカールした金のまつ毛の下には大きな紫紺の瞳が目立つだけ。白磁の肌に、淡いオレンジピンクのルージュのみ。きついメークは一切無しの、ほぼ素顔。儚なげな令嬢の誕生であった。
「皆さま、おはようございます。」
 スカーレットは優しい声でゆっくりと言い、微笑んだ。柔らかな朝の日差しの中、ふわふわと漂う朧げな妖精のようだ。

 バタバタと倒れる音が聞こえたとか聞こえないとか……勇気ある令息が尋ねる。
「スカーレット嬢、今日は雰囲気がいつもと違いますね。」

「ええ、最近、色々なことがあって、とても疲れてしまって……何だかすごく……。」
 そこで頑張って、涙目にする。疲れたことは本当だし。そして、ぽろっと、ひとつぶ涙を零す。ふふふ…聖女様の御技みわざを使わせていただくわ。

 周囲の全員が息を呑む……ああ、殿下とメイリン嬢のことだ……と思い当たる。殿下もスカーレット様を庇おうともしない、婚約者なのに…


 その様子をスチュアートも見ていた。同じクラスなので当然である。儚げなスカーレットの様子に息を呑み、涙したスカーレットに胸が痛んだ。昨日の自分のせいだと思った。すぐ駆け寄ろうとした。
 が、メイリンが腕を絡めて来て動けない。

「スカーレット」
 声だけは出た。

 顔を上げて、スチュアートの方を見るスカーレット。他のクラスメート達も見た。婚約者の前で腕を絡め、ついでに胸までくっつけられてでれでれして(皆にはそう見えた)いるスチュアートを。

「スカーレット様、また私のこと睨むんですか?こわぁい。」

 以前ならここで無視してやり過ごした。でも今日は違う。聖女様の御技があるもの。
「ごめんなさい。わたくし、長いこと殿下をお慕いしていましたので、つい睨んでしまったのかもしれませんわ……」
 
 スカーレットは泣きながら、やっとのことで言い、すっと席を立つ。
「ごめんなさい………」
 泣きながら教室を飛び出した。



 鍛えた彼女の足は速い。教室を出るやいなや、脱兎の如くトイレに駆け込む。個室の中で、
「上手くできたかしら?あ~ドキドキした。涙が流れて良かったわ……」
 ぶつぶつと呟くスカーレットである。



















感想 3

あなたにおすすめの小説

死ぬまでに叶えたい十の願い

木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」 三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。 離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する—— 二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。

【完結】ロザリンダ嬢の憂鬱~手紙も来ない 婚約者 vs シスコン 熾烈な争い

buchi
恋愛
後ろ盾となる両親の死後、婚約者が冷たい……ロザリンダは婚約者の王太子殿下フィリップの変容に悩んでいた。手紙もプレゼントも来ない上、夜会に出れば、他の令嬢たちに取り囲まれている。弟からはもう、婚約など止めてはどうかと助言され…… 視点が話ごとに変わります。タイトルに誰の視点なのか入っています(入ってない場合もある)。話ごとの文字数が違うのは、場面が変わるから(言い訳)

【本編完結・番外編追記】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。

As-me.com
恋愛
ある日、偶然に「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言する婚約者を見つけてしまいました。 例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃりますが……そんな婚約者様はとんでもない問題児でした。 愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。 ねぇ、婚約者様。私は他の女性を愛するあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄します! あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 番外編追記しました。 スピンオフ作品「幼なじみの年下王太子は取り扱い注意!」は、番外編のその後の話です。大人になったルゥナの話です。こちらもよろしくお願いします! ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』のリメイク版です。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定などを書き直してあります。 *元作品は都合により削除致しました。

第一王女アンナは恋人に捨てられて

岡暁舟
恋愛
第一王女アンナは自分を救ってくれたロビンソンに恋をしたが、ロビンソンの幼馴染であるメリーにロビンソンを奪われてしまった。アンナのその後を描いてみます。「愛しているのは王女でなくて幼馴染」のサイドストーリーです。

魔女の笑顔

豆狸
恋愛
アレハンドロはカルメンの笑顔を思い出せない。自分が歪めて壊してしまったからだ。

すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜

まりー
恋愛
   ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。  でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ 「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。    

黒の聖女、白の聖女に復讐したい

夜桜
恋愛
婚約破棄だ。 その言葉を口にした瞬間、婚約者は死ぬ。 黒の聖女・エイトは伯爵と婚約していた。 だが、伯爵は白の聖女として有名なエイトの妹と関係をもっていた。 だから、言ってはならない“あの言葉”を口にした瞬間、伯爵は罰を受けるのだった。 ※イラストは登場人物の『アインス』です

欲深い聖女のなれの果ては

あねもね
恋愛
ヴィオレーヌ・ランバルト公爵令嬢は婚約者の第二王子のアルバートと愛し合っていた。 その彼が王位第一継承者の座を得るために、探し出された聖女を伴って魔王討伐に出ると言う。 しかし王宮で準備期間中に聖女と惹かれ合い、恋仲になった様子を目撃してしまう。 これまで傍観していたヴィオレーヌは動くことを決意する。 ※2022年3月31日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。