ペテン師

火消茶腕

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ペテン師

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「なあ、兄さん、ちょっと俺の話を聞いてくれないか」
 宿屋の一室で、後ろ手に縛られ男が床に座らされていた。その眼前には屈強な若者が剣を手にし、男を睨んで立っている。
「うるさい、このペテン師が。黙って座っていろ。俺を騙そうとしてもそうはいかないぞ」
 若者は表情を固くしてそう答えたが、全く耳を貸さない様子でもなかった。
「とても大事な話なんだ。あんたにとってもだぜ」
 自分にも大事な話と縛られた男に言われ、若者は眉を上げ反応した。こいつは何を言うつもりなのだろう。

「俺にとってもとはどういう事だ?」
 若者がきくと、問われた男はできるだけ真剣な顔つきを作って言った。
「俺を役人に引き渡したら、あんたも間違いなく殺されちまうぜ」

 その言葉を聞いた若者は、一瞬、意味が飲み込めなかったが、直ぐに呆れた顔になって怒鳴った。
「はっ、やっぱり俺を騙すつもりか。何を言い出すと思ったら、俺を脅かそうって魂胆か」
「とんでもねえ、今言ったことは本当のことだぜ。信じてくれよ」
男は哀れみを乞う様に言ったが、若者は取り合わなかった。
「それはおかしいじゃないか。お前は王を騙したんだから、まあ、死刑になっても分かるが、お前を捕まえた俺が何で殺されなければならん。むしろ、報奨が貰える筈だろう?」
そう言って若者が男の顔を覗き込むと、男はニヤッと笑った。
「まあ、普通に考えればそうなんだけどよ、俺達が王都でやった仕事については事情があってな。実はあれには黒幕がいたのさ」

「黒幕?」
 若者が聞き返した。
「ああ、俺と相棒がうまいことやったとみんな思ってるようだが、お膳立てしたのは別にいるんだ。そいつが全て計画したことで、俺達はただ言われたとおりに演技した役者って訳さ」
「はあ、なるほど。あんな大胆な犯罪を、こんなけちくさそうなやつが、なぜやれたのか不思議に思っていたが、影に頭のいい奴がいたわけか。しかし、それがどうした。それが俺が殺されるかもしれないことと何か関係があるのか?」
 
 そう若者が問いただすと、聞かれた男は少し間を置いて言った。
「その黒幕ってのはお城で高い地位についているんだ」
「何!」
 若者は驚いて一瞬絶句したが、直ぐに男に掴みかかった。
「お前、でたらめ言うんじゃないぞ。言うに事欠いて黒幕がお城の偉い人だあ。嘘も大概にしろ」
 興奮した若者を冷ややかに見つめ、男は言った。
「本当さ。こんなことで冗談は言わねえよ」

「よし、なら誰なんだか名前を言ってみろよ」
 若者は男の胸ぐらをつかみながら問い詰める。
「本当に、名前を言っていいのかい。聞いてしまえば、兄さんも唯じゃ済まないぜ」
 その言葉で男を掴んでいた手の力が抜けたが、気を取り直し若者は再び男の襟首を締め上げて言った。
「貴様、ハッタリもいいかげんにしろよ。そんな脅しに誰が乗るか。本当に城の高官が黒幕だというなら、名前を言えるはずだろう。誰なのかちゃんと言ってみろ」
 首を圧迫されて苦しい息の下、男は白状した。
「大臣だよ。俺たちを王に紹介した」

「なんだと!」若者は男の襟首を離し、しばし考えた。
「大臣が?何故?王に恥をかかせてどうしようというのだ?」
 城の上の位の人々にはそれなりの理由があるのだろうが、若者にはにわかに信じられることではなかった。
「よし、それなら、このことを王に直接進言しよう。大臣にもみ消されないようにな。証人のお前がいるんだ。王も信じてくれよう。俺と共に王都に行って、王の前で証言するんだ。いいな?」
 男に向かってそうたたみかけると、男は首を横に振って叫んだ。
「とんでもねえ、そんなこと出来るか。確実に殺される」

「ふん、やはりな。大臣が黒幕などというのは嘘なのだろう」
 若者は男を睨み、せせら笑って言った。
「いや、嘘じゃねえ。大臣に頼まれてあんな事やったんだ」
 男は強く主張した。
「なら、俺と一緒に王都に行って、王の前で証言できるだろう。大臣が気づく前に王に進言し、お前の罪を軽くするようにも働きかけてやろう」
「いや、いや、駄目だ。駄目だ」男は叫んだ。
「なら、明日王都に使いをやるまでだ。役人が来たらお前を引き渡す」
 
 男は絶望的な顔をして若者を見た。そして、床に目を落とすとつぶやいた。
「何にも分かちゃいねえ、何にも分ちゃいねえんだ」
 若者はそれを聞きとがめ、男に言った。
「何が分かってないって?お前が嘘つきだということが分かってれば十分さ」
 若者のあざけりを無視し、男は若者に向かって訴えた。
「こうなったら、洗いざらい言っちまうが、こんな話し聞きたくなかったなんて後で言っても遅いからな。覚悟して聞きな、兄さん」
 強い調子でそう言った男の顔は真剣そのもので、若者は思わず男の目を見つめた。

「俺達を雇ってあんな事をさせたのは間違いなく大臣だ。だが、大臣は別に王に恥をかかせようと思ってやったわけじゃねえ。むしろ、王のことを思ってやったのさ」
「はあ?意味がわからん」
「まあ、聞け。王は大臣が仕組んだことを知ってるはずだ」
「お前に言うことはさっぱりわからん。なんで王がみすみす騙される」
「それが王の望みだからさ」
「騙されることが王の望み?」
「いや違う。王は人に騙されたと思われたかった訳じゃない」
「それじゃ!」
 若者はある考えに思い当たり、叫んだ。

「そうさ、どうやら王は人に裸を見られたかったようなんだ」
男の言葉に若者はしばしうなり、言葉が出なかった。
「大臣の話では、前からそんな癖があったらしい。いつも無防備に部屋のドアを開け放して着替えていたり、トイレにいたり。何回か小間使いが王の裸を見てしまうことがあったらしい。女王とはそれっぽい夫婦生活があったようなんだが、女王はあまり相手にしたくなかったようで、王は不満が溜まっていたんだとさ。それで、大臣が一計を案じて、俺たちを雇い入れ、あんな芝居をうったってわけだ。結果、大成功。調子にのって街をパレードして子どもに言われるまでは王はさぞや気分が良かったんだろうさ」
 
 若者は男の話を黙って聞いた。
「な、これで俺が捕まって王都に行ったら、兄さんの命も危ないって分かるだろう。何も俺から聞いていないって言ったって、王は万一のことを考え、兄さんを殺しにかかると思うぜ。多分、家族もやられるな。だから、俺を役人には引き渡さずに、見逃してくれよ。旅の途中、兄さんは別に誰も怪しいやつには会わなかった。それでいいだろう」

 言うだけ言うと、男は若者の顔を見つめた。
 若者はややためらったものの、男の後ろに回り、縄を切った。解放された男はニヤニヤ笑うと若者に挨拶をし、直ぐに宿屋を後にした。

 そこからほど近い街道を男が上機嫌で歩いていると先ほどの若者が追いついてきた。驚く男を尻目に、無言のまま、若者は男を剣で突き刺し、男が絶命するとそばの森に死体を隠した。
「俺にはどれが真実か分からんが、王の話を俺が知っているということを知っているのはお前だけだ。悪く思うな」
そう言い残し、若者はそこから去っていった。
 
 その後若者は王の秘密を知ってしまったことで苦しみ、穴に向かって叫んだりするのだが、それはまた別の話。

終わり
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