拾われた娘

火消茶腕

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拾われた娘

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「どうしたの?浮かない顔して。何か心配事かい?」
 寝室のベッドに腰を掛け、憂い顔を見せている新妻に、王子が問いかけた。伴侶となった隣国の王女は、じっと床を見つめていたが、やがて顔を上げ、王子を凝視して言った。

「噂を聞きました」
 そう一言告げ、また瞳を落とす。
「噂?どんな噂を聞いたの?」
 王子は相手が答えやすいように優しく問いただした。それでも王女はすぐには答えない。そして長い沈黙の後に、下を向いたままつぶやくように言った。
「あなたが拾われた娘のことです」
 
 その言葉を聞き、王子の表情は一瞬こわばったが、相手はこちらを向いてなかったために、それは気取られることはなかった。
「ああ、あの娘のことか。それでどんな風に聞いたの?」
 王子が言うと王女は顔を上げ、ひどく不安そうな顔を見せた。
「たいそう可愛がってらっしゃったとか」

「あ~!」王子は納得のいった顔をした後、あふれんばかりの笑みで答えた。「あなたが考えるような関係はなかったんだよ。本当さ」
 しかしその言葉を相手はまるで信じてないようだった。
「では、何故その娘はもうここにはいないのです?」
 
 やや強い口調で王女が質問した。
 確かに、もっともな疑問だ。王子は答えた。
「いや、それについてはよく分からないんだ。あの娘は突然いなくなってしまってね」

「その娘は私たちの婚礼の日の翌日には消えていたそうですね」
 王女が言った。
「ああ、そうだよ」
 王子が答えた。
「婚礼は船で執り行なわれました。そこで突然いなくなったのだとすれば、海に落ちてしまった?」
 王女は考えるように言った。
「それは私も考えた」王子が言った。「あの日は別に、海は時化てはいなかったけど、誤って足を滑らすことは珍しいことではないからね」

「その娘は泳げなかったのですか?」
 王女は尋ねた。
「あの娘が泳いでるところを見たことはないね。泳げたのかは分からない」
 王子は正直に答えた。
「仮に泳げなかったとしても、それでもどこかの浜には流れ着くのではないですか。生死は別にして」
 王女はきつめに言った。
「あなたは何が言いたい?」
 王子は王女を見つめて聞いた。王女は王子の顔を見つめ返して、言った。

「あなたはその娘がじゃまになって、おもりを付けて海に沈めてしまいましたか?」
 すぐに言葉の意味が取れなかった王子は、一瞬、黙ってしまったが、その後、高笑いをした。
「なるほど!そんな噂が立っているわけか。そうか!なるほど!」
 王子はクスクスと笑い続けた。

「笑い事ではありません!」王女の目は真剣だった。「あなたの臣下も、私のお付きの者もそう噂しあっているのです。どうなんです?答えてください!」
 王女の目には涙が浮かんでいた。それを見て、王子は真顔になって答えた。
「断じてそんなことはしてない!」
 
 きっぱりとした物言いだったが、王女はさらに畳み掛けた。
「では、部下にはどうです?部下にそういう命令はしませんでしたか?」
「そんな命令はしていない」
「では、そばに使えるものにそれとなく漏らしませんでしたか?その娘がいなくなればいいのに、と願望を口にしませんでしたか?」
 王女は王子に詰め寄った。
「そんな覚えはない。私はあの娘のことは好きだった。いや、誤解しないでくれ。何と言うか、妹のように可愛がっていたんだよ」
 
 王子の言動に納得したのか、王女はそこで口をつぐんだ。そして、しばらく考えを巡らせると、つぶやいた。
「では、自殺?自ら海に飛び込んだ?遺体が上がらないのはただの偶然?」
 やや落ち着いた王女を見て、王子はその隣に座った。王女はちらっと、王子の横顔を見て目を戻した。

「その娘はあなたに大変なついていたそうですね。恋する女のそれだった、と伺いました」
 王子は否定せず、黙ってうなずいた。
「その娘は身体に障害があったとか。しかもどこの誰かも分からなかったそうですね。そんな立場でありながら、あなたと婚姻できると思っていたのでしょうか?あなたは何か、その娘が誤解を招くような言動をしませんでしたか?」

「ああ、ひょっとしたら誤解を生むことをしてしまったかもしれない」
 王子は苦しげに答えた。
「前も言った通り、あなたと初めて会って、私はすぐにあなたに心を奪われてしまった。でもその時、あなたは修道院にいたではないですか。私ははてっきり、あなたは一生神に仕えるのだと思い込んでしまって、あなたと結ばれることはけっしてないんだと諦めていた。そこへ、結婚しろと両親が強く勧めてきて。それで、どうしても結婚しなければいけないなら、いっそおまえとするよ、とその娘に言ってしまったことがあるんだ」

 王子の告白を聞いて、王女は悲しそうな顔をしたが、すぐにまた言った。
「でもおかしい。結婚を約束した人が他の人と結婚するのがわかったら、嘆き悲しむでしょう。思い余って自ら命を断つかもしれない。けれど、何故、婚礼の夜に? いやがらせ?!
 いえ、ならば皆に見せつけて命を断つはず。ひょっとして、その娘は王子の目の前で海に身を投げました?」
 王子は首を横に振った。
「私は知らない。初めてあなたととも目を覚ました朝には、行方は知れなくなっていた」

「では、あなたは最後の最後まで、その娘に希望をもたせるようなことを言いました?婚礼のその日まで、結婚はしないとその娘をだましましたか?」
「そんなことはしない!!」
 思い余って王子は叫んだ。
 その突然の大声に王女は驚き、恐れをなした。そして王子への不信がありありと顔に浮かんだ。

 そんな王女の様子に王子は決心し、「誰にも言わない約束だったけど、しょうがない。こうなったらあなたにだけは真実を話そう」
 そう言って、王子は自分が拾った娘、かわいそうな人魚姫の話をしだした。
 
 何故、王子が人魚姫のことを知っているかといえば、それは、海に身を投げ、泡と化した妹があまりに不憫だと、人魚姫の姉たちが王子に事の次第を打ち明けたからだった。

 王子は姉たちから聞いた人魚姫の話を王女に語った。
 難破した時に自分を助けてくれたこと。そこで自分のことを好きになってくれたこと。魔女に頼み、魔法で足を生やしたこと。かわりに声を失い、しかも自分が別の人と結婚すると海の泡となってしまうようになったこと。
 そして自分たち二人の結婚の前に、元の人魚に戻れるから、自分を殺せと勧められたこと。それが出来ず、海に飛び込み、泡になってしまったことを。

 すべてを聴き終わったあとでも、王女に浮かぶのはやはり不信の顔だった。
「人魚?そのような生き物が本当におりますの?あなたは人魚の姿を見たのですか?」
 王子は頭を振った。
「人魚の掟では人に姿を見せてはいけないんだそうだ。私はあの娘の姉と名乗った人魚の声を聞いただけだよ」
「ほかにその人魚の物語を一緒に聞いた人はいました?」
 王子はまた頭を振った。
 
 王女はじっと王子を見た。そして、目を伏せると王子に言った。
「当分、寝室は別にしとうございます。少し、考えさせてください」
 そう言い残し、王女は部屋を去った。王子はひとり取り残され、深い溜息をつくのだった。

 こうして、人魚姫が空気の精となって修行を始めた頃、王子たちの仲には深い溝が生まれていた。人魚姫がこうなることを望んでいたのかは分からないが、彼女は王子の人生に確実に足あとを残したのであった。

終わり
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