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一本だたら
しおりを挟む「一本だたらって知ってるか?」
山の中の峠道で、前を行く兄貴が唐突に言った。
「一本だったら?何だそれ?知らね」
俺は興味ないという風に返した。
実際興味はない。さっきからずっと急な山道を登り続けているのだ。呼吸が苦しくてしんどい。俺が今興味があるのは、この苦行がいつ終わるのか?ということだけだ。
「一本だったらじゃなくて”一本だたら”だ。妖怪の名前だよ」
振り向きもせず兄貴が俺の言葉を訂正した。
俺はそれを聞き驚いた。妖怪?兄貴がそんなものを知ってるとは!
兄貴は俺と違って頭も良く、論理的で、理系のにしか関心がないと思っていたんだが。そんな科学的とはほど遠い、妖怪なんていう空想の産物にも興味があったんだ。
「ふ~ん、妖怪ね。それで?」
俺は兄貴の背を追いながら、なぜ妖怪のことを突然話題にしたのか聞いた。
「今日は何日だ?」
兄貴は足も止めず、また唐突に質問した。
「今日?今日は十二月二十日だろ」
俺は答えた。どういうことだ?質問の意図がわからない。
「今年最後の二十日になる,今日この日の十二月二十日は”果ての二十日”って言うんだ」
「果ての二十日!なんかかっこいいな」
俺は素直に感想を口にした。果ての二十日、”は”で頭韻を踏んでいる。
「かっこいいか。おまえらしい」兄貴が笑った。「でも、果ての二十日にまつわる言い伝えはかっこいいものではないんだ。どちらかと言うと不気味な話だ」
さくさくと枯れ葉を踏む足音が続く。俺が黙っていると、また兄貴がしゃべりだした。
「その日に山に入ると一本だたらに会ってしまい、ひどい目に遭わされるらしい」
なるほどそういう話か。
「へ~っ、そんな伝承があるんだ。で、一本だたらってどんなやつなの?」
俺は少し興味が湧き、苦しい息の下、兄貴に聞いた。
「一本だたらは一本足で一つ目の姿をしているそうだ。そしてその目は皿のように大きいとか」
「一本足だから一本だたらか。それでひどい目にあうって具体的に何されるの?食われちゃうとか?」
足元を見つめ、転ばないように慎重に足を進めながら俺は尋ねた。
「それは何も伝わっていないんだ。ただ、ひどい目に遭わされるってだけで」
兄貴がそう言ってから、いきなり立ち止まった。
まだ山の中、目的地には程遠い。どうしたのかと見ると、兄貴がゆっくりと振り向いた。
「でも、どんな目にあうか、今分かったよ。こうなるんだな」
兄貴が自分の右足を前に出した。するとそれは跡形もなく消え、中身の無いズボンの裾だけがぷらぷらとぶら下がった。
「兄貴!」
俺が驚いて叫ぶと、兄貴は微笑んだようだったが、その顔には右目がなく、暗い空洞になっていた。そして残った左目が限界まで見開かれる。
「うわ~っ」
叫ぶと同時に俺は目を覚ました。
夢?
そう思うとまもなく、俺は自分の体に異変が起こっているのを悟った。右目が何かで覆われていて、見えない。触った感触からすると包帯?
起き上がろうとして右足全体に激痛が走った。しかも足は何かで固定され、動かないようにされている。何があった?
辺りを伺うとそこは病院のベッドだった。俺はどうした?ここに来た記憶が無い。
兄貴は?一緒にいた兄貴はどうなった?
そこで俺ははっと気づいた。そう、兄貴は、俺の兄貴は数年前に死んでいる。さっきのはやはり夢だ。俺は兄貴とあんな山道を一緒に歩いた覚えもない。夢だったんだ。
意識を取り戻した俺に、両親が説明してくれた。
十二月二十日、俺は峠道をバイクで走ってて事故り、意識のないままこの病院に運ばれたらしい。残念ながら事故の時の記憶は飛んでいる。
実際、3日ほど眠ったままだったようだ。
「果ての二十日か」
俺のつぶやきに見舞いに来た母親が「なに?」と声を掛けた。
「事故って意識のない間に兄貴の夢を見たよ。その時そんなことを兄貴が言ってたんだ」
俺は説明した。
兄貴のことを言われ、母は「そう」とだけ返した。まだ、進んで話す気にはなれないようだ。
果ての二十日に山に入ると一本だたらにひどい目に遭わされる。多分、ひどい目とは妖怪と同じ姿、片目片足にされてしまうのだろう。
その日、峠道で事故った俺は右目と右足にひどい傷を負った。それでもどちらも失わずに済んだ。兄貴が先に峠道を行き、俺の身代わりとなって一本だたらに片目片足をくれてやったから。俺が無事だったのは全ては兄貴のお陰だ。
俺はそう信じてる。ありがとう、兄貴。片目片足で大変だろうけど、許してくれるよな。
本当に有難う。
俺は峠道に兄貴が今も立っているような気がして仕方がなかった。
終わり
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