鏡よ鏡

火消茶腕

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鏡よ鏡

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「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだあれ?」
 世にも稀な美貌を持った女性が、鏡の前に立ち問いかけました。
 すると不思議なことに、「それはあなたです、王妃様」と、鏡から重々しい男の声が返ってきたのでした。
 
 王妃と呼ばれた女性はそれに驚きもせず、満足気にほほ笑みました。
 すると突然、部屋のカーテンの影から男が現われ、王妃を怒鳴りました。
「こ、これはどういうことだ」
 相手を睨み、咎めだてる顔をしています。
「小間使いの噂で、おまえが魔女の真似事をしていると聞いたが、まさか本当のことだったとは!」
 
 興奮気味の男に対し、王妃は開き直った態度で、
「あら、あなた!隠れて盗み聞きなどなされるとは、恥を知りなさい!」と逆に相手に言いました。
 
 悪事が露見して、しおらしくなると思われた相手が反撃してきたことで、不意を突かれた王は一瞬黙り込みました。しかしすぐに再び怒りを持って、相手に言いました。
「なぜだ?なぜしゃべる鏡がここにある?確かに壊したと部下から報告を受けていたのに。やつは嘘をついたのか?」
 
 王が指す鏡を見て、王妃が答えました。
「ああ、お義母さまが持ってらした鏡のことですか?それでしたら、とっくの昔に壊されてるはずですわ。この鏡はあれとは別物です」

「別?」
 にわかには信じられず、王は王妃の顔をまじまじと見ました。嘘を付いている様子はありません。
「だとしたら、お前がどこからかこの怪しげな鏡を調達してきたのだ?」
 
 王妃一人でこんな鏡を探してこれるはずはない。誰か協力者がいるのだろう。そいつを捕まえ、厳罰に処してやる。
 そんな目論見の王に王妃が答えました。

「この鏡は元からこの部屋に備え付けられていたもの。あなたのおばあさまの代からあると聞き及んでますが」
「うそだ!」王は即座に否定しました。「そんな怪しげな鏡がずっとここにあったなんてことがあるか!」
 
「でも、本当のことです。この鏡は私がここに来る前からありました。もっとも、初めのうちはしゃべりませんでしたけど」
 
 相手の言葉に王は驚きました。
「この鏡は後からしゃべるようになったのか?何故、そんな怪しげなことになった?」

「お聞きになりたいですか?」
 王妃は意地悪くほほ笑みました。その様子に王はまずい物を感じましたが、ここで話をうやむやにはできない。
「ああ、ぜひ聞かせてもらおう」
 余裕のある態度を見せて応じたのでした。

「この鏡に初めて私が問いかけたのは、あなたと結婚式を上げてから三年目のことです」
「結婚して三年目?」
 王は嫌な予感が的中したと思いましたが、それは顔に出さず言いました。

「そうです。結婚して、三年目。あの子がお腹にいたときです。あなたが、あの女にかよっていた頃のことです。私は鏡に問いかけました。自分が誰より美しいのか、と。私はただただ、美貌だけで、あなたの妻に選ばれ、王妃となりました。その美貌が妊娠とともに衰えてしまったのか、そのためにあなたはよその女の所に行ってしまったのか。それが知りたくて問いかけました」

「違うんだ、あの女とはそんなことじゃなくて、その」
「黙って、聞いてください!」
 王の言い訳は王妃にはまったく通じず、王は困惑した表情で王妃を見ることしかできませんでした。
 王妃はそれを見ると話を続けました。

「答えが返って来ることなど、まったく期待していませんでした。けれど、その時、この鏡ははっきりと言ったのです。この世で一番美しいのはあなたです、王妃様、と」

 王妃は恐ろしい告白でもするように、目を爛々と輝かせました。
「私は驚きました。けれど、お義母さまの鏡のことは聞いていたので、その言葉が嘘ではないと信じることができました。それが私の救いだったのです。私は世界一美しい。ならば、そのうち王は戻ってくる。今はよその女にかまけていても、きっと戻ってくる。だから大丈夫。私は、大丈夫。そして、お腹の子も、きっと美しく生まれてくる、と」

 王妃は魔女の素質があったのだろうか?自分に捨てられるという強い不安が、力を目覚めさせ、ただの鏡を魔法の鏡に変えたのだろうか?
 王は、自分の考えは隠したまま、王妃に向かって言いました。

「そうか、分かった。お前が怪しげな鏡をわざわざ探しだして、魔女のようなことをしていると言うのは誤解だったようだ。しかし、だからといって、このままでいい、ということはない。この鏡は壊す。そして、お前はこれから二度と鏡に自分の美貌について尋ねることはしないように。いいね」

 この場をお開きにしようと、王は王妃に命令しました。しかし
「話はまだ続きがありましてよ、あなた」と、王妃は無表情に告げたのでした。

「続き?聞きたくない。この話はこれで終わりだ!」
 王が拒否を示すと、王妃は王に詰め寄り
「いいえ、これはどうしても聞いてもらわないと」と言いました。
 目に狂気が宿っており、王は思わずたじろぎ、後ずさりました。

「聞いてらっしゃた通り、さっき鏡は私が一番美しい、と答えました。けれどその言葉は実は久しぶりのことなのです。その前までは、ある者が一番美しいと告げていました。それが誰だったかあなた分かりますか?」
 王妃は王に触れるほど顔を近づけ聞きました。王はなんとか王妃の真意を読もうと王妃の目を見つめながらなんとか答えました。

「いいや、分からん。お前以上の美貌の持ち主など私は知らない」
「本当に?本当に心当たりはないのですか、あなた?」
「いいや、全く思い当たらんが」 王妃のしつこい問いに、王は一度はそう答えましたが、何か思い当たることがあったのか、はっとした顔をして叫びました。

「まさか!まさか、おまえ!」
「やはり、お心当たりがおありのようで」王妃はほほ笑み、それから王を見つめ、ゆっくりとまるで楽しむようにその言葉を吐きました。
「そう、つい最近まで鏡が世界一の美女として名前をあげていたのは、私とあなたの娘です」

 
 王は強い衝撃を受け、何も言葉が出ませんでした。その様子を見て、王妃は声を上げ笑いました。
「でも、さっき、世界一は私だと鏡が言いました。その意味はお分かりですね?」
「おまえは、おまえは実の娘を!」
 王が王妃を指さし、叫びましたが、声は小さく、指は大きく震えていました。
「その言葉はそっくりあなたにお返しします。あの娘はあなたの実の娘だったのですよ。しかもまだ十二。あなたも相当罪深い者なのでは?」

 王は顔面が蒼白となりました。
「なぜ?」
「なぜ知ってるか、ですか。娘は私に何も言いませんでした。あなたは固く口止めしてたでしょうし、あの娘も私に打ち明ける気は毛頭なかったようです。けれど、鏡はみんな知っていました。あなたたちが結ばれたその日の内に、私に教えてくれました。世界一の美女は娘になったこと、それ故、王の女性に向ける愛情はそちらに移ったことを」

 もはや王は立っているのがやっとでした。ふらふらとした足取りで、彼は何も告げずに王妃の寝室から出て行きました。その姿を一瞥すると、残された王妃は再び鏡の前に立ちました。

「鏡よ鏡、もし知っているなら教えて。私には子供の頃の記憶がところどころ欠けているの。幼い頃私も父と関係を持った?継母と思っていた人は本当は実のお母さんだった?」

 鏡からはすぐに答えがありました。
「王妃、あなたのご想像通りです。歴史は繰り返すもの」
 
 それを聞き、王妃は鏡の前に立ち尽くし、ただ涙を流しました。
しかし、王妃のそんな様子を意に介さず、鏡はしゃべり続けました。
「今こそ、私の正体を明かしましょう。私は醜い魔女が世界一の美女にかけた呪いなのです。世界一の美女に、自分が世界一の美しさであることを教え、そして、そうでなくなったことを伝えるのが、私の仕事です」

 鏡の言葉に王妃は驚いた。そんな、そんなことが!
 「今までに多くの美女を見て来ましたが、あなたのような境遇は珍しくありませんでした。世界一の美貌にはそれに見合った対価が必要なのでしょう。
 ここしばらくはあなたとお付き合いすることになりそうですが、気を落とさず……」

 鏡が最後まで言うのを待たず、王妃は手近の燭台を掴むと鏡に投げつけました。鏡は粉々に割れ、そして破片の一つが王妃の胸を突き刺したのでした。

 王妃は鋭い痛みに悲鳴を上げました。傷口から血が流れ出しています。破片を引き抜こうとしましたが、血で滑ってうまくいきません。誰か呼ぼうとしましたが、それは止めました。

「私は料理も洗濯も掃除も、そしてお裁縫もちゃんとやった」苦しい息の下、王妃がでつぶやきました。
「最初はうまくいかなかったけど、段々できるようになってきて、七人の小人たちはとても褒めてくれた。私はできるんだ。顔だけの人間なんかじゃない。
 そうだ、もう一度、森に行こう。小人たちの所に戻って、もう一度、働いて、はたらいて……」

終わり

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