くつやとこびと

火消茶腕

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くつやとこびと

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「これが最後になるかな」
 自分の仕事場でおじいさんがつぶやきました。
 
 目の前には靴一足分の革。もうそれしかありません。革の仕入先に多額の借金を作ってしまい、もう掛けでは売ってくれないのです。次の靴を作るための革を買うには、現金を用意しなければなりませんが、食うや食わずのおじいさんにそれは無理なことでした。

「思えばずっと靴だけを作ってきたなあ」
 おじいさんは自分の過去を思い出していました。
 十歳で親方のもとに弟子入りし、十年間の奉公。その後独立して、十年はひとりで、後の二十年は弟子とともに、そして最後の十年はまたひとりで靴屋を経営してきました。
 その間おばあさんと結婚し、子どもにこそ恵まれませんでしたが、今も仲良く二人で暮らしています。

「若い頃はそれなりに店も繁盛したんだが、今はこの有り様だ。店を閉めたら何をしようか。自分ももうだいぶ年寄りだが、お迎えがいつくるかは分からない。何かで日々の糧を得る必要があるが」
 そんな思いにとらわれ、普通なら靴一足など直ぐにこしらえるはずが、その日は革を裁断しただけで、日が暮れてしまいました。

「これで最後なんだ。慌てず残りは明日にしよう」
 おじいさんは切った革をそのままにして仕事場を後にしました。


「なんだ、これはどうしたことだ!」
 翌朝仕事場に来てみて、おじいさんは叫びました。作業台にきちんと完成された靴があります。手にとって見ると、その靴は昨日おじいさんが裁断した革で作られたものに間違いありません。しかし、その出来はことばにならないくらい素晴らしく、おじいさんをうならせました。

「う~ん、この縫い、この仕上げ、全盛期の親方以上だ」
 勿論、自分の最高の時の腕も超えているようでした。
「一体どういうことだろう?」

 首をかしげていると、おばあさんがそれを聞きつけやって来ました。
「どうしました?おじいさん」
 おじいさんが説明すると、おばあさんが笑って言いました。
「嫌ですねえ、おじいさん。それはきっと自分で作った靴ですよ。寝ぼけたんでしょう」
 
 確かに、自分では気づかずに、寝ている間に色々なことをしてしまう人がいるのは知っていましたが、まさか自分がそんな風になるとは思ってもみなかったおじいさんは、大変驚きました。しかし、それが一番説明がつきそうです。最後の仕事ということと、無意識に行動したことで、自分自身の最高傑作を作ることができたのかもしれない、と思いました。

「じゃ、さっそくこの靴をお店に出しましょう」
 おばあさんに促され、おじいさんはその靴を店頭に並べました。
 するとすぐに買い手が現れました。昨日までとは嘘のようです。しかし、それも納得ができました。おじいさんからみてもその靴は光り輝く芸術品のように見えたからです。

 靴は普通の倍の値段で売れ、おじいさんはそのお金で今度は二足分の革を仕入れました。そしてある予感もあり、その日も靴二足分の裁断だけをして、仕事を終えました。

 あくる日、朝早く仕事場に来てみると、案の定、二足の靴がありました。昨日と同じような素晴らしい出来の靴です。

「あら、ゆうべも寝ぼけて靴を作ってしまったんですか」
 おばあさんが、朝早くから起きだしたおじいさんを見に来て言いました。

「ちがう、これはわしが作ったもんじゃない!」
 おじいさんは断言しました。
「えっ、どうして分かるんです?」
 おばあさんが尋ねました。
「昨夜寝る時、寝室の入り口に灰を撒いた。朝起きてみて、そこに足跡はなかった。わしが部屋を出なかった証拠だ」
「まあ、じゃあ、誰が一体?」
 おばあさんが首をかしげます。
「今晩、ここを見張ってみる」
 おじいさんが言いました。
「じゃ、私もお伴しますわ」
 おばあさんが言いました。

 そういうわけで、二人は仕事場を見張れる場所を作り、眠らずにそこに一晩中いる決心をしました。出来上がっていた二足の靴は売りに出され、やはり直ぐ買い手が付いたので、今度は四足分の革を裁断して作業台に置くのを忘れはしませんでした。

 夜が来て、みんなが寝静まった頃、おじいさんの作業場にどこからともなく、ぼろをまとった裸足の小人が二人現れました。
「おっ、今日もある」
「今日もあるね」
 二人の小人は切られた革を見て言いました。
「じゃ、今日もやろうか」
「今日もやろう」
 二人はさっそく靴作りに掛かりました。

「おじいさんはとても貧乏。靴が売れなくていつも貧乏」
「売れない靴ばかり作ってとても貧乏。腕はいいのにいつも貧乏」
 そんな歌を歌いながら、靴をどんどん作っていきます。

 物陰からそれを見ていたおじいさんはとても衝撃を受けました。
 小人が実在し、靴を作っていることもそうですが、小人たちが歌う歌がおじいさんにはとても耳が痛いのでした。

 おじいさんは親方の教えを頑なに守り、履きやすく、丈夫で長持ちする靴づくりを旨としていました。履きにくくなったり、壊れやすくなってしまう余計な飾りなど靴には必要ない、おじいさんはいつもそう言って、そういう靴だけを作っていました。
 皆が貧しかった頃、おじいさんの靴は誰もが必要としたものでしたが、すこしずつ人々は豊かになり、より見栄えのいい、繊細なデザインの靴が流行となると、おじいさんの靴は見向きもされなくなったのです。

 おじいさんはそれも時代と思い、ここ数年は半ば靴作りをあきらめていたのでした。

 おじいさんとおばあさんは小人に気付かれぬよう物陰からそっと出て、寝室に帰りました。
 おじいさんはその夜は眠ることができませんでした。

 翌朝、作業台には四足の立派の靴がありました。どれも素晴らしい出来です。おじいさんはそれらをしみじみ眺めると、ある感情が湧いてきました。
 このまま終わっていいのだろうか?この靴を越えるものを、わしがこの手でつくりだせないだろうか?

 朝食が済むと、おばあさんは何やら縫い物に掛かりました。
「なんだい突然、何を作ってる?誰かに頼まれたのかい?」
 おじいさんが聞きました。おばあさんは裁縫の名人です。

「いえね、昨日の小人たち、とてもひどい身なりだったでしょう。靴を作ってもらったお礼をしようと思いましてね」
 そう言って、型紙を切っていました。どうやら小人たちに、服を作ってやるつもりのようです。
「あの子たち、裸足でしたよねえ」
 ちらっとおじいさんの方を見ておばあさんが言いました。おじいさんは咳払いをし、
「うん、そうだな。お礼は忘れてはいけないな。よし、わしが靴をつくろう」
 そう断言しました。

 実は以前、おじいさんは人形の履く靴の注文をされたことがありました。しかし、靴とは実際に履いて歩き、走るためにあるもので、ただの飾りは作るつもりがない、と断ったのです。おじいさんにしてみれば小人のための靴を作るということは新しい挑戦でした。
 
 子供用よりさらに小さな小人用の木型を作り、できるだけ薄い部分の革を選び裁断する。さらに針も糸も小さなものを使って、細かい作業を長時間、集中を切らさずに果たし、見事二足分の靴を作り上げました。このことが、おじいさんになくなりかけていた作る喜びと自信を再び与えました。

 小人のための靴を作るのに忙しかったので、小人が作ってくれた靴を売る暇はなく、革も買いにいけませんでした。そのため、その日は作業台におばあさんの作った服とおじいさん手製の靴だけを置きました。

 
 夜になり、再び小人たちが現れました。
「あれ、今日はない」
「今日はないね」
「あっ、あれなんだ?」
「なんだ?」

 小人たちは服と靴を見つけました。
「服と靴だ!」
「だ!」
 二人は急いで身につけてみます。
「わあ、ぴったりだ」
「ぴったりだ」
「わ~い、服だ!靴だ!」
「服だ!靴だ!」
 そう言いながら二人は何処かへ消えていきました。

 その後、裁断した革を夜中に置いても靴ができていることはありませんでした。小人は現れなくなったのです。
 しかし、おじいさんはもう貧乏ではありません。おじいさんは考えを変え、人が欲しがるような洒落たデザインの、それでいてある程度は丈夫な靴を作るようになりました。お陰で店は繁盛しています。
 おじいさんはいつか小人が作ったもの以上の靴を作るため、靴屋を続けるために、さらに熱心に人々が必要とする靴作りに励むのでした。

 
 さて、話はこれで終わりですが、なぜ突然小人はおじいさんのところに現れたのでしょう。
 
 実は小人の正体はおばあさんの秘密の隠し戸に置いてある二体の人形だったのです。おじいさんを奮起させるため、魔女であるおばあさんがあやつっていたのでした。
 
 おばあさんは若い頃、ひたむきに靴を作るおじいさんを好きになってしまい、魔女であることを隠して夫婦になりました。以来魔法はいっさい使っていません。しかし、おじいさんが靴作りを辞めようとゆう気になったため、本当に久しぶりに力を使ったのです。
 
 おばあさんはおじいさんに嫌われたくないので、死ぬまでこの事は秘密にする予定です。みなさんもけしてこのことは喋らないようお願いします。内緒ですからね。
 
 それでは。


終わり
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