呪われた血筋

火消茶腕

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呪われた血筋

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「どうしたんだい、イートゥー?このごろなんかおかしいけど?」
 ただ黙って座っている恋人に俺は問いかけた。しかし彼女はうつむいたままだった。見ると、悲しげな苦しげな顔をして、両の手は固く握りしめられている。

「イートゥー?」
 重ねて問いかけると、彼女はついに顔を上げた。
「トラジー、私の話、聞いてくれる?」
 ひどく真剣な顔だった。俺はその迫力に押されながらも、同じく真剣な顔をして答えた。
「もちろんだよ、一体何があったんだ、話してくれ」

 しばらく俺の顔を見つめたあと、彼女は語り出した。
「この前の日曜日、お葬式があったの」
「ああ、それでか」
 先週の日曜、急に用事ができた、とはっきりとした訳も言わずに、会うのを断ってきたのだ。彼女の様子がおかしくなったのはそれ以来で、俺はあれこれ良くないことを考えていた。具体的には別の男の存在だが。

「そんなことなら、ちゃんと言ってくれればよかったのに」
 俺はすこし責めるような口調で彼女に言った。しかし、それにはまったく反応せずに彼女は床を見つめている。

「亡くなったのは従姉妹の旦那さんなの。まだ結婚して三年しかたってなかった。子供が一人、二つになる女の子がいて、おなかにももう一人」
 顔を上げぬまま、彼女が言った。

「それは気の毒に。なんと言っていいのかわからないな」
 その従姉妹とはかなり仲が良かったらしい。彼女はひどくショックを受けているように見えた。
「気を落とさずに。君ができることをしてあげればいいよ」
 俺はそう言葉をかけたが、彼女の耳に入っているのか、思いつめた表情のままだった。

「私のお父さんは私が小さい頃に亡くなっていて、今のお父さんとは血がつながってない、って話はしたよね」
 急に顔を上げ、唐突に彼女が切り出した。
 以前から聞いていた話だったので、俺はとりあえずうなずいた。

「実は今話した従姉妹のお母さん、私の伯母さんも夫を若くして亡くしてるの」
「つまり、君のお母さんだけでなく、君の伯母さんのところは二代続いて若くして旦那さんを失なったんだ」
 俺が確認のために聞いた。

「それだけじゃないの!」イートゥーが目を見開いて叫んだ。「私のお祖母さん、お祖母さんの姉妹たち、お母さんのいとこ達やまたいとこ達、私の親戚の女性はみんな若くして夫を亡くしてるの。結婚して五年以内にはみんな死んでしまっている。私たち一族は呪われてるんだわ」

 イートゥーの顔には恐怖が浮かんでいた。そしてすがるように俺を見た。
 俺は反射的にこの場で一番ふさわしいだろうと思える行動をとった。すなわち、鷹揚に笑った。
「なるほど。君にそんな事情があったのか。まあ、分からなくはないけど、気にすることはないさ。ただ偶然が重なっただけだよ」
 
 俺はできるだけ平気だというところを見せたが、彼女には通じないようだった。
「私も今まではそう思っていたわ。従姉妹の旦那さんのお葬式に出るまではそう思っていた。でも、偶然というにはあまりにも同じことが起こっている」
 
 やや間をおき、イートゥーが言った。
「だから、トラジー、あなたとはお別れしようかと思って」
 そう言い出した彼女の顔は既に泣きそうだった。

「何を言うんだ!」
 俺は彼女に詰め寄った。彼女の腕をつかみ、その瞳を見つめて言った。
「そんなくだらない理由で別れるなんて僕は納得できない。イートゥー、僕は真剣なんだ。真剣に君と結婚することを望んでいるんだ」
 
 それを聞いた彼女の瞳から涙がこぼれた。
「トラジー!」
 俺に抱きつき、声を出して泣きだした。
「いいの?本当にいいの?……。私もあなたと別れるなんて、とても出来ない。でも、もしあなたと結婚して、そしてあなたがいくらもしない内に死んでしまったら……。
 私、耐えられそうにない。泣き崩れている、従姉妹の姿を見て、私、怖くて……」

 俺はイートゥーの頭をなで、優しく諭した。
「大丈夫。僕は死なない。絶対に君より先には死んだりしない。だから安心してくれ」
 その言葉に、彼女は俺の胸の中で何度もうなずいたのだった。

 そしてその年に俺たちは結婚した。翌年には子供も生まれ、運命の五年間を何事もなく過ごした。
 そして今では長女は十三歳になった。その間、俺は病気一つせず、毎日普通に働いている。

 そんなある日、取引先で、偶然にも妻イートゥーと同じ町出身の男と知り合った。
 妻のことを相手に言うと、相手は妻を知っていたらしく、もう時効だろうからと、妻が中学生の時、男の兄と付き合っていたことを告白した。
 二人は仲良く交際していたが、男の方の家が都合で遠くに引っ越すことになり、それで疎遠になってしまったらしい。

「それで、お兄さんは今はどうしてるんですか?」
 その男の話を俺は妻から一度も聞いていなかったのだ。
 わざと隠していたのだろうか?そばに住んでいたら、妻は会ってみようと思うだろうか?

 そんな思いをよそに、男が答えた。
「実はもう亡くなっているんです。高校卒業後すぐに車の事故で」
「ああ、それはお気の毒に」
 反射的に俺は答えた。

「このことは多分、イートゥーさんは知らないと思います。お知らせしなかったので」
「そうなんですか。分かりました。妻にはうまく伝えておきます」
 そう答えながら、既に忘れていた、妻の一族の呪われた血のことを、俺は思い出していた。

 現在、義理の父は元気でやっている。義理の父は義理の母の二度目の夫だ。妻の一族の呪いは最初に夫となった男にだけ振りかかるものと思っていた。
 しかし、イートゥーの夫となってすでに十四年たつが、自分はこの通りピンピンしている。呪いは最初の夫となった男に振りかかるとは言い切れない。
 そして今、妻が中学生の頃につきあっていた男が若くして亡くなっていたことを知った。つまり呪いは最初の夫に振りかかるのではなく、最初の……。

 この結論を妻と娘たちに告げるべきか、今も俺は悩んでいる。


「あのー、何が言いたいんでしょうか?」
 若者が困惑顔で俺に聞いた。
「いや、べつに。ただ、ちょっと、自分の昔話を聞いて貰いたくてね。
 年寄りの話に付き合ってくれてありがとう。今後とも娘をよろしくたのむよ」
 娘のはじめてのボーイフレンドと握手しながら、妻と娘の隙をついて彼と一対一で話ができて、俺は大変満足していた。

 このちょっとした嘘は、娘たちにバレ、妻にこっぴどく叱られるまで、一応、五年ほど有効だった。その後、娘たちは誰一人口を利いてくれなくなったが、俺は後悔はしていない。娘を守るためなら、父親はなんでもするものなのだ。

終わり
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