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子豚の冒険
しおりを挟む「と、いう訳だったんだ」
煉瓦の家の中で母親に子豚が説明した。
「へ~、そんなことがねえ。母さん驚いたよ」
そんな言葉とは裏腹に、顔色一つ変えていない。そしてまじまじと子豚を見つめた。
「でもおかしいねえ」
「なにが?」
子豚が聞いた。
「一番目と二番目の兄さん、ブーとフーは狼に食われたって言ったね。ブーは藁の家を作って、それが狼の息で飛ばされてしまって、ペロリ。フーは木で家を作って、それは息では飛ばされなかったけど、狼の体当たりで壊され、やはりペロリ。だったね?」
「うん、そうだよ。それが何か?」
「なぜそれをお前は知ってるんだい?ブーもフーもその場で狼に食われたんだろ。兄さんたちがあった災難をどうやって知ったんだい?」
「そ、それは」
子豚は一瞬、返答に詰まったが、直ぐに返事をした。
「町の人に聞いたんだ。誰かが見ていたらしくて、狼とかわいそうな兄さんたちのことが噂になってたんだよ」
「噂?噂ねえ。ならなぜわたしの耳に入ってこなかったのかねえ。実の息子のことなのに」
子豚は答えることができず黙ってしまった。
それを見ると母親はかまどの方に向かい、中をのぞき込んだ。
「おや、煙突が塞がれているね」
子豚は一瞬、ビクッと体を震わせた後に答えた。
「あの時の狼のように、誰かが入ってこないよう、使わない時は煙突に蓋をすることにしたんだ」
「ああ、そうかい。しかし、このかまどを見て思うんだけど、そんなに狼は間抜けかねえ」
「どういうこと?」
子豚が尋ねた。
「いえね。狼はここに掛けてあった、煮えたぎった湯が入った大鍋に飛び込んだそうだけど、煮えたぎった湯があったということは、このかまどで湯を沸かしたということだろう」
「そうだよ」
「なら、煙突は相当熱くなってたはずだよねえ。そんなことも構わずに飛び込むかねえ」
子豚が黙っていると、外から声がした。
「ハハハハハハッ、お前のお袋さんはなかなか鋭いな」
声と同時に扉が開き、入り口に狼が立っていた。
「ひっ!」
母豚は部屋の奥へ走り、そばの椅子を持って身構えた。
「お、狼!やっぱり、まだ生きていたんだね!」
「当然さ。この俺様がこんな弱虫子豚にやられるわけないだろう」
自分のことを言われた子豚は俯いたまま、その場を動かないでいる。
「ウー?」
母豚が息子に呼びかけた。ウーは母親をチラッと見ると、情けない顔をしてまた下を向いた。
「外で全部聞いていたよ。お前さんの疑問に俺様が答えてやろう。まず、おまえの二人の子供の最期をなんでこいつが知ってるかといえば、俺様が教えてやったからだ」
母豚は絶望した顔で二人を見た。ウーは目を逸らしたままだった。
「アホなこいつはこの場所で、時間がたっぷりかかる煉瓦なんかで家を作っていた。それで完成する前に俺様にとっ捕まったわけさ。そしたらこいつが命乞いして言ったんだ。もっと肉の量の多い豚の居所を教えるから、食べないでくれ、ってな」
母豚の顔が紙のように白い。
「そう、こいつが藁の家のある所に案内してくれた。で、俺様が家を壊して中の豚をいただいてる間にこいつは逃げやがった。まあ、それはしょうがないと思っていたが、もう一度ここに戻ってきてみると、こいつ、また一生懸命煉瓦を積んでいたのさ。ほんと馬鹿だぜ」
狼はげたげたと笑った。ウーは黙ったままだった。
狼はさらに続けた。
「で、またこいつを脅したら、今度は木の枝の家に俺様を引っ張って行った。また、家を壊し、中の豚をいただいて、またここに戻ったら、どうだい。驚いたことに、またこいつは煉瓦積みしてたのさ」
さすがに母豚も驚愕の顔でウーを見た。息子は何を考えているのか?
「でだ。また脅してやった。そしたらこいつ、なんて言ったと思う。『もうすぐ、この家が完成する。完成したら母親を呼び出すから、それまで自分を食うのは待ってくれ』だとよ。おまえの息子はとんでもねえやつだ。ある意味尊敬するぜ」
言い終わると狼は薄ら笑いを浮かべ、母豚に近付いた。
「そういう訳だ。おとなしく食われな」
よだれを垂らし、大きな口を開け、今にも飛びかからん様子だ。
「ウー、ウー」
母豚が叫んだ。
「狼の言ったことは本当なのかい?いや、現に今ここに狼がいるのだから、本当のことなんだろうね。なら、今から心を入れ替え、わたしを助けなさい。勇気を出して、狼に向かって掛かっていきなさい。大丈夫。私も加勢する。2対1だ。勝てるよ。戦うんだよ。出ないとお前も遅かれ早かれ、こいつに食われる。今がチャンスなんだ。さあ」
ウーは狼と母とを交互に見た。狼は余裕の態度で、笑っている。母親は部屋の隅に追い詰められ、必死の形相だ。
「僕、僕……」
ウーは拳を握りしめ、顔を上げ、狼をきっと睨んだ。狼がわずかにウーの方に身構えたが、ウーは踵を返すと、「母さん、ごめん」と言って、家を飛び出した。
「ハハハハハハハハ」
狼は笑い、母親に目を向け言った。母豚は涙を流している。
「おまえの息子はどうしようもない臆病者だ。生まれつきの性格はどうしたって治らないさ。さて、覚悟はいいか」
狼の咆哮と母豚の叫びがこだました。
ウーはそれを家の外で聞いた。
「母さん、ごめん、母さん、ごめん」
そう繰り返しながら、この日のために準備していた、家の出口の扉のカンヌキを掛けた。それはとても頑丈なもので、簡単には壊せそうもなかった。
それからウーは屋根に登り、煙突の蓋に石を載せ、中から開けられないようにした。これで中の者は、誰も外には出られない。
家の中には食料は愚か水一滴置かなかった。狼は何日で参るだろう。今は母さんの血と肉があるが、それでどこまで生き延びれる?
ウーは恐怖と興奮に体を震わせながら、逃げるように煉瓦の家を後にした。
「兄さんたちはいつも僕を馬鹿にした。煉瓦の家づくりを手伝ってくれなかった。母さんは僕がまだ小さいのに、大きい兄さんたちと一緒に家を追い出した。小さな僕がひとりで暮らしていくのは無理だったんだ。狼を退けるなんて、なおさら無理だ。だからしょうがないんだ。この方法以外、僕が生き残る方法はなかったんだ」
ウーは歩きながらつぶやいた。
途中、遠くから狼が扉を叩く音が聞こえたような気がした。彼は心底怯え、町に向かって走りだした。
3日経ち、一週間が過ぎ、あれから半月となった。
ウーは意を決して、自分の煉瓦の家に戻った。近付くと入口の扉のカンヌキは掛かったままだった。家の周りを一周し、屋根に上がり煙突の蓋を検分して、どこからも狼が脱出した跡がないことを確かめた。
恐る恐るカンヌキを外し、扉を開け放つ。中は死臭が充満していた。うす暗がりの中、狼は干からびて床に倒れていた。腐敗が進んでいる。案の定、母親の痕跡はどこにもなかった。
ウーは荒らされた部屋を片付けた。狼の体は耳と足と尻尾を切り、ほかは埋めた。そして何事もなかったように、自分が全てをかけて作った煉瓦の家で生活を始めた。
数日後、狼の耳や尻尾を買わないかと町の数人に持ちかけたため、ウーは一躍、嫌われ者の狼を殺した英雄になった。
狼を退治した方法は本当のことは告げず、母親に話した方を語った。以来、3匹の子豚の一番末弟が知恵を振るって狼を懲らしめる話が広がった。
ウーは最後まで真実は語らず、生涯独り身のまま、煉瓦の家で過ごしたということだった。
終わり
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