寂愛

小谷野 天

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12章

寂しさの川底

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 真っ暗な健一の家に灯りをつけると、突然立ち止まった健一の背中に真生はぶつかった。
「ちょっと、前に進んでよ。」
 真生がそう言うと、
「今日は帰るって言わないのか?」
 健一は振り返らずに言った。
「明日、遠出するって言ってたじゃない。」
 真生はそう言った。
「そんなに楽しみなのか?」
 振り返った健一に、
「うん。」
 真生は笑顔で頷いた。
「そういう顔もするんだ。」
 健一は真生の頬を触った。
「行きたい場所があるの。ここから少し離れてるんだけど、いい?」
 真生はそう言って携帯を出した。
「ここ。」
 真生が指を指した場所は、ここから6時間程かかる場所だった。
「ここに何があるの?」
 健一が聞いた。
「川。」
「川?」
「大きな橋があってね、そこから川を見てみたいの。」
「なんで?」
「なんとなく。」
 真生はそう言うと、床に腰を下ろした。
「海じゃないの。海はもう見飽きたから。川が見たい。」
 真生はそう言った。
「ここなら泊まりになるな。」
 健一はそう言うと、
「大丈夫。私も運転するから。」
 真生が言った。
「せっかくだし、泊まろうよ。」
 健一が言うと、真生は嬉しそうに空いている宿を探した。
「ここは?」
 真生がそう言って携帯を見せると、
「なぁ、最初から素直になればいいだろう。」  
 健一が言った。
「お風呂入ってくる。」
 真生は立ち上がった。
「一緒に入るか?」
 健一がそう言うと、真生は肘で健一を突いた。 

 隆一と一緒にいた時は、なんでも隆一が決めていた。人の多い場所は少し苦手だったけど、隆一はそんな場所をよく選んだ。
 隆一と最後に出掛けた時、通り抜けるだけの橋から見た川の水は、底が見える程に澄んでいた。少しだけ降りて見たいと隆一の横顔を見たら、急ごうか、隆一は先を急いでいた。

 健一が浴室から出てくると、真生は眠っていた。健一は真生の隣りに体を並べると、
「約束が違うぞ。」
 そう言った。真生はそれでも起きる気配がなく、健一は仕方なく目を閉じていた。真生が何度か寝返りを打つたびに、やっと起きたのかと期待したが、結局朝まで真生は起きなかった。

 次の日。
 真生の部屋で何度もあくびをしている健一に、
「大丈夫?」
 真生が言った。
「大丈夫だよ。」
 健一はそう言いながら、ソファに寄りかかり目を閉じていた。
「待ってて、もう少しで終わるから。」
 真生は荷物を鞄に詰める。
「なぁ、昨日の約束覚えてるか?」
「何の事?」
 健一はまたソファに寄りかかり目を閉じた。

 早朝。
「健一さん、眠ってていいよ。」
 真生は運転席に乗り込もうとした。
「俺が運転するよ。」
「だって眠いんでしょう?昨夜楽しみで眠れなかったの?」
 真生が言った。健一は真生の頬を軽くつねると、笑って助手席に乗った。
 車を走らせて4時間が経った頃。
 眠っている健一を起こさずに、真生はコンビニへ寄った。
 冷たいお茶と缶コーヒーを買うと車に戻った。
 健一はずっと眠っている。たくさん話しができると思ったのに、こんなはずじゃなかったと苛立ちを隠せずカーラジオの音量を大きくした。
「ごめん。」
 健一が目を覚ました。カーナビで場所を確かめると、
「けっこう遠くまできたな。」
 そう言った。
「健一さんの歌、掛かってるよ。すごく人気なんだね。」
 真生はそう言うと車を走らせた。
「運転、代わろうか?」
 健一が言った。
「あと少しだもん。」
 真生はそう言ってラジオの音を元に戻した。
「自分の声って好き?」
 真生は健一に聞いた。
「好きか嫌いかって言ったら、嫌いかな。」
 健一は言った。
「初めて見た時、もっと甘い声をしてるのかと思ってた。」
 真生が言った。
「真生は俺の声嫌いか?」
「ううん。唯一無二の声だね。話してる声も歌ってるみたい。」
 真生が答えられなかった空欄の箇所が流れると、
 “もう一度会いたい”
 という言葉が埋められていた。
 少しの間、張り詰めた空気が沈黙を作ると、信号待ちで止まった真生は、健一を見て微笑んだ。
「ごめん。昨日、寝ちゃったね。」
 そう言うとまた車を走らせた。
 
 真っ赤な橋の上に車を停める。
 雪が積もり、そこが川なのか地面なのかわからない真っ白な景色を、真生は黙って見ていた。
「何が見えるの?」
 健一が聞くと、
「何もないよ。ただの雪。」
 真生はそう言った。
「下は凍ってるのか?」
 健一が下を見ると、
「きっと凍ってるんだろうね。流れも止まってるだろうし。」
 真生は健一の横顔を見た。健一は鼻が赤くなった真生に体を寄せると、
「温かくなったら、この雪も川になるんだろうな。」
 そう言った。
「真生。」
「ん?」
 健一は自分を見つめた真生の唇に、瞬き程の速さでキスをした。
 恥ずかしかって俯いた真生の手を肩を抱くと、
「ここからは俺が運転するよ。」
 そう言って真生を助手席に乗せた。

 宿に着いて夕食を済ませた。
 お風呂に行くと言ってなかなか帰ってこない真生を、健一は心配して、ロビーまで見に行くと、そこに置かれたピアノの前で、真生はさっき流れた健一の作った曲を弾いていた。
「湯冷めするぞ。」
 健一がそう言うと、真生はピアノの蓋を閉じて健一の隣りに並んだ。
「悲しい曲だね。私はそういう方が好きだけど。」
 真生が言った。
 健一は何も言わず、真生を見て微笑んだ。
 
 部屋に戻り、2つ並んだ布団の一つに座った真生は、
「ねぇ。」
 健一を呼んだ。真生の隣りにきた健一の髪に触れると、
「すごく似合ってる。」
 そう言った。
「それだけか?」
 健一が言った。
「背中、触って。」
 真生はそう言って健一に背中をむけた。
 健一は真生の背中を抱きしめた。
「たくさん話すから、聞いてね。」  
 真生はそう言って目を閉じた。
 
 背中にあった寂しさが、少しずつ健一の胸に吸い取られていく。薄っぺらな感情しかない持ってなかったくせに、孤独を強さと勘違いして、自分を永遠に包んでくれる力を求めていた。 
 そんな強いものなんていらないよ。温かい手のひらで自分を掴んでくれたなら、寂しい夜も心地良い風になる。

「真生。」
 健一が名前を呼んだ。
「早く言えよ。」
 そう言って腕をきつく回すと、
「もう言い終わったよ。」
 真生は健一を振り返って見つめた。
「初めて見た時、喪服の女の人ってこんなに綺麗なんだなって思ってさ。」
 健一が言った。
「私はね、きっと自分に自信のある人なんだと思った。」
 真生はそう言うと、健一の手を開いた。
「ちょうだい。健一さんの気持ち。」
 健一はその手で真生の頬を包むと、腕の中で自分を見ている真生に深く口づけた。
 健一は真生の体を布団に倒すと、首元に唇を這わせた。
 初めて真生を抱いた夜は、触れるたびに寂しくて湿っていた肌が、今日は少し熱を帯びていた。
「真生。」
「ん?」
 健一は真生の浴衣の帯を解いた。開けた浴衣の間から覗いた体は、温めてくれる手を待っている様だった。
 健一は浴衣を脱ぎ捨てた。
「電気消して。」
 健一は真生に布団を掛けると、立ち上がって電気のスイッチを消した。
 暗くなった部屋の中。
 真生の布団をそっとめくると、自分を求めた真生の手が、暗闇の中を彷徨っている。
「ここにいるよ。」
 健一は真生の上に覆いかぶさると、冷たくなりかけた真生の体をきつく抱きしめた。
「先に寝るなよ。」
「わかってる。」
 健一は真生の寂しさを溶かすように唇を重ねた。

 健一は腕の中にいる真生の髪を撫でていた。
「もういいよ。」
 真生が健一の手を掴んだ。
「起きてたのか?」
「健一さんの心臓の音がうるさくて眠れない。」
 真生はそう言って目を開けた。
「ずっと聞いてろよ。そのうち眠くなるだろうから。」
「先に寝たら怒るでしょう?」
 真生が言った。
「そうだな、1人で起きてると少し寂しいな。」
 健一はそう言って真生の自分の胸に包んだ。

 
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