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7章
忘れた鍵
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18時半。最後の服を畳み終えた蓮見は、龍がお客さんと話している横を通り、そっと店から出ていった。ポケットから地図を取り出すと龍の言われた通り、龍の家まで歩いていった。
途中にあった酒屋で、お店の人が勧めた少し高いウイスキーと、青色のグラスを買った。
龍のアパートに着く頃には20時を過ぎていた。
蓮見は、龍の家のドアの前で、さっきもらった鍵がないことに気が付いた。そういえば、龍がくれたマフラーも店に忘れてきた。
古着屋はとっくに閉店しているはず。龍はバーを開けているだろう。
蓮見は龍に電話をしようと携帯を取り出したが、龍に会いたいと来ている客と笑顔で話している龍の姿が浮かび、携帯を鞄にしまった。
龍が帰って来るまではまだまだ時間がある。
近くにコンビニの灯が見えた。あの場所まで行けば、どうにかなるかもしれない。
冬の風は蓮見の体温を一気に奪っていく。それでも蓮見はゆっくり歩き出した。
あと少し、あと少し待てば、龍に会えるから。
蓮見は空を見ながら小さな星を繋げていた。
ラインが鳴る。
「こんばんは。」
「こんばんは。」
相手は優芽だった。
「蓮見、今日はありがとう。」
「母子手帳ちゃんともらえた?」
「もらったよ。2冊も。」
「2冊なんだ。」
「蓮見の彼にもお礼言ってね。」
「うん。」
「私、双子じゃなかったら、どうしたかわからなかった。」
「優芽、これから忙しくなるね。両手で足りる?」
「足りるよ(笑)」
「ごめんね。優芽。」
「なんで謝るの?」
「優芽の事、ぜんぜん気が付かなかった。」
「看護師みたいな事言わないで。私達、病院から出たら、普通の女子なんだし。」
「彼には言ったの?」
「うん。話した。」
「なんて?」
「とりあえず、会って話す事にした。」
「そっか。」
「向こうにはもう、新しい彼女がいるみたいで。」
「なにそれ。」
「私は一人でも育てて行くから。これから寮を出て、実家で暮らす。」
「優芽の夜勤、私がもらうね。」
「仕方ない、蓮見にあげるよ。だけど、今度こそ師長が看護部長に人を寄こせって交渉するって。」
「師長に言ったの?」
「言ったよ。あの人、すごいね。おめでとうって良かったねって、すごく喜んでくれて。人が足りないとか、ぜんぜん言わないの。」
「なんだかんだ言っても、私達の味方だね。」
「蓮見は何してたの?」
「彼の家の近くにいた。」
「もうそんな仲になったの?」
「そんな仲じゃないけど。」
「私、最初はびっくりした。」
「金髪だから?」
「蓮見が彼を落した事が。」
「落としてないよ。」
「やるじゃん。」
「もう!」
「彼は?」
「まだ仕事。部屋の鍵を忘れてしまって、外で帰りを待ってる。」
「相変わらず、とぼけてるね。今日は寒いから、あんまり遅かったらちゃんと彼に連絡するんだよ。」
「うん。優芽も早く寝て。」
「おやすみ。」
「おやすみ。」
優芽からのラインを閉じると、沙耶からもラインが来ていた。
「こんばんは。」
「こんばんは。」
「何してた?」
「ラインしてた。」
「はぁ?」
「沙耶は?」
「大知の家にいる。牧田くんがずっと愚痴ってる。」
「何を?」
「けっこう、しつこいかも、あいつ。蓮見、はっきり言うんだよ。」
「なんだかよくわかんないけど。」
「ケンが彼なんて、羨ましいよ。」
「沙耶はナオが好きだったね。」
「カカオの曲はみんなナオが作ってたしさ。」
「最初はレイが好きだったでしょう?」
「レイが赤っぽい髪にするまでね。やっぱり、レイは黒髪のほうが似合ってたと思う。」
「そうかも。」
「蓮見、レイに会う時あるの?」
「会っても話せないよ。」
「そうだよね。ただでさえ、男性恐怖症なのに、レイみたいな人が近くにいたら、気絶するだろうね。」
「そんな事ないって。」
「明日は日勤?」
「明日は休み。」
「じゃあ、ゆっくり休んで。おやすみ。」
「おやすみ。」
コンビニから戻り、龍の部屋の前でラインを返信していると、23時を過ぎていた。
まだ龍は帰ってこないだろう。蓮見はかじかんだ手に手袋をすると、冷たくなった鼻の頭を両手で温めた。
北海道の冬の朝に比べたら、東京の風は生ぬるい。
蓮見は龍のアパートのドアの前に座った。冷たいアスファルトが蓮見のお尻から体全体をさらに冷やした。蓮見は体を丸くして、蓮見は龍の帰りを待っていた。
午前0時。
龍は玄関の前で待っている蓮見に気が付くと、急いで蓮見の体を抱きしめた。
「早かったね。1時過ぎるかと思ってた。」
「何でここで待ってんだよ。」
「鍵、店に忘れたみたい。せっかくもらったマフラーも。」
「どうして連絡をくれないんだ。」
「邪魔しちゃいけないと思って。皆、龍さんに会いたいと思って来てるから。」
両手を温めるつもりで買ってきた紅茶はすっかり詰めなくなっている。
「早く中に早く入って。」
龍はストーブの前に蓮見を座らすと、上着を脱がせ、毛布で蓮見の体を包んだ。蓮見の冷たい頬を軽くつねる。
「そんな事に気を使うなって。」
そう言って、蓮見を見つめた。
「鍵を忘れた私が悪いから。あっ、そうだ、これ。」
「少し遅れたけど、バレンタインデー。」
「ありがとう。」
龍は包みを丁寧に開けた。
「キレイなグラスだね。せっかくだけど、今日は飲まないよ。」
「どうして?」
龍は蓮見の頬をつねる仕草をしたが、優しく両手で包むと、何も言わずキスをして床に押し倒した。
蓮見は龍の腕の中で目を閉じる。龍の匂いがする。帰りを待っていた淋しさの分、龍が恋しい。
「蓮見。」
「ん?」
「寒かっただろう。一緒にお風呂入ろうか。おいで。」
「えっ、二人で?」
「そうだ。」
「無理、恥ずかしいよ。」
「わかった。じゃあ、先に行っておいで。待ってるから。」
龍のスウェットを着た蓮見は、ストーブの前に座りテレビを見ていた。お風呂から上がってきた龍に、
「そういえば、手袋が見つかったの。」
そう言った。龍は蓮見の隣りに座り、蓮見の肩を抱いた。
「良かったね、これで2つ揃って。どこにあったの?」
「更衣室。」
「その手袋、よく捨てられなかったね。」
「友達が拾ってくれて。そうだ、優芽が龍さんにお礼を言ってた。」
「体調は大丈夫そう?」
「大丈夫だって。龍さんは、何も聞かないんだね。」
「話したくなった時に、話せばいいよ。なあ、これから、一緒暮らさないか?」
「えっ?」
「寮を出て、ここにおいで。」
「嬉しいけど、私と暮らしたら、龍さんの生活が壊れるよ。」
「壊れたりは、しないよ。」
龍は立ち上がった。スウェットの裾を掴み、龍を見上げた。
「ごめんなさい。」
「どうした?」
龍が蓮見の前にしゃがみ込む。
「やっぱり私じゃダメだ。」
「……。」
「もっと、しっかりしてて、支えてくれる人じゃないと、龍さんは忙しいのに。」
龍は蓮見の顔を覗き込んだ。
「お互い寄り掛かっているうちに、いつか支え合えるだろう。」
龍は蓮見の手を握った。
「龍さんの手、なんで、こんなにあったかいの?」
「昔からなんだ。」
「ずっと、聞こう思ってたんだけど……。」
「何?」
「どうして、手袋をくれたのかなって……。」
「あれは、注文を間違えて送ってきたんだよ。送り返そうと思って、レジの横に置いていたら、蓮見の手が冷たくて。そんな、下心なんかないよ。」
龍は蓮見の頬を触った。
「寒かっただろう、早くベッドに行こう。」
ベッドに入ると、龍は冷たい夜の中、ずっと自分を待っていた蓮見の背中を愛でた。
「龍さん。」
「何?」
「落とした手袋の話しなんてつまらないでしょう。」
「どうして?」
「どうでもいい話しなのに、いつも聞いてくれて嬉しかった。」
「失くした片方と、残った片方がやっと会えて良かったな。」
「そうだね。」
龍は蓮見の髪を撫でる。
「ねえ、誕生日はいつ?」
「12月31日」
「えっ? ケーキ屋さん、みんな閉まってるんじゃない?」
「そう。いつもクリスマスと一緒だった。」
「今年はなんとかするよ。」
「本当に? 」
「本当。」
蓮見は龍にそっと手を返すと
「温かくなったから、もう大丈夫。おやすみ。」
そう言って、龍の胸で目を閉じた。
龍は何も言わず、眠ろうとする蓮見の服を脱がせ、自分も裸になった。
「恥ずかしいよ。」
蓮見の白い体が龍の下に隠れた。
「この方が寒くないだろう?」
龍がそう言って蓮見を抱きしめた。
震えている蓮見の胸にそっと触れる。
「本当はからかってるんでしょう?」
「からかってないよ。」
龍は蓮見をまっすぐに見つめた。
「ケン、その緑と俺の青を取り替えてくれないか?」
「なんでだよ。」
「俺、青って寒い感じがして嫌なんだよ。」
「せっかく、ナオに合せて用意してくれたんだろう。」
「青はケンの方が似合うよ。」
4人は最後のジャケット撮影にスタジオに来ていた。
「あの子には会えたのかよ。」
「今はもう、どこにいるのかわからない。」
「だいたい、そんなにいい女じゃないだろう。いたって普通の子。」
「ケンのタイプではないかもな。」
「非常口の下にいる子って、こっちに気づいてほしいってアピールしてるって聞いた事あるぞ。実はそんな子なんだって。」
「彼女はそうじゃないよ。」
「そういえば、なんとなくナオと似てるかもな。」
「そうか?」
「時々遠くを見るような目とか、似てるよ。」
「小さい所でやってた時、文句言いながらも、楽しかったな。」
「そうだな。」
「悪かったな、ケン。」
「何が?」
「こんな事になって。」
「ナオのせいじゃないし、一番辛いのは、お前だろう。いつ、入院するんだよ。」
「来週。」
「見舞いにいくから、絶対元気になれよ。」
「あの子と、話してみたかったな。」
「麻美ちゃんは看護師だったな。彼女はナオの事が好きだと思うぞ。話したのかよ、入院する事。」
「話してない。」
「なんでだよ。」
「あいつは話さなくても、なんとなくわかってるよ。」
「知ってて、黙ってるのも辛いんだぞ。」
「聞きたくなったら聞けばいいだろう。」
ナオは、緑のTシャツを手に取った。
「なあ、ケン。俺さ、里崎さんから店をもらったんだよ。お前が俺の代わりにやってくれないか?」
「里崎さんって、名古屋のライブハウスのオーナーか?」
「そう。こっちにもいくつかビルを持っていて、バンド辞めるなら、娘さんが花屋をやる予定だった店舗を譲るって言われたんだ。」
「俺は無理だよ。学生に戻るんだから。」
「俺はレイも、ヒサシも、みんながバラバラになるのが心残りなんだよ。もしかしたら、あの子に会えるきっかけになるかもしれないし。」
「気持ちはわかるけどさ……。」
「ケンは、時間を巻き戻すと、未来に行くならどっちがいい?」
「急になんだよ。」
「なぁ、どっちだ?」
「未来だろうな。昔を見たってどうしようもないし。」
「俺はもうそれを選べないんだよ。」
「だったら、そんな嫌な質問するなって。」
龍はナオの目を見ることができなかった。
「店の事は考えておくよ。」
「あの子の目、すごく澄んでるんだよ。遠くからでも、きっとわかるから。もし、あの子に会えたら、絶対に捕まえてほしいんだ。」
龍の体の下には、消えてしまいそうな蓮見がいる。
「やっと会えたわ。」
ケンの耳元でナオの声が聞こえる。
龍は、蓮見が何か言おうとした唇を塞ぐように、長いキスをした。蓮見の体に少しずつ触れたが、ごめんなさい、そう言われる事はなかった。冷たい蓮見の体と温かい龍の体は、初めて重なり合う。
外が少し明るくなり始めた頃、蓮見は龍の肩に毛布を掛けた。ベッドの下に落ちている脱いだスウェットを拾おうと手を伸ばす。龍は蓮見の手を掴んだ。
「いつも、毛布掛けてくれるよね。」
「寒いかと思って。」
龍は蓮見を後ろから抱きしめると、
「ねぇ、もう少し眠ろうよ。」
そう言った。蓮見は龍の方に体を向き直す。龍はとても穏やかな気持ちで、子猫の様に丸くなった蓮見を抱きしめた。蓮見が一瞬目を開け、また閉じる。
「寝てないのか?」
「寝てる。」
「嘘つきだな。」
龍は眠っているふりをした蓮見が起きるように何度もキスをすると、蓮見の髪に触れた。
「眠らないの?」
目を開けた蓮見がそう言う。龍は蓮見の頬を撫でた。
龍の横顔を見た蓮見は、
「ケン……。」
思わずそう呼んだ。
「違うよ。」
龍は少し微笑んだ。
「離したらダメだからな。」
ナオの声が聞こえる。
龍は蓮見にキスをし、蓮見の体を自分に近づけた。
温かくなった蓮見の体が、冷たい龍を包み込む。
途中にあった酒屋で、お店の人が勧めた少し高いウイスキーと、青色のグラスを買った。
龍のアパートに着く頃には20時を過ぎていた。
蓮見は、龍の家のドアの前で、さっきもらった鍵がないことに気が付いた。そういえば、龍がくれたマフラーも店に忘れてきた。
古着屋はとっくに閉店しているはず。龍はバーを開けているだろう。
蓮見は龍に電話をしようと携帯を取り出したが、龍に会いたいと来ている客と笑顔で話している龍の姿が浮かび、携帯を鞄にしまった。
龍が帰って来るまではまだまだ時間がある。
近くにコンビニの灯が見えた。あの場所まで行けば、どうにかなるかもしれない。
冬の風は蓮見の体温を一気に奪っていく。それでも蓮見はゆっくり歩き出した。
あと少し、あと少し待てば、龍に会えるから。
蓮見は空を見ながら小さな星を繋げていた。
ラインが鳴る。
「こんばんは。」
「こんばんは。」
相手は優芽だった。
「蓮見、今日はありがとう。」
「母子手帳ちゃんともらえた?」
「もらったよ。2冊も。」
「2冊なんだ。」
「蓮見の彼にもお礼言ってね。」
「うん。」
「私、双子じゃなかったら、どうしたかわからなかった。」
「優芽、これから忙しくなるね。両手で足りる?」
「足りるよ(笑)」
「ごめんね。優芽。」
「なんで謝るの?」
「優芽の事、ぜんぜん気が付かなかった。」
「看護師みたいな事言わないで。私達、病院から出たら、普通の女子なんだし。」
「彼には言ったの?」
「うん。話した。」
「なんて?」
「とりあえず、会って話す事にした。」
「そっか。」
「向こうにはもう、新しい彼女がいるみたいで。」
「なにそれ。」
「私は一人でも育てて行くから。これから寮を出て、実家で暮らす。」
「優芽の夜勤、私がもらうね。」
「仕方ない、蓮見にあげるよ。だけど、今度こそ師長が看護部長に人を寄こせって交渉するって。」
「師長に言ったの?」
「言ったよ。あの人、すごいね。おめでとうって良かったねって、すごく喜んでくれて。人が足りないとか、ぜんぜん言わないの。」
「なんだかんだ言っても、私達の味方だね。」
「蓮見は何してたの?」
「彼の家の近くにいた。」
「もうそんな仲になったの?」
「そんな仲じゃないけど。」
「私、最初はびっくりした。」
「金髪だから?」
「蓮見が彼を落した事が。」
「落としてないよ。」
「やるじゃん。」
「もう!」
「彼は?」
「まだ仕事。部屋の鍵を忘れてしまって、外で帰りを待ってる。」
「相変わらず、とぼけてるね。今日は寒いから、あんまり遅かったらちゃんと彼に連絡するんだよ。」
「うん。優芽も早く寝て。」
「おやすみ。」
「おやすみ。」
優芽からのラインを閉じると、沙耶からもラインが来ていた。
「こんばんは。」
「こんばんは。」
「何してた?」
「ラインしてた。」
「はぁ?」
「沙耶は?」
「大知の家にいる。牧田くんがずっと愚痴ってる。」
「何を?」
「けっこう、しつこいかも、あいつ。蓮見、はっきり言うんだよ。」
「なんだかよくわかんないけど。」
「ケンが彼なんて、羨ましいよ。」
「沙耶はナオが好きだったね。」
「カカオの曲はみんなナオが作ってたしさ。」
「最初はレイが好きだったでしょう?」
「レイが赤っぽい髪にするまでね。やっぱり、レイは黒髪のほうが似合ってたと思う。」
「そうかも。」
「蓮見、レイに会う時あるの?」
「会っても話せないよ。」
「そうだよね。ただでさえ、男性恐怖症なのに、レイみたいな人が近くにいたら、気絶するだろうね。」
「そんな事ないって。」
「明日は日勤?」
「明日は休み。」
「じゃあ、ゆっくり休んで。おやすみ。」
「おやすみ。」
コンビニから戻り、龍の部屋の前でラインを返信していると、23時を過ぎていた。
まだ龍は帰ってこないだろう。蓮見はかじかんだ手に手袋をすると、冷たくなった鼻の頭を両手で温めた。
北海道の冬の朝に比べたら、東京の風は生ぬるい。
蓮見は龍のアパートのドアの前に座った。冷たいアスファルトが蓮見のお尻から体全体をさらに冷やした。蓮見は体を丸くして、蓮見は龍の帰りを待っていた。
午前0時。
龍は玄関の前で待っている蓮見に気が付くと、急いで蓮見の体を抱きしめた。
「早かったね。1時過ぎるかと思ってた。」
「何でここで待ってんだよ。」
「鍵、店に忘れたみたい。せっかくもらったマフラーも。」
「どうして連絡をくれないんだ。」
「邪魔しちゃいけないと思って。皆、龍さんに会いたいと思って来てるから。」
両手を温めるつもりで買ってきた紅茶はすっかり詰めなくなっている。
「早く中に早く入って。」
龍はストーブの前に蓮見を座らすと、上着を脱がせ、毛布で蓮見の体を包んだ。蓮見の冷たい頬を軽くつねる。
「そんな事に気を使うなって。」
そう言って、蓮見を見つめた。
「鍵を忘れた私が悪いから。あっ、そうだ、これ。」
「少し遅れたけど、バレンタインデー。」
「ありがとう。」
龍は包みを丁寧に開けた。
「キレイなグラスだね。せっかくだけど、今日は飲まないよ。」
「どうして?」
龍は蓮見の頬をつねる仕草をしたが、優しく両手で包むと、何も言わずキスをして床に押し倒した。
蓮見は龍の腕の中で目を閉じる。龍の匂いがする。帰りを待っていた淋しさの分、龍が恋しい。
「蓮見。」
「ん?」
「寒かっただろう。一緒にお風呂入ろうか。おいで。」
「えっ、二人で?」
「そうだ。」
「無理、恥ずかしいよ。」
「わかった。じゃあ、先に行っておいで。待ってるから。」
龍のスウェットを着た蓮見は、ストーブの前に座りテレビを見ていた。お風呂から上がってきた龍に、
「そういえば、手袋が見つかったの。」
そう言った。龍は蓮見の隣りに座り、蓮見の肩を抱いた。
「良かったね、これで2つ揃って。どこにあったの?」
「更衣室。」
「その手袋、よく捨てられなかったね。」
「友達が拾ってくれて。そうだ、優芽が龍さんにお礼を言ってた。」
「体調は大丈夫そう?」
「大丈夫だって。龍さんは、何も聞かないんだね。」
「話したくなった時に、話せばいいよ。なあ、これから、一緒暮らさないか?」
「えっ?」
「寮を出て、ここにおいで。」
「嬉しいけど、私と暮らしたら、龍さんの生活が壊れるよ。」
「壊れたりは、しないよ。」
龍は立ち上がった。スウェットの裾を掴み、龍を見上げた。
「ごめんなさい。」
「どうした?」
龍が蓮見の前にしゃがみ込む。
「やっぱり私じゃダメだ。」
「……。」
「もっと、しっかりしてて、支えてくれる人じゃないと、龍さんは忙しいのに。」
龍は蓮見の顔を覗き込んだ。
「お互い寄り掛かっているうちに、いつか支え合えるだろう。」
龍は蓮見の手を握った。
「龍さんの手、なんで、こんなにあったかいの?」
「昔からなんだ。」
「ずっと、聞こう思ってたんだけど……。」
「何?」
「どうして、手袋をくれたのかなって……。」
「あれは、注文を間違えて送ってきたんだよ。送り返そうと思って、レジの横に置いていたら、蓮見の手が冷たくて。そんな、下心なんかないよ。」
龍は蓮見の頬を触った。
「寒かっただろう、早くベッドに行こう。」
ベッドに入ると、龍は冷たい夜の中、ずっと自分を待っていた蓮見の背中を愛でた。
「龍さん。」
「何?」
「落とした手袋の話しなんてつまらないでしょう。」
「どうして?」
「どうでもいい話しなのに、いつも聞いてくれて嬉しかった。」
「失くした片方と、残った片方がやっと会えて良かったな。」
「そうだね。」
龍は蓮見の髪を撫でる。
「ねえ、誕生日はいつ?」
「12月31日」
「えっ? ケーキ屋さん、みんな閉まってるんじゃない?」
「そう。いつもクリスマスと一緒だった。」
「今年はなんとかするよ。」
「本当に? 」
「本当。」
蓮見は龍にそっと手を返すと
「温かくなったから、もう大丈夫。おやすみ。」
そう言って、龍の胸で目を閉じた。
龍は何も言わず、眠ろうとする蓮見の服を脱がせ、自分も裸になった。
「恥ずかしいよ。」
蓮見の白い体が龍の下に隠れた。
「この方が寒くないだろう?」
龍がそう言って蓮見を抱きしめた。
震えている蓮見の胸にそっと触れる。
「本当はからかってるんでしょう?」
「からかってないよ。」
龍は蓮見をまっすぐに見つめた。
「ケン、その緑と俺の青を取り替えてくれないか?」
「なんでだよ。」
「俺、青って寒い感じがして嫌なんだよ。」
「せっかく、ナオに合せて用意してくれたんだろう。」
「青はケンの方が似合うよ。」
4人は最後のジャケット撮影にスタジオに来ていた。
「あの子には会えたのかよ。」
「今はもう、どこにいるのかわからない。」
「だいたい、そんなにいい女じゃないだろう。いたって普通の子。」
「ケンのタイプではないかもな。」
「非常口の下にいる子って、こっちに気づいてほしいってアピールしてるって聞いた事あるぞ。実はそんな子なんだって。」
「彼女はそうじゃないよ。」
「そういえば、なんとなくナオと似てるかもな。」
「そうか?」
「時々遠くを見るような目とか、似てるよ。」
「小さい所でやってた時、文句言いながらも、楽しかったな。」
「そうだな。」
「悪かったな、ケン。」
「何が?」
「こんな事になって。」
「ナオのせいじゃないし、一番辛いのは、お前だろう。いつ、入院するんだよ。」
「来週。」
「見舞いにいくから、絶対元気になれよ。」
「あの子と、話してみたかったな。」
「麻美ちゃんは看護師だったな。彼女はナオの事が好きだと思うぞ。話したのかよ、入院する事。」
「話してない。」
「なんでだよ。」
「あいつは話さなくても、なんとなくわかってるよ。」
「知ってて、黙ってるのも辛いんだぞ。」
「聞きたくなったら聞けばいいだろう。」
ナオは、緑のTシャツを手に取った。
「なあ、ケン。俺さ、里崎さんから店をもらったんだよ。お前が俺の代わりにやってくれないか?」
「里崎さんって、名古屋のライブハウスのオーナーか?」
「そう。こっちにもいくつかビルを持っていて、バンド辞めるなら、娘さんが花屋をやる予定だった店舗を譲るって言われたんだ。」
「俺は無理だよ。学生に戻るんだから。」
「俺はレイも、ヒサシも、みんながバラバラになるのが心残りなんだよ。もしかしたら、あの子に会えるきっかけになるかもしれないし。」
「気持ちはわかるけどさ……。」
「ケンは、時間を巻き戻すと、未来に行くならどっちがいい?」
「急になんだよ。」
「なぁ、どっちだ?」
「未来だろうな。昔を見たってどうしようもないし。」
「俺はもうそれを選べないんだよ。」
「だったら、そんな嫌な質問するなって。」
龍はナオの目を見ることができなかった。
「店の事は考えておくよ。」
「あの子の目、すごく澄んでるんだよ。遠くからでも、きっとわかるから。もし、あの子に会えたら、絶対に捕まえてほしいんだ。」
龍の体の下には、消えてしまいそうな蓮見がいる。
「やっと会えたわ。」
ケンの耳元でナオの声が聞こえる。
龍は、蓮見が何か言おうとした唇を塞ぐように、長いキスをした。蓮見の体に少しずつ触れたが、ごめんなさい、そう言われる事はなかった。冷たい蓮見の体と温かい龍の体は、初めて重なり合う。
外が少し明るくなり始めた頃、蓮見は龍の肩に毛布を掛けた。ベッドの下に落ちている脱いだスウェットを拾おうと手を伸ばす。龍は蓮見の手を掴んだ。
「いつも、毛布掛けてくれるよね。」
「寒いかと思って。」
龍は蓮見を後ろから抱きしめると、
「ねぇ、もう少し眠ろうよ。」
そう言った。蓮見は龍の方に体を向き直す。龍はとても穏やかな気持ちで、子猫の様に丸くなった蓮見を抱きしめた。蓮見が一瞬目を開け、また閉じる。
「寝てないのか?」
「寝てる。」
「嘘つきだな。」
龍は眠っているふりをした蓮見が起きるように何度もキスをすると、蓮見の髪に触れた。
「眠らないの?」
目を開けた蓮見がそう言う。龍は蓮見の頬を撫でた。
龍の横顔を見た蓮見は、
「ケン……。」
思わずそう呼んだ。
「違うよ。」
龍は少し微笑んだ。
「離したらダメだからな。」
ナオの声が聞こえる。
龍は蓮見にキスをし、蓮見の体を自分に近づけた。
温かくなった蓮見の体が、冷たい龍を包み込む。
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