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16章
ほどけた約束
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まだ硬い蕾の桜の木を眺めると、永遠にこの中途半端な冬の終わりが続くのかと思えてくる。重いコートはいつ手放しすべきか、軽い靴に履き替えるのはいつにすればいいか、毎年の同じ事を繰り返しているのに、また同じ様に明日から明日からと、ダラダラとした毎日を過ごしている。
凪が大学を卒業すると同時に、両親は離婚した。あれだけ離婚を拒んでいた母は、何かに吹っ切れた様に仕事に打ち込んでいる。
世の中は男女平等と言うけれど、女性が出世するためには、何かを犠牲にするしかないというのは、昔から変わらない。1人の女性が家庭や子育てに費やしている時間の裏で、言葉を飲んで仕事を抱えている女性がいた事を、母は自分が出世して初めて知ったと話していた。
「時間なんて、人それぞれ平等ではないのよ。」
母はここの所、毎日残業をしている様だ。
自分は澤村との時間を失いたくないために、澤村のいるこの町で、暮らす事を決めた。
いつの間にか自分の中で溶け込んだ澤村の存在は、永遠ではないと知りつつも、その先の事は曇り空の花火を見るように、はっきりとした音だけを感じ取っている。
どんな事で2人の紐がほどけてしまおうと、結んだ約束は、今はまだほどける事なんてないと信じたい。
「凪、この皿はもういらないんだろう?」
澤村は引っ越しの段ボールに詰める凪の荷物を荷作っていた。
「捨てないで。その大きさの皿はちょうどいいから。」
スカスカの段ボールが積み重なる度に、澤村は凪に文句をつけた。
「澤村さん、やっぱり、一緒に住むなんてやめようか。」
イライラしながら、澤村に言葉を投げる度に、澤村は結び目を直すように凪の気持ちを受け止める。
「1人で暮らすなんて、効率が悪いよ。」
「澤村さんはそんな理由で、私と暮らそうと思ったの?」
「もちろん一緒にいたいからに決まってるだろう。」
「じゃあ、どうして効率がどうのなんていうのよ。」
「凪、自分が持っている時間は、それぞれ違うんだ。同じ価値観を持った人間同士が隣りにいたら、特別なものに思えてくる。」
澤村は凪の背中を抱きしめた。
「効率がいいなんて、少し嫌な言い方をしてごめん。凪は何でも捨ててしまうようで、けっこう捨てられないものが多いんだね。持っていくからには、ちゃんと大切にしてやらないと、忘れられてしまうのは一番悲しいから。」
「そうだね。」
凪は閉じた段ボールを開け、中の物を詰め直した。
「ちゃんと中身がわかるように書いておくんだよ。」
澤村から渡された鍵。
履きなれないパンプスの踵が、アパートの玄関のアスファルトをコツコツと音をならす。
気疲れした職場から1人で家に帰ると、少しの緊張と大きな安らぎを覚える。
「ただいま。」
澤村が帰ってきた。
「お帰りなさい。」
冷たい空気と共に澤村が凪の近くにきた。
「明日は雨になるらしい。」
「そっか。じゃあ桜はほとんど散ってしまうね。」
「散る前に、2人でこれから見に行こうか。」
「これから?」
「いつものスーパーに行く途中の公園に咲いてるだろう。」
「わかった。ちょうど飲み物もなくなっていたし、スーパーにも行きたいと思っていたところ。」
夜の窓から見える桜の色は、昼に見た花よりも少し濃い桃色に思える。
散るとわかっていても毎年花をつける桜の木は、隠れている地面の遠くまで根を伸ばしているのだろう。
「そう言えば、大学の庭のたんぽぽって咲いたのかな?」
「ああ、あの厄介な花も、今となっては忘れられないな存在だね。」
目を合わせた澤村は、凪に穏やかな微笑みをくれた。
終
凪が大学を卒業すると同時に、両親は離婚した。あれだけ離婚を拒んでいた母は、何かに吹っ切れた様に仕事に打ち込んでいる。
世の中は男女平等と言うけれど、女性が出世するためには、何かを犠牲にするしかないというのは、昔から変わらない。1人の女性が家庭や子育てに費やしている時間の裏で、言葉を飲んで仕事を抱えている女性がいた事を、母は自分が出世して初めて知ったと話していた。
「時間なんて、人それぞれ平等ではないのよ。」
母はここの所、毎日残業をしている様だ。
自分は澤村との時間を失いたくないために、澤村のいるこの町で、暮らす事を決めた。
いつの間にか自分の中で溶け込んだ澤村の存在は、永遠ではないと知りつつも、その先の事は曇り空の花火を見るように、はっきりとした音だけを感じ取っている。
どんな事で2人の紐がほどけてしまおうと、結んだ約束は、今はまだほどける事なんてないと信じたい。
「凪、この皿はもういらないんだろう?」
澤村は引っ越しの段ボールに詰める凪の荷物を荷作っていた。
「捨てないで。その大きさの皿はちょうどいいから。」
スカスカの段ボールが積み重なる度に、澤村は凪に文句をつけた。
「澤村さん、やっぱり、一緒に住むなんてやめようか。」
イライラしながら、澤村に言葉を投げる度に、澤村は結び目を直すように凪の気持ちを受け止める。
「1人で暮らすなんて、効率が悪いよ。」
「澤村さんはそんな理由で、私と暮らそうと思ったの?」
「もちろん一緒にいたいからに決まってるだろう。」
「じゃあ、どうして効率がどうのなんていうのよ。」
「凪、自分が持っている時間は、それぞれ違うんだ。同じ価値観を持った人間同士が隣りにいたら、特別なものに思えてくる。」
澤村は凪の背中を抱きしめた。
「効率がいいなんて、少し嫌な言い方をしてごめん。凪は何でも捨ててしまうようで、けっこう捨てられないものが多いんだね。持っていくからには、ちゃんと大切にしてやらないと、忘れられてしまうのは一番悲しいから。」
「そうだね。」
凪は閉じた段ボールを開け、中の物を詰め直した。
「ちゃんと中身がわかるように書いておくんだよ。」
澤村から渡された鍵。
履きなれないパンプスの踵が、アパートの玄関のアスファルトをコツコツと音をならす。
気疲れした職場から1人で家に帰ると、少しの緊張と大きな安らぎを覚える。
「ただいま。」
澤村が帰ってきた。
「お帰りなさい。」
冷たい空気と共に澤村が凪の近くにきた。
「明日は雨になるらしい。」
「そっか。じゃあ桜はほとんど散ってしまうね。」
「散る前に、2人でこれから見に行こうか。」
「これから?」
「いつものスーパーに行く途中の公園に咲いてるだろう。」
「わかった。ちょうど飲み物もなくなっていたし、スーパーにも行きたいと思っていたところ。」
夜の窓から見える桜の色は、昼に見た花よりも少し濃い桃色に思える。
散るとわかっていても毎年花をつける桜の木は、隠れている地面の遠くまで根を伸ばしているのだろう。
「そう言えば、大学の庭のたんぽぽって咲いたのかな?」
「ああ、あの厄介な花も、今となっては忘れられないな存在だね。」
目を合わせた澤村は、凪に穏やかな微笑みをくれた。
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