誘拐記念日

木継 槐

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序章

いつもの朝

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ジリリリ……
足元に置いた目覚ましが起きる時間を知らせる。
「……ん……。」
アラームをオフに切りかえて布団を出ると、カーテンの隙間から陽の光が漏れて、連日降り続いていた雨が上がったのがわかった。

皆様、はじめまして。支度をしながら失礼します。
僕は田中宗太と申します。
瀬取第一高校の2年に進級して2ヶ月が経ちました。
朝はしばらく前から早くなり、僕は朝食のバターロールを2つ袋から取って、総合病院に急ぐ。

4階のナースステーションに近い部屋を開けると、母さんが朝食を食べていた。
「おはよう。」
「あら、いつもごめんね。」
「大丈夫だよ。」
「困り事とかない?」
母さんは毎日僕の顔を見る度にそう尋ねては切ない顔をする。……母さんがそんな顔することない……とも言えない。
「ん……着替え持ってきただけだからもう行くよ。」
「行ってらっしゃい。」
足早に部屋を出て扉を後ろ手で閉めると、ため息が漏れる。

母さんの病気が見つかったのは2ヶ月ほど前だった。
汗を沢山かくようになって、お腹が痛いと寝込むことが続いて僕が病院に行くように懇願した。

かかりつけの小さな病院に行くと、母さんの診察をした医師が紹介状を書いた。
医師のいつもの穏やかな顔が険しく変わり、語気を荒げて母さんに話す姿に尋常ではないことはわかったけど、内容は頭に入ってこなかった。

総合病院に着いて、改めて聞かされたのは……悪性腫瘍……という確信だった。その日のうちに入院が決まって、僕は看護師に渡されたパンフレットと母さんから渡された家の中の諸々が書かれたメモを辿って、必死に準備に励んだ。

夜家に帰ると、電気のついてない玄関、閑散とした家の中、……隙間風すら吹いた気がした。

その日から僕の日々は少し忙しなくなった。
……でも辛くはない…今までよりずっと辛くない。

僕は1人きりになった家で必死にそう言い聞かせている。
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