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朝霧が修道院の庭を満たしていた。
カルロは厩舎で馬に鞍を置いていた。
いつもより早い刻。
理由はない――
ただ、胸が騒いでいた。
そのとき、
鉄の音が霧を裂いた。
規律正しい足取り。
迷いのない歩幅。
振り返ると、
灰色の外套をまとった騎士が立っていた。
胸元には、彼が生まれ育った領地の紋章。
カルロの顔から、血の気が引く。
「……来たのか」
騎士は跪かない。
友でも、部下でもない。
使者だった。
「お呼びです、カルロ様」
名を呼ばれた瞬間、
彼は理解した。
ここは、終わった。
⸻
命令
「戻っていただきます。
猶予はありません」
「理由は」
「理由は、
あなたが“その立場にある”からです」
それ以上は、語られなかった。
語る必要がないからだ。
カルロは拳を握り、
すぐに力を抜く。
抗えば、
誰かが代わりに血を流す。
それが、
彼に与えられた役割だった。
⸻
伝えられなかった言葉
中庭へ向かう途中、
彼はエカテリーナの姿を探す。
いない。
修道院の回廊。
祈りの間。
鐘楼の影。
どこにも。
代わりに、
石の縁に、小さな銀の鈴が置かれていた。
あの日、
彼が渡したもの。
カルロは、それを手に取る。
鳴らさない。
鳴らしてしまえば、
何かが壊れる気がした。
⸻
彼女の側でも
同じ刻、
エカテリーナもまた、呼び戻されていた。
修道院の門前。
待っていたのは、
彼女の家に仕える老女と、二人の護衛。
「お戻りくださいませ」
理由は告げられない。
告げる必要がない。
エカテリーナは、
一度だけ修道院を振り返る。
カルロの姿はない。
胸の奥で、
何かが静かに崩れた。
彼女は、問いを飲み込む。
――聞けば、
戻れなくなる。
⸻
それぞれの役割へ
カルロは馬に乗る。
騎士が言う。
「あなたには、
果たすべき責任があります」
「……わかっている」
その声は、
もう青年のものではなかった。
エカテリーナもまた、
馬車に乗り込む。
老女が、そっと言う。
「あなたは、
守るべきものをお持ちです」
彼女は頷く。
守るために、
失うのだと知りながら。
⸻
鐘
修道院の鐘が鳴る。
それは別れの合図ではない。
役割へ戻れという、
世界からの命令だった。
二人は、同じ音を聞きながら、
逆方向へ進む。
まだ、
互いの名を呼び合える距離にいながら。
――こうして、
恋は終わらなかった。
ただ、
封じられた。
カルロは厩舎で馬に鞍を置いていた。
いつもより早い刻。
理由はない――
ただ、胸が騒いでいた。
そのとき、
鉄の音が霧を裂いた。
規律正しい足取り。
迷いのない歩幅。
振り返ると、
灰色の外套をまとった騎士が立っていた。
胸元には、彼が生まれ育った領地の紋章。
カルロの顔から、血の気が引く。
「……来たのか」
騎士は跪かない。
友でも、部下でもない。
使者だった。
「お呼びです、カルロ様」
名を呼ばれた瞬間、
彼は理解した。
ここは、終わった。
⸻
命令
「戻っていただきます。
猶予はありません」
「理由は」
「理由は、
あなたが“その立場にある”からです」
それ以上は、語られなかった。
語る必要がないからだ。
カルロは拳を握り、
すぐに力を抜く。
抗えば、
誰かが代わりに血を流す。
それが、
彼に与えられた役割だった。
⸻
伝えられなかった言葉
中庭へ向かう途中、
彼はエカテリーナの姿を探す。
いない。
修道院の回廊。
祈りの間。
鐘楼の影。
どこにも。
代わりに、
石の縁に、小さな銀の鈴が置かれていた。
あの日、
彼が渡したもの。
カルロは、それを手に取る。
鳴らさない。
鳴らしてしまえば、
何かが壊れる気がした。
⸻
彼女の側でも
同じ刻、
エカテリーナもまた、呼び戻されていた。
修道院の門前。
待っていたのは、
彼女の家に仕える老女と、二人の護衛。
「お戻りくださいませ」
理由は告げられない。
告げる必要がない。
エカテリーナは、
一度だけ修道院を振り返る。
カルロの姿はない。
胸の奥で、
何かが静かに崩れた。
彼女は、問いを飲み込む。
――聞けば、
戻れなくなる。
⸻
それぞれの役割へ
カルロは馬に乗る。
騎士が言う。
「あなたには、
果たすべき責任があります」
「……わかっている」
その声は、
もう青年のものではなかった。
エカテリーナもまた、
馬車に乗り込む。
老女が、そっと言う。
「あなたは、
守るべきものをお持ちです」
彼女は頷く。
守るために、
失うのだと知りながら。
⸻
鐘
修道院の鐘が鳴る。
それは別れの合図ではない。
役割へ戻れという、
世界からの命令だった。
二人は、同じ音を聞きながら、
逆方向へ進む。
まだ、
互いの名を呼び合える距離にいながら。
――こうして、
恋は終わらなかった。
ただ、
封じられた。
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