オストメニア大戦

居眠り

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第14話 解放奴隷と変人貴族

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 〈野外店舗街〉
アンカーはアルリエの言いつけ通り、軽食を5人分屋台で買い込んだのだが、いつの間にかイグロレとリーエルが立っており荷物の半分以上をリーエルが持ってくれた。

「お前達まで付いてくる必要はないんだぞ。アルリエ達とお茶しといても良かったのに」

「いやいや、司令。冗談きついですよ。あの参謀長と一緒に待機してたら何されるか分かったもんじゃないのでね」

「同じく…。それに閣下だけに荷物を持たせるわけにはいきませんから」

「おいおいリーエル。今は実質非番だ。荷物持ちとかそんなことは考えなくていい」

「おっ、じゃあファーストネームで呼んで良いのか?」

「別に問題ないぞ、イグロレ」

親友との堅苦しい会話は御免だとばかりにアンカーとイグロレは顔を見合わせて笑い合った。

「そういえばお2人は海軍士官学校の同期でしたね」

「あぁ。俺が首席でイグロレの席次は5番目だ。ちなみにナラ…第3艦隊のミロル司令も同期で次席だった」

「なんで俺だけ大尉止まりなんだよアンカー」

頬を膨らませて抗議してくるイグロレを、アンカーは軽くあしらった。

「知らんな。強いて言うなら下級貴族だからだろ」

「それが答えになってるんだよなぁ」

「その点、俺は大尉より恵まれています。当時19歳の奴隷だった俺を閣下が学費まで出してくれて海軍士官学校に通わせてもらいました。それに閣下の口利きのおかげで元奴隷初の尉官になれました」

リーエルは去年第2艦隊に入ってきたばかりの新米航海参謀の中尉なのだがルンテ人ではなくカーリス半島生まれの奴隷であった。


南暦1933年6月5日。
3年前、第4艦隊幕僚で大佐だったアンカーはカーリス半島哨戒任務に当たっていた。
その哨戒任務の間に1週間だけ設けられた休暇の際、陸で労働させられていたリーエルを見つけたのだ。
最初は「でかいなぁ」としか思っていなかったがこちらに気づいた彼の目に何かを感じた。
すぐさま駆け寄り自己紹介もせずに、いきなり基礎知識から質問してみると見事スラスラと答えたので(当時の若い奴隷[20歳以下]は基礎知識すら無かった)大変驚いた。
何故その様な教養をもっているのかと聞くとリーエルは今更ながら口を噤んだ。
当たり前だ。アンカーは見るからに軍人。
知識を持つことは禁止されている。
いきなり奴隷に話しかける軍人などいなかったものだから思わず答えてしまったらしい。
とりあえず上には報告しない(基礎知識を持たれるといずれ知識人となって反逆を企てる可能性がある為)と言い安心させた。

「実は死んだ祖母が保管していた書籍を読みましてね。簡単な文字ぐらいなら親父も読めたので発音も教えてもらいました」

「その祖母君と父君は?」

「祖母はとっくの前にあの世に行きました。親父は……2日前、死にました。病気で」

「……すまない」

「いえ、大丈夫です。親父と祖母にはここまで育ててもらいました。その恩を生きていることで返したいのです。それに生きていれば何かしら良いことがあると思うので、ここで生き延びてみせますよ」

そう言ってニカっと笑った彼に、アンカーは軍帽を取ってこう言った。

「君、名前は?」

「リーエル・ブランコ・プライザーですが…」

「俺の元で将来働く気はないか?その知識を元手に勉強して」

「俺の簡単な知識が貴方の役に立ちますかね」

「立つさ」

「でもこれぐらいの知識、本土にたくさんいるでしょうに。何故俺なんですか?」

アンカーは手に持った軍帽を右手の人差し指でクルクル回しながらしっかりとリーエルを見た。

「それはな…俺の勘だ」

「…えぇ?」

そしてリーエルの主人である貴族を金で黙らせ、奴隷から解放。
この時、ついでとばかりにアンカーは自身の名を改名し彼を海軍士官学校に入学させた。
当然諸々の方面からありとあらゆる批判が飛んで来たがだいたいは金で黙らせ、残りは叔父ドクトレの力を借りた。
リーエルの学校生活には陰湿ないじめはあったものの、その背丈と強面にビビってそれ以上のことはされなかったそうだ。
そして海軍士官学校で過ごすこと2年。
無事、席次は6席と見事な卒業成績を修め少尉として任官し、初の奴隷出身士官となった後すぐに第2艦隊司令になっていたアンカーに航海参謀として拾われ、今に至る。
ちなみに首脳部人事は各司令がある程度自由に決めることが出来る。
尉官で参謀職はかなり珍しいが特に規制されているわけでもないのでアンカーは遠慮なく親友と解放奴隷を引き入れたのだ。


「そうなんだよなぁ。奴隷だったリーエルが中尉で俺が大尉。そんで平民のナラの野郎が中将。おかしくねぇかぁ!?」

「うるさいぞ。ナラは計算能力がずば抜けて高いってことぐらい知ってるだろ。本来なら後方司令あたりがお似合いなのになまじ戦闘成績もそれなりに良かったから…ってお前その酒どこで買った!?」

「うるせぇ!ゲインズガル(ルンテ人の軍人が戦死すれば行けると信じられている場所)だよ!」

「死んでんじゃねぇか!リーエル、荷物はいい!イグロレを担ぎ上げろ!こいつに酒はダメだ!」

「わ、分かりました!失礼しますよ大尉!」

海軍士官学校時代はその巨大と強面で乗り切ったそうだが、実は結構消極的で控えめな性格であるリーエルは大暴れしそうになっているイグロレに高速で謝りながらも捕獲。
通行人達が注目し始めたのでアンカーは軽食の入った袋を、リーエルはイグロレを抱えて走りながら野外店舗街を後にした。


〈ヴェントリア軍港〉
女性組は沈む夕陽を見ながら紅茶を飲んでいた。
いつもなら絶えないお喋りもアンカー達が買い物に出かけて以降アルリエがずっと口を閉ざしている為、今は静寂があたりを包む。
たまに聞こえる音といえばドックで叫んでいる港湾長の怒声くらいだ。

(どうして黙ったままなんでしょう…)

とベストロニカがじっと夕陽を眺めるアルリエの横顔を見るとその綺麗な紅い髪が陽の光によってより朱く染まっている。

「ねぇ」

「は、はい」

突然アルリエが話しかけてきた。
思わず声が高くなる。

「何驚いてんのよ。…まぁいいわ」

夕陽を眺めるのをやめてこちらに顔を向ける。
そして真剣な顔で問いかけてきた。

「あんた、アンカーのことどう思ってんの」
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