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12、あんなヤツはやめて、俺にしろよ
しおりを挟む車内での天馬はひたすら無言だった。
運転が凄まじく乱暴で、信号でもキキッ!と急停止するものだから、その度に楓花の身体もガクンと揺れる。
文句の1つでも言おうと思うのだけど、そのあからさまに不機嫌な横顔と剣呑な空気に気圧されて、息をするのさえ憚られた。
ーーこの車はどこに向かっているんだろう……。
どこか近場のレストランにでも行くと思っていたのに、車はもう20分以上走り続けている。
それからしばらくして、ようやく車のスピードが落とされ、左折の方向指示器を点滅させながら、見知らぬ建物へと入って行く。
ーーえっ、ここって……!
入口が紫色にライトアップされた、白いお城のような建物。
ーー経験のない私にだって分かる。ここは……。
車がゆっくりとラブホテルの敷地内に入り、個別のガレージみたいな駐車場に停まった。
「出ろよ」
助手席のドアを開け覗き込む天馬と目を合わせず俯いていたら、腕を取られ、引き摺られるように外に出た。あまりのショックと絶望で声も出ない。
「……行くぞ」
足が動かず立ち竦んでいると、苛立ちを隠せない表情でチッと短く舌打ちするのが見えた。
「イヤ……」
「来いって!」
「あっ!」
震える声で漸く絞り出した言葉は、すぐに天馬の大声と口づけで掻き消された。
ぶつけるように激しく重ねられ、慌てて引き結んだ唇は、あっという間に彼の舌で割られ、隙間から吐息を漏らす。
「んっ……ふ……」
こんなの駄目だと思うのに、頭が痺れて力が抜ける。身体の中心が疼き出す。
だけど天馬の舌は楓花の口内をヌルリと一舐めし、唾液を掬っただけであっけなく離れて行った。
「……行くぞ」
漸く息をついた楓花を見下ろし、冷たい声音で言われると、もう抵抗は出来なかった。
腰に手を回され、押されるようにして一歩踏み出すと、顔色を失い怯えながらも、そこからは自分の足でのろのろと進んで行った。
そうだとは思っていたけれど、部屋に入るとすぐ目の前には大きなダブルベッドがドンと鎮座し、ガラス張りの浴室は中が透けて見えていた。
今更ながら、ここがそういう行為をする場所なのだと思い知らされる。
ベッドの前で立ち尽くしていると、すぐ後ろか両手で腰を抱き抱えられ、ビクッと身を竦めた。
「先にシャワーを浴びてくる? それともこのままするか?」
耳許で響く低くて艶のある天馬の声は、耳から楓花の背中を伝い、腰まで痺れさせた。
『腰が砕ける』という言葉の意味を、たった今、身を持って知ってしまった……。
フラつく楓花を後ろから慌てて天馬が抱き締め支える。その腕の力強さと伝わる熱に流されそうになっている自分があまりにも滑稽で、思わず苦笑する。
ーー私ってば何を期待してたんだろう。2人で食事をしながら楽しい時間を過ごせるだなんて……。
これは天にいと2人きりで出掛けられると期待した自分に罰が当たったんだ。
振り向いてもらえるはず無いのに、彼にはもう決まった相手がいるのに……なのに思わせぶりな言葉に浮かれてはしゃいで、こんなお洒落までして来た私が悪い。
恥ずかしさと悔しさと情けなさと……負の感情が胸の奥で渦巻いてグチャグチャだ。
視界が滲み、鼻先がヒクヒクする。駄目だ、堪えろ……。
「天にい……どうしてなの?……今日は退院祝いだって……私は楽しみにしてて……」
漸くそれだけを言葉にすると、抱きしめる腕からフッと力が抜けた……が、
「あっ!」
無言でドンと背中を押され、前のめりでベッドに倒れ込む。そうかと思うと間髪入れずに仰向けにされ、馬乗りで肩を押さえつけられた。
「楽しみって……欲求不満解消のセックスがしたかっただけなんだろ?」
ーーえっ?!
口角を上げ、いびつに歪ませた顔は、それでもゾッとする程美しい。
見下ろす瞳も声も氷のように冷えびえしていて、背筋までキンと凍りつく。
「……俺は身代わりか」
「天にい、何を言って……」
「さっき俺が行かなかったら、アイツとこういう所にしけこんでヤりまくるつもりだったんだろっ!」
もう意味が分からない。
「アイツとはまだ付き合ってるの?」
「あいつ?」
「お前、本当は仕事じゃなくて、アイツのせいで体調を崩したんじゃないのか? アイツを追い掛けてこっちに帰って来たんだろう!」
「えっ?! どういう意味? 」
「あいつ……結婚指輪をしてたよな。不倫なんかやめろよ!もうあんなヤツはやめて、俺にしろよ! 」
天馬はそう言うと、楓花に覆い被さって強引に口づけてきた。
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