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112、まだお預け?
「楓花先生、それはいいアイデアだわ」
月曜日の午後6時。
子供たちを親に引き渡したあとの職員会議の場で、金森先生は深く頷いて、他の2名にも意見を求めた。
「私も良い案だと思いますよ。私が以前外来で働いていた時も、お子さんを誰にも預けられず診察室に一緒に連れて来ていたお母さんがいらっしゃいました。そういう時は看護師がお子さんを抱いてお世話していたけれど、院内に短時間預けられる場があれば安心だわ」
飯島先生の言葉を引き継いで、マキ先生も意見を述べる。
「私もいい考えだと思う。身体の具合が悪いと思っていても、子育て中だとそれどころじゃなくて放置しちゃうでしょ? 小さな子供のいるママさんも安心して胃カメラを受けに来られる病院。患者に寄り添う優しい病院としていい売り文句にもなるんじゃない?」
今日の会議は、土曜日の午後に楓花から送られてきた『提案書』を読んだ金森先生の呼びかけで皆が集まって実現したものだ。
金曜日の就職祝い改め婚約祝いの会からマンションに戻った楓花と天馬は、パソコンの画面を睨みながら夜更け過ぎまで意見を交わし合った。
他の病院の院内保育の状況を調べてみたり、求人情報を見てみたり。
その時間はとても満たされていて充実したものだった。
皆の意見が出揃ったところで、最後に天馬に視線が集まる。
「天馬先生は今の職員向けの院内保育を一般向けに拡大するのは可能だと思われますか? 場所の確保や予算の問題もあるでしょうし……」
それまで皆の意見を黙って聞いていた天馬が、腕を解いてテーブルを見回した。
「可能……というか、実現させたいとは思っている。それには段階を踏んで徐々に進める必要がある。今の職員専用の『託児室』が第一段階だとすると、次の第二段階が患者のお子さんの一時預かりだ」
「時間の延長と職員確保の問題が出て来ますね」
「場所の確保も必要だわ。今の広さじゃ収容出来なくなる」
金森先生とマキ先生の意見に天馬が頷く。
「その通り。規模が大きくなれば、それだけ問題も発生しやすくなる。デメリットの面もしっかり検討した上で、その穴をどう埋めていくかを考えていこう」
今日の資料を家に持ち帰った上で、欠点や利点、その改善案をそれぞれまとめてくるという事で、この日の第1回会議は終了した。
「なんだか夢みたい」
マンションのキッチンでカレーの鍋を掻き混ぜながら、楓花が感無量という実感のこもった声で呟いた。
会議のあと、まだ仕事のある天馬を残して先に帰った楓花が夕食の準備をしていると、それから1時間半程してから天馬が帰って来たのだ。
「……ん? 何が夢みたいだって?」
後ろから楓花の腰に手を回しながら、首筋にチュッと口づける。
「ふふっ、くすぐったいってば!……あのね、金曜日の夜にも感じたんだけど、凄く充実してるな……って思って」
「仕事が?」
「仕事もプライベートも。こうやってお料理をしたりイチャイチャしている時間も幸せだけど、仕事について語り合う時間も充実していて満足感を感じられるの」
ついこの前までは自分に自信が無くて全てを諦めていた。辛いことから逃げ出して、失意のまま帰って来た生まれ故郷で、天馬と再会し、全てが動き出した。
「今日の会議の間中、実はずっと感動していたの。私の意見に皆が耳を傾けてくれている。そして意見が交わされて現実味を帯びていく瞬間のワクワクとかドキドキとか……うん、あれは感動だったな……」
「俺も……感動してたよ」
天馬は楓花の首筋に鼻先を擦り付けてから、右の耳たぶをハムッと唇で挟み込み、ペロリと舐めた。
「俺の楓花が皆の前で堂々と意見を述べて、瞳をキラキラさせながら意見を交わして……綺麗だったよ。ずっと見惚れてた」
「あっ……」
腰に回していた手はエプロンの内側に入り込み、洋服の上からやわやわと胸を揉み始める。
「や……っ、駄目……料理中」
「会議の間もずっと我慢してたんだ。あんなに輝いた表情を見せられて、ここでもお預けなんて可哀想だと思わないか?」
いつの間にかエプロンの紐をほどかれていた。恐るべき早業。そしてエプロンがストンと床に落ちた時には、既に天馬の指がコンロのスイッチをOFFにしていた。
「俺は仕事の話をしてる楓花も好きだけど……エロくて可愛く啼く楓花が一番いいな……」
そのままクルリと天馬の方を向かされて、唇が重なる。
「……まだお預け?」
「もう……っ」
手にしていたお玉を鍋に戻すと、楓花はゆっくりと目を閉じた。
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