記念日

いとま

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記念日

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「今日なんの日だっけ?」
そう言って目の前の彼女は首を傾げる
「今日は結婚記念日ですよ」
と僕は答える。
「ええ?誰の?」
彼女は目をビー玉みたいにキラキラさせてポカンとした顔で聞いた
「いとさんとの結婚記念日ですよ」
僕はそう答えた。

彼女はアルツハイマー型認知症である。もうほとんど覚えていない。
もちろん僕のことも。
結婚記念日は「僕との」って言いたかった。でも言ったら、「あなたと?冗談はやめてよ~」なんてケタケタ笑いながら言うもんだから、心がまるで
ぐらついたジェンガみたいに不安定になり、今にも崩れそうになってしまうからあえて言わないのだ。じゃないと
心臓がきゅっとなって泣いてしまうから。

そんな彼女との毎日は楽しさもあるが
苦しさもある。ニコニコ笑う日もあれば、眉がつり上がって怒り始めて
最後には泣き始める。と、このように
精神的に参ってしまいそうな毎日である。でもほんとに辛いのは彼女の感情がはっきりせずに、彼女自身を失っているということがいちばん辛い。

でも09月11日になると
嬉しそうにカレンダーに丸をつける
僕は彼女に
「今日なんの日でしたっけ?」
と聞く。
彼女は
「さぁ?でもここに丸つけるの」
と自信満々に答えた。
「なんかの日?」僕は尋ねる。
「分からない」彼女は困る。
埒が明かないと思い、そっか、と言って席を立とうとすると
「・・・結婚記念日」と彼女がボソッと
呟いた。僕は驚いた。 涙が出た。
そして聞いてみた
「誰との?」僕は期待と恐怖を両方に持ち聞いてみた。すると彼女は
「分かりません」と答えた。

珍しくムキになった僕は
「だ、だって結婚記念日って!」
と大きな声を出してしまった。
彼女はというと
「今日はなんの日だっけ?」
と答えた。ため息を押し殺して僕は伝えた。
「いとさんとの結婚記念日ですよ?忘れちゃったんですか?」と少しハニカミながら彼女に言った。
彼女は
「あぁ、そうだったかな。」
そこからまた彼女の思考が停止してしまった。

いつか何かのきっかけで
思い出してくれたらこう伝えたい。
「僕との記念日だよ。おめでとう。これからもよろしくね。」
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