坂道

いとま

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坂道

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一章 学校
今日もこの急な坂道を上着を持って歩く。毎日毎日きつい坂だ、と呟きながら俺は出社してる。俺の職場は
この坂の上にある城ノ宮中学校だ。
俺の名前は楓 将。どっちが本名なんだかっていじられるけどもう慣れたもんだ。教科は国語、まぁ今年24歳で
生徒にはよく舐められてる(笑)
親しみやすいとかいえば都合いいんだけど、さすがにちょっとなぁと思いつつ楽しくやってる(笑)
夏休み明けとは言ってもまだまだ
暑い日に黒板と受験寸前の生徒と
戦う日々がまた始まる。

「さてと、今日からまた頑張るか!」
と呟くと後ろから元気な声で
「楓せんーせ!おはよー!」
と、うちのクラスの大下 楓が元気よく
突進してきた。偶然にも俺の苗字と下の名前が全く一緒という共通点がある。それだけで懐かれてるような気がする。

「大下ぁ 夏休み明けも元気いっぱいだなぁ」と呆れ顔で答えた。
「もぅ~先生!下の名前で呼んでって言ってるやん!」と顔をぷくーっと膨らませて俺を睨んだ。

その大下楓を、先に教室に送り
職員室へ向かった。
出席簿を持って3年3組へ向かった。
夏休み明けのみんなの顔が楽しみで
ドアをあけた。みんな予想してたより
疲れた顔をしていた。やれやれ夏休みで疲れたとか羨ましい・・・。

その中で一際笑顔で俺を見てたのが
突進してきたあの大下楓だった。
「あー!せんせー!きたー!」
さっきも会ったっつーの。と内心
思いながら、こう答えた
「はいはい大下さん今日も元気いっぱいですね~。」と笑って答えた。
クラスも釣られて笑っていた。
これは大下に感謝やなぁと思った。
「だーかーらー!先生!下の名前で呼んでって!」とまた言うもんだから
「彼女か!なんでやねん!」
と返しまたクラスが笑った。

そして担任らしくこう続けた
「みんなおはよう。いい夏休みになったか?これから受験の時期になるから身を引き締めて行くように!」
と決まった。と思いながら教室を見渡すと、みんな興味ナシ。ひどくない?

これが舐められているんだな
とちょっと落ち込んだ。
そして提出物の回収を始めた。

今日は午前中で終わるから
俺も楽な授業だ。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴った。
「この後体育館で学年集会あるから時間通りに来るように」
そう言うとゾロゾロと体育館へ向かった。俺もあんまり興味が無い
学年の長が長々と喋ってるのを欠伸がバレないように聞いていた。
また彼女が手を振る。仕方ないからちょっとだけ反応してやった。

学年集会が終わると教室へ戻り
終礼をしていた。
「では今日は終わり。また明日」
「先生さようならー!」
「はい、みんなさようなら。」
と終礼が終わり職員室へ向かおうとすると、せんせー?と声をかけられた
そう、この元気な声は大下楓だ。
「どうしたんだ大下?」
と聞いてまた同じ反応されるかと
思ってたら、少し様子がおかしかった。何故か顔と耳が真っ赤だった。
「あのさ・・・楓せんせ。ちょっと相談があるんやけど」珍しい光景を目にした。相談なんかこれっぽっちもしない
大下が真剣に相談してきた。
「進路のことか?」
と聞くと、少し時間が経ってから
首を縦に振った。
「楓せんせ。出来たら恥ずかしいからその。違う教室で話してもいい?」
と提案された。俺はもちろんと答えた。

空き教室の鍵を持ち
彼女と2人で入った。
記録用のノートを持って2人で対するように、椅子に座った。
ここで事件が起こった・・・。
「楓せんせ。あのね」
「うん。進路でなんやった?大下農業高校いくんやろ?」
「ちゃうねん、いや。農業高校にはいくんやけど。その・・・」
「その・・・なんだ?」
「・・・・・・」
彼女は少し黙ったあとこう言った。
「あの、楓先生が楓先生が好きなの」
「あー、はいはい楓先生が好きっと・・・ってええっ!?」
普通に流したが、今なんか起きたぞ!?
と言わんばかりに大事件が起こった、
「大下?どういう意味だ?」
と恐る恐る聞いた。
「そのままの意味だよ!そんなこともわかんないの!せんせーのばーか!!」と捨て台詞を吐き捨てて
彼女は教室を出ていった。
俺は夏の暑さと急な15歳の告白に
頭がクラクラした。
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二章 教師と生徒
せんせーのばーか。か。
と職員室の自分の机でボソッと呟いた。それを聞いていた同僚の
石徹白先生が顔を覗いてきた。
「楓先生どないしましたん?」
「あれ?石徹白先生聞いてました?」
「ええ、ハッキリと。なんかあったんですか?生徒と。」
「なんというか進路相談だと思ったらまさかの愛の告白されましてん(笑)」
「ヤバすぎやろ(笑)どの子?」
「大下楓」
「あー楓先生のこと好き好きやもんなあ」
「冗談きついで・・・」
とか会話をしてると
学年主任の宇野が目の前に立っていた
「楓先生、今の話は本当なのですか?生徒から告白だなんて、距離が近すぎではないですか?」とかまたほざきはじめた。鬱陶しい。
「大丈夫です。宇野先生。もちろんそんな感情ありませんし多感な年頃ですから」とカラっと笑って誤魔化した。

しかしよく考えてみれば
人生初の告白されたような気がする。
ふと頭の中をよぎった。
初告白が教え子か・・・。
そう考えるとなんだか少し胸がドキドキした。言っとくが俺はロリコンちゃうぞ。と誰に言ってるのか分からないが、自分に言い聞かせる為にも
そう口に出した。でもなんだろこの胸のドキドキ。

~次の日~
「ねぇひかり~聞いてよ。」
と彼女は親友の大友光に問いかけてた
「どうしたん楓?」
「あんなぁ。楓先生おるやん」
「あー、楓が1番推しのね」
「推し言うな!」
「んで楓先生がどうしたん?」
「・・・告った。」
「は?」
「好きって言った」
「・・・まじ?」
「まじ」
「スゴすぎやなあんた」
「やろ?」
「返事は?」
「聞く前にバカー言うて逃げてきた・・・」
「あんたが1番馬鹿だよ・・・」
と大下楓のカミングアウトが飛び出した。

でもさ
と口を開いたのは親友の光
「でもさ相手24だしこっち中学生だよ?相手にされてないんじゃない?」
「相手にされるもん!だって毎日突進してるもん!」
「・・・だからそれあんたが勝手にやってるだけでしょ・・・」
光は呆れてた。楓は自信満々だった。

そんな二人の会話が終わる頃
噂の担任が入ってきた。
教壇に立つと自然と目が合うようになってきた。今日もいつも通りニコッと
はにかんでくれた。これが毎日の楽しみである。今日も先生のこと呼ぼう
と口を開きかけた時、
「あれっ・・・なんでやろ言われへん」
と言葉が出なかった。心臓が
体力テストで走った50m走のあとみたいにバクバク鳴っていた。私らしくない。
そしてその担任がこう話した、
「みんなおはよう。受験の準備みんな出来てるか?教師として最後までサポートするからね」といかにも教師らしいことを朝の教壇から伝えていた。
「・・・教師としてじゃなくていいのに」と思わず口に出た。ほんの少しの声量だったが静かな朝のホームルームでは十分に聞こえる声だった
「大下?なんか言ったか?」
しまった、聞かれてたと思い。
なんでもないです・・・。と机に突っ伏してゴニョゴニョと濁した。
その場は何とかなった。
ホームルーム後に私の机にいち早く来たのは、そう親友の光だった。
「あんた大胆すぎ」
と半笑いで茶化してきた。
私はうっさい・・・とまた机に突っ伏して答えた。光はふふっと笑うと
「楓はさ正直過ぎ、そういうとこ私は好きなんだけどね」と照れくさそうに頬を指で軽く搔いて言っていた。
もし光が男の子だったらこの子と
結婚しよ。と思えた瞬間だった。
「あんただけだよそんなこと言ってくれるの~」突っ伏した状態で、半分にやけながらそう答えた。
「んで結局どうすんの?」
光がハッキリとした口調で聞いた。
「分からないよ・・・今日だっていつも通り出来なかったもん。」
「確かに今日はあれなかったね。」
「うん。皆勤賞だったのになあ」
「あれ皆勤賞対象だったんだ・・・」
とアホみたいな会話で顔を見合わせて
ぷッとお互い吹き出して笑った。
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三章 恋をしたのは
「こーいをしーたのはぼーくのほーうなんーですー」
と自宅の風呂で昔好きだった曲を歌っていた。なんて曲だったかな。
すごく好きな曲だった気がする。
サビで
「おーんなのこはわーからないねー」って歌詞があるけど
まさにそうかもしれない。
分からないなぁ。そう言って風呂の天井を見上げてふぅーと息を吐き出した。なんだかしんどかった。のぼせたみたいだ。
風呂からあがりビールを1杯
これがたまらんのよね~とか言ってる
自分はオヤジになっちまったと
何故か自己嫌悪してしまった笑
缶ビールをカポシュッと開け、半分より手前ぐらいまで飲んで、缶を置いた。
そして、改めて考えてみた。
大下楓のこと。確かに可愛いとは思う。しかし子供の可愛いと異性の可愛いはまた違う気がする。大下楓の
「好きです。」はLoveなのかLIKEなのか。そんなことを考えてるとモヤモヤして、また缶ビールをグイッと流し込んだ。喉にシュワシュワした大人のご褒美が流れていく。
そして冷静な瞬間が流れ、
「俺のアホ。生徒と恋?10歳もちゃうのに、アホやな。」
とピシャっと自分の左頬をはたいて
自分を律した。受験の時期で
気分が昂ったのだろう。そういうことにしといた。
そう思って缶ビールをまた勢いよく天へ向けて喉へ向かわせた。そうだった、もう飲み干したんだった。
乾いたアルミ缶のカチャという音が部屋に響いた。今日は寝よう。
夜は俺らが息をするぐらい当たり前に
朝へと握手をして太陽を連れてくる。
そんな握手をされた朝からまた起こされて今日も俺はスーツを着て職場へ向かう。
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四章 作文
楓先生の課題で[気持ちを整理する作文]というものを出された。
受験前でみんな色々頭がごちゃごちゃ
している中、自分を正す為の
ひとつの材料なのだという。
私は受験の気持ちよりも楓先生なのになぁと白紙の原稿用紙を見て
ため息を吐き出した。
楓先生の授業でやってもいいし
この時間をほかのテスト勉強に使ってもいいと言う、なんとも担任らしい
計らいなんだと改めて思った。
楓先生のこと好きだな~。
ポカーンと楓先生を見ていたら
近づいてきた。えっえっ?
ってなってる私をよそに
楓先生がこう話した
「大下、なんか質問か?作文今やってもええし、自分の苦手な教科してもええよ?数学やばいからそっちしたらどうや?」
と、もちろん何も頭に入らなかった。
そして柄にもなく「はい・・・」
と答えた。楓先生はえっ?という表情を見せ、「大下大丈夫か?しんどいか?」と体調を気遣ってくれた。
そういうとこが好きだバカ。
心の中でそう思って、ジタバタしたくなった。さらに楓先生は
「顔赤いやん。熱あるんちゃうかな。保健委員誰やった?保健室連れてって。」違うんだって恥ずかしいから
顔が赤いだけなんだって。
「あ、はい。私行きます。」
と保健委員の大友光が
手を挙げて元気に言った。
光ぃ!こういう展開予想してたんかお前は~と言いたいぐらいベストタイミングだった。
「じゃあ大友さん、大下連れて行ってあげて。もしなんかあったらすぐ言いに来て。よろしくね。」
光は
「はい!分かりました!」
と真面目なキャラで答えた。
人ってなんにでもなれるなって
改めて思った。
保健室に行く途中
「楓大丈夫?どうしたん?」と
いつもの性格悪めの口悪め光が
いつも通り聞いてきた。
「いや、あんなに近くにこられたらなんも言えんくなった、」
とらしくないことを言うと
「いやいや寒気寒気。どうした楓今日やけに乙女やん。笑う。」
こいつやっぱり性格悪ぃ
男だったら結婚するとか言ってたけど
とりあえず婚約破棄になった。
光は続けて、
「ほんまに好きなんやな。楓先生のこと。」と見たことない柔らかい表情で
言ってきた。それに対して首を
コクンと動かした。
保健室に着き、保健の先生へ
光が真面目に物事を伝えていた。
そう真面目に。
とりあえず熱と脈見ようか
と保健の先生は体温計を渡してくれた
ピピピピピッ 脇の下から体温計を出すと、微熱だった。37.6℃
保健の先生はあら。ちょっと微熱ね?
脈図らせてね。と淡々と言ってきた。
脈早いなあ。やっぱり風邪かな。
違うんだ先生そうかもしれないけど
多分この脈拍は違う所から来る
心の中で動くドキドキなんだって
そう口を出したくなった。
そんな光景を大友光は
神妙な顔で見ていた。
「じゃあ楓私戻るね。1人で帰れる?」
子供じゃあるまいし帰れるわ
と思いつつ、私はまだ子供だった。
となんか変な気分になった。
光が出て言ってから5分ほどで
保健の先生にぺこりとお辞儀をして
教室へ戻った。
そして楓先生が心配そうな顔で
「大下大丈夫だったか?大友さんからは微熱って聞いたけど、この後早退するか?」と聞くので。いいえ。大丈夫です。と答えた。楓先生も分かった。無理すんなよ。と一言添えてくれた。

そして作文用紙を目の前に
お気に入りのシャーペンを左手に持って、こうタイトルを書いた。
「ラブレター」
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五章 ラブレター
「さて、と。」
そうやって、前に提出させた
作文のチェックをしていた。
「まずは武田か。こいつ作文の意味わかってないな。これじゃポエムだ。」
おそらく厨二病なるものだろう。
キミの笑顔は眩しい。とか
そんなトキメキあんのかよと思いながら、冷静に「作文として書いてください」と赤ペンでしっかり書き込んだ。
その後つらつらと作文をチェックしていって、受験が怖いとか先が見えないとか将来どうなるんだろうとか
中学生ならではの不安との戦いがリアルに書かれてあった。
大友光はそれらしいことを書いていたが書き出しに
[今は親友の方が心配です。]
とかき始めていた。
どういうことだ?と思いつつも
同じように赤ペンでコメントを加えた。そして次の用紙が大下楓だった。
タイトルが[ラブレター]だった
思わず俺は
「ラブレター?気持ち整理するのにどういうこっちゃ。」と思い。
文字を目で追った。
「私は恋をしました。恋をしたんです。」かき始めていた。よく見ると
書き出しの部分だけなんども消しゴムで消したあとが残っていた。
さらに文字を追うと
「今までと同じことが出来なくて辛い。今までの方が楽しかったのに、今はなんでこんなに辛いんだろ。」
と綴られていた。この一言を見て
あの時のことか。と左手で
頭を抱えた。大下は本気で俺の事を
と思いながら・・・と少しムゥとなってまた文字を追った、そして作文用紙の最後の部分にこう綴られていた。
「恋をしたのは私の方なんです。」
タイムリーに風呂で歌ってた歌のフレーズに似たものがのっていた。
俺は赤ペンで
[受験前の気持ちを整理するためにかくものです。これじゃ分かりません。このコメントを見たら先生のとこまできてください。]とコメントを送った。
このラブレターへの返事をしようと
思っていた。
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六章 返事待ち
「どうしよう・・・」と絶望に落ちたのは紛れもなく私だった。
「あんなこと書いちゃったよ。どうしよう。先生なんて思うかな。」
と書いた後悔がグルグルグルグルしていた。
「楓先生どう思ったかな。引いたかな。やっぱり相手にされないかな。」
なんだか泣きそうになってきた。
そんな時親友の光からメールがきた。
「やっほー楓、どうせ作文に好きとか書いて落ち込んでんだろー?励ましてやるから今度アイス奢れ」
エスパーかこいつは、最後は余計やけど。でも持つものは友だね。
ちょっと元気が出た。ありがとう光。
次の日学校にいくと、1限目が
楓先生の授業だった。先生は
「この前みんなの作文見せてもらった。正直にかいてくれてありがとうな。みんなに1人ずつコメントしてるからまた見といて。」とハキハキと
説明したあと1人ずつ名前を呼んで取りに来てもらっていた。
「はい、次大下」
無言で席を立ち、受け取りに行く
すると楓先生はボソッと
「コメントよく呼んでおくように。」
と耳打ちした。また心臓がバクバクいった。早歩きで席に戻り、赤ペンの
コメントを読んだ。
[受験前の気持ちを整理するためにかくものです。これじゃ分かりません。このコメントを見たら先生のとこまできてください。]
これじゃ分かりません・・・か。
んん?このコメントを見たら先生のとこまで来てください?
「ええっ!?」と驚いて声を上げて立ち上がってしまった。教室が地獄のような空気になった。
「大下?お前どうした!?」
と楓先生が言う。お前のせいじゃい。
「いいえ!なんでもないでーす!」
といつもの大下楓を出した
教室はいつも通りウケてくれた。
そして楓先生に目を配ると
後でな?と口を動かして合図された
またその顔と仕草にドキッとした。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴った。今日の放課後
返事を聞くことにした。
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七章 素直な気持ち
「あんなコメント書いたのはいいもののどうするかな」と作文にすべてのコメントをした後の自宅の風呂で
湯気と共に吐き出した。
「これは教師としての楓 将の気持ちを言うのか?それとも男としての楓 将として答えるか。」
でも相手は中学生だし、もしや
罰ゲーム!?そんなことありえる!?
いや、彼女はそこまで友達多くないはず、大友光はそんなキャラじゃないはず。やはりガチなのか。
「どうすっかなー。」
また湯気と共にこの6文字の言葉が天井に張り付いた。
そして風呂から上がって
いつもの大人のご褒美飲もうとしていたら、冷蔵庫には乳酸菌を増やしてくれるミニマムな飲み物しか無かった。
仕方なくそれを一気飲みした。
中々うまいもんだな。と感心した。
そして握手を交わした朝がやってきた。1限目に俺の授業あるから
そこで配っていこうと思った。
そして彼女に渡した。
無言で受け取る彼女にボソッと
「コメントよく見ておくように。」と耳打ちした。表情を変えない後ろ姿を見てなんだか心臓がキュッとした。
そして彼女の「ええっ!?」
という声が教室に響いた。
これはまずい。とりあえず
声掛けてあげよう。
「大下?お前どうした?」
と声をかけるので精一杯だった。
彼女はいつも通り
「いいえ!なんでもないでーす!」
と大声で誤魔化してくれた。
こういうとこが助かる。居てくれて
本当に助かる瞬間だ。
「(あれ?居てくれて助かるってもしかして俺好きなんかな。大下のこと。)」
ふとそんな気持ちが過(よ)ぎった。
そして口の動きで彼女に
「後でな?」を口パクして目で合図した。キザなことするな俺って思った。
そして授業が終わる最後のチャイムが鳴った。
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八章  一人の人間として
放課後、職員室に彼女がやってきた。
「失礼します。楓先生いらっしゃいますか。」ここだよ、おいでと手で招いた。するとスタスタと歩いてきた
顔は黒板ぐらいガチガチに硬かった。
「よく、来たな。じゃあ面談するか。空き教室使うな。」
皮肉にも彼女がバーカと
吐き捨てていったあの教室だった。
「じゃあそこ座って。」
「はい。」
彼女は口をキュッと結んで
酷く緊張してるようだった。大丈夫だ
大下、俺もめちゃくちゃ緊張してる。
「さて、作文のことなんだけどな。」
と切り出したら、彼女の肩がビクッとなった。それに対して俺もビクッとなりそうだったが我慢した。
「「あのさ」」
と二人同時に喋った。お互い顔を見合わせてポカンとなった。その後
吹き出して笑ってしまった。
「先に大下からどうぞ。」とレディファーストで譲った。すると彼女は
「・・・あの楓先生。この教室で言った私の返事と作文のコメントって全部繋がりますか?」
「そうだね、結果的には繋がると思う。」
「じゃあ・・・」と彼女が言うと大きく深呼吸をした。緊張してきた。
「楓先生、私楓先生のことが好きなんです。毎日ドキドキしちゃうんです。だから・・・だから、はい。かいいえ。の答えだけでいいんです。返事をくれませんか?」と彼女が今までに見たことの無い真剣な表情で涙を流しながら
気持ちをぶつけてきた。彼女は
本気で俺を・・・。と思うと生半可な
気持ちでは伝えられないと思った。
「大下、まず伝えてくれてありがとう。これから言うことは教師としての楓 将では無く、一人の人間としての楓 将の答えだ。」と前置きした後に深呼吸をして、「大下。気持ち本当に嬉しかった、大下がうちのクラスに居てくれるだけですごく助かってるんだ。あ、これは教師としてになるんかな。ええと。」と国語教師らしからぬ
言葉の伝え方がヘタクソだった
それを見た彼女はふふっと笑った。
えっ?という表情で彼女を見ると
笑顔になっていた。女の子は分からないね。泣き出したり急に笑ったり。
あの歌の通りだった。
そして咳払いをして
「大下、一人の人間として俺は大下のこと好きだよ。明るく素直で楽しい人。年齢と教師と生徒という厳しい関係の中だけど、俺は大下の気持ちに答えるよ。だからこんな新米教師やけどよろしくお願いします。」と言った。声を震わせながら。
不思議と手足が震えた。
それを聞いてた彼女は
一筋の涙がツーっと流れた。
それを皮切りに溢れだしてきていた。
嗚咽をしながら彼女は精一杯に
「先生、ありがとう。ほんとにありがとう。嬉しくてダメなんだ。涙が止まらんのよ。」
そして俺はこう続けた
「受験が終わって高校生になったら遊びに行こう。そこまでは教え子と教師な?分かった?」
彼女は絞りだしながら、うんっ
と答えた。
面談時間はおそらく5分もなかった。短くしかし密度が濃い面談だった。
残暑残る9月の空は二人の気持ちぐらい晴々としていた。
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最終章 坂道
今日もこの急な坂道をピシッとしたスーツを着て歩く。毎日毎日きつい坂だ、と呟きながら俺は出社してる。今日は卒業式。初めて教え子を送る
大切な日だ。感慨深くて今にも泣きそうになる。今日は最後まで泣かない。
そう決意していたら
「将せんーせ!おはよー!」
と彼女が勢いよく突進してきた。
「おはよう楓。今日で皆勤賞やな!」
と頭をポンと撫でる。
えへへ、と言いながら。
先いくねと最後の制服姿で
教室へ向かう。俺も今年度
1番の大仕事を終わらせにいった。
すべての式が終わり、最後のホームルームも終わり。なんだかポカンとなった。色紙とか貰うとこんな気持ちなんやなあと改めて思った。
全て終わらせて着崩したスーツ姿で
校門を出ようとすると、彼女とその親友、大友光が待っていた。
「将先生ー!おそーい!」
「楓せんせぇ」
楓はプンスカしてたけど
大友光は泣いていた。
先に大友に
「今日までありがとうな。大友さんのおかげで助かったことたくさんあったよ。本当にありがとうね。」
また泣き出してしまった。
「あー!将先生!私に言ったのと同じこと言ってるやん!私は遊びだったのね!」とか彼女が騒ぎ始める。
それに対して大友もクスッと笑い
「悪かったな前から楓先生は私のもんやったんよ。」といつもの冗談を泣いたあとの鼻が赤い顔で言って、3人で笑った。大友は俺らと
逆の方向に歩いていった。
この坂道を2人で降りる時が来るとは思わなかったなぁと春の夕方の空を眺めてしみじみ思っていたら、彼女が
周りをキョロキョロ確認して
手を握ってきた。そしてこう言った。
「将先生。ずっと大好きだよ?」
と彼女が言うもんだから笑顔で
「俺も大好きだよ楓。高校生楽しんでな。」と顔を合わせて10歳差の
元教え子と元恩師は夕焼けの坂道を手を繋いで歩いていった。お互いの名前を言い合って笑って坂を降りていった。
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