夏目荘の人々

ぺっこ

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ぽっちゃり女子×犬系男子20

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「私、諦めるよ。」


聞いたことのないその無機質な声に、思わず俺は目を見開いた。




:
「あ、花ちゃん!」


大学も3年目に入った秋のある日、食堂で陽介が声をあげた。


陽介が構内のあちこちで名前を呼んで立ち止まるのは珍しくない。


またか、と思い適当に辺りを見渡していると、


「お、藤田じゃん!」


山岡も知り合いだったのか、2人とも相手と話し始めた。


早く飯が食いてえと思いながらちらりと彼らを見ると、どうやら2人組の女子と話しているようだった。


シンプルな服装にふわりとしたロングウェーブヘアの女子と、ぽちゃっとしていてやたらニコニコしている女子。


「わー、陽介くん、うどん?美味しそうだねー。」


そのぽちゃ女子の穏やかすぎる気の抜けた声に思わずずっこけそうになった。


「でしょー?今日はうどんの気分なんだー。」


陽介はいつも緩いが、このぽちゃ女子と話しているとさらに緩くなっている。


…なんかこの2人、似てるな。


「山岡は千紗ちゃんと同じ高校だったんだね!こっちは嶺ニっていうんだ。」


と、突然陽介という壁がなくなり、目の前にぽちゃ女子が現れた。


そのまん丸い瞳と目があったと思えばさっと反らされ、でもおずおずとまた俺と目を合わせたそいつはふにゃりと笑った。


「高瀬花です。よろしくお願いします。」


それが花と初めて会った時の記憶だ。



その当時花は、陽介の住んでいる夏目荘に越してきたばかりだった。


陽介から話を聞くぶんには花はどこか頼りなさげて、抜けていて、つい助けてあげたくなるらしい。


そう言えばたっまーに


「花ちゃんが作ってくれたんだー。」


と嬉しそうにお弁当を見せてきた時もあったな。


とりあえず俺はその時本能的に危機を感じた。


陽介は花を好きになる、と。


陽介が人を好きになって告白すれば百発百中とまではいかなくても、それに近い結果がでるだろう。


容姿も性格も魅力的だ。


だが、陽介が花を好きになることは喜べない。


なぜなら…


「今日さ、陽介が授業中いきなり女の子みたいな悲鳴上げてさー!」


屈託のない笑顔で今日の陽介を報告してくるマリがいるからだ。


マリとは1年生の頃、英語の授業で同じクラスだった。


2年生になっても偶然同じクラスで、ちょくちょく話すようになった。


学科は違うが学部が同じなので被っている授業も多く、いつの間にか一緒に過ごすことが多くなった。


マリと一緒にいると楽しいし、他の女子のように俺の容姿を見て急にしおらしくなったりしない。


だから、俺がマリに恋愛感情を抱くことは自然なことだった。


いつ気持ちを伝えようか。


そう考え始めた時期に、マリが言った。


「友達に彼氏欲しい子がいるんだけど、いい感じの人何人か集められない?」


私も何人かに声かけるから!


出会い目的の飲み会を開くことになった。


俺は慎重に友達を選んだ。


マリの友達のためではなく、マリに目を奪われない男子をそろえるためだ。


俺が選んだ友達の中に、陽介も入った。


そして結果が…


「陽介っていいよね!」


…これだ。


そうだった。マリになびかない男子を選んでも、マリが男子に惹かれるかもしれない可能性を忘れていた。


結局その友達には彼氏ができなかったらしいし…


くそっ!


迂闊だった。


そんなマリに告白することもできず、俺は恋愛相談相手となった。


こうなったらもうマリを全力で応援するしかない。


幸せになって欲しい。


そんな綺麗事をいってみても、心の中は何で俺じゃないんだよ、という嫉妬心でいっぱいだった。


マリは行動派だ。


近々告白するだろう。


となると問題は陽介だ。


同じ学科の女子たちは、陽介とマリが仲良くしていると知ってからずいぶん大人しくなった。


付き合ってると思ったのかなんなのか…
まあこちらとしては好都合だ。


残る問題は…


「あっ、花ちゃん!」


毎日家で会っているだろうに、嬉しそうに声をかける陽介と…このゆるキャラみたいな花だ。


大体なんで何千人といるこの大学でこんなに頻繁に会うんだよ。


それは、陽介が無意識に花を探していたからだろうと気付いたのは、ずいぶん後になってからだった。


「今からご飯行くの?」


ニコニコしながら話しかける陽介に、優しい笑みを浮かべる花。


「うん、今日はハンバーグ食べたいなって千紗と話してたの!」


ゆるゆると進む会話にゆるゆるの2人。和やかな雰囲気に山岡は


「あの2人かわいいよな。」


と言う始末。


これではいけない。


俺は牽制の意をこめて花を睨み付ける。


すると花は視線を感じたのか、俺の方をちらりと見て猫のようにすくみ上がった。


陽介からじりじりと後ずさりし、


「じゃあ、食堂混む前に行くね!」


ひきつった笑みを浮かべて早々に去っていった。


「?え、うん…また…」


明らかに戸惑っている陽介を見て俺はほくそ笑んだ。


それから陽介と花が話すたびに花を睨んだ。


離れろ、近くに寄るな。


その甲斐あって、花はだんだん陽介と話す時間が短くなった。


陽介に話しかけられても、俺がいると分かると顔がひきつっていた。


さすがにおかしいと思った陽介が、俺の花に対する態度に気付き、「そういうの、本当にやめて。」と珍しく強い口調で俺を諌めた。


でも俺は変える気はさらさらない。


知っている。性格が悪いことくらい。


花を気まずい気分にさせてるのも。


どうせ家で会ってるんだから、これ以上仲良くなられたら困る。


そして…


「いいかマリ、断られても、ねばれよ!」


告白するというマリに、俺の心はさざ波だった。


上手く行くな。上手く行くなよ。でも…上手く行ってほしい。


嫉妬やらなんやらでごちゃ混ぜになった心には気付かない振りをした。


そして…


「嶺ニ!陽介、付き合ってくれるって!!」


あの弾けるような笑顔を、俺は今でもはっきりと思い出せる。


ほっとすると同時に、言葉にできない胸の痛みが襲ったことも…


後悔?後悔などしていない。


ただ自分の気持ちから逃げて、応援する立場を選んだ俺に「もしマリに告白していたら…」なんてたらればは存在しないのだ。


「あ、花ちゃん!」


「花ちゃんは可愛いよ!」


「夏目荘でも隣の部屋なんだけど、すぐに会いたくなってこっそり寝顔見に勝手に部屋に入ったりしちゃう。」


知っていた。


最初から陽介が花に惹かれていたことくらい。


恋愛に鈍い陽介がその小さな気持ちに気付かないことも。


今日、楠田を見て、花のことが好きだと気づいた。


不安要素を消すには、花と楠田が付き合うのが1番いい。




ただ…





『嶺ニ……私……陽介と別れたよ……』


「っ」


こんなことは望んでいなかった。


電話口ですすり泣くマリの声を聞きながら、俺は呆然とした。




俺は一体、誰の幸せを願っていたのだろう。
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