夏目荘の人々

ぺっこ

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ぽっちゃり女子×犬系男子28

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あれから私たちはフレンチトーストと景色をのんびりと楽しみ、いい時間になったところで陽介くんが「そろそろ行こっか」と立ち上がる。


「うわあ見て花ちゃん、クレープの屋台もあるよ~!」


陽介くんの弾んだ声の先に目をやるとポップな色合いのキッチンカーが目に入った。


「わあ本当だね!美味しそうだけどこれ以上食べたらさすがに晩ご飯食べられないなあ…」


「あはは!本当だね!」


クレープか…


『ふふふ、楠田くんもクリームついてるよ』


はっ!


『僕、高瀬さんのことが好きなんだ。』


はあ!!


文化祭の記憶が一気によみがえり、思わず足が止まりそうになってしまう。


いつも優しい楠田くん。大学院の準備で忙しいはずなのに私のために時間を作って電話をしてくれる。


私は彼との穏やかな時間がとても好きだ。


でも…


私は顔をぐっとあげて陽介くんを見つめる。



『あっ!もしかして高瀬花ちゃん?俺、おじさんから同い年の子が来るって聞いててすっごい楽しみにしてたんだ!』


たくさんの荷物を持って夏目荘の門をくぐったあの日、はじけんばかりの笑顔を私に向けてくれた陽介くん。


『俺、夏目陽介。よろしくね!花ちゃんは何学部なの?俺はね、総合デザイン学部の建築学科なんだけど…あっ、荷物持つよ!』


ナチュラルに下の名前で呼ぶんだとか、すごいマシンガントークだなとか、思うことはあったけど…


陽介くんはただ”同い年の高瀬花”を本当に楽しみに待っていてくれたんだ、という事実が本当に嬉しかった。





『まあかわいい子の友達がみんなかわいいわけじゃないよな!あの子、ぽちゃっとした…あー、高瀬さん?』


いつだっただろう、高校生の時か、友達に遊ぼうと言われ行った先がいわゆる合コンみたいなものだった。


高校のクラスの男子達は優しかったからすっかり忘れていた。私の世間での評価を。


トイレから帰ろうとすると聞こえてきたその声。同意するように重なる笑い声。


『ありえない。気分悪いわ。帰ろう花。』


私の隣にいた友達が、今まで聞いたことのない低い声でつぶやいて動けない私の手を引いてお店を出てくれた。


彼女は悪くないのに、何度もごめんと繰り返しながら。




女の子、同い年、そして比較的可愛らしいと自分で思っている花という名前。


人間は故意じゃなくてもそこにある情報からイメージを作り出すと思う。でも、陽介くんはただただ私をそのまま受け入れてくれた。


『花ちゃん、これからよろしくね!分からないことがあったら何でも聞いて!』


ああ。今はっきりと思い出した。


本当に嬉しそうに笑いかけてくれた陽介くんに、私はあの日からずっと恋焦がれているのだ。


…私は、楠田くんに言わないといけないことがある。


真剣に伝えてくれたからこそ、私も彼に真剣に伝えたい。


今日の夜、楠田くんに連絡しよう。




*
外がだんだん薄暗くなってきた頃、私たちはちょうどレストランに着いた。


「2名でご予約の夏目様ですね。お待ちしていました。」


50代くらいの笑顔が素敵なダンディな店員さんが迎えてくれた。


レンガで造られた建物にやわらかい色のランプで照らされた10席ほどしかないこじんまりとした店内。


おしゃれだけど温かくて居心地のよさそうな雰囲気のこのお店は、ネットに「完全予約制」と書いてあった。


店員さんが案内してくれたのは素敵なお庭がよく見える窓側の席だった。


「すごく素敵なお店だね!」


席に着いた途端我慢ができなくなって陽介くんに話しかける。


レンガ造りの建物も、温かい色合いの暗めの店内も、ライトアップされたお庭も優しそうな店員さんも何もかもが私の好みでテンションが上がってしまう。


「本当に!」


陽介くんも嬉しそうに笑った後、気まずそうに口を開いた。


「ここ…大ちゃんに教えてもらったんだ。…どうしても、花ちゃんの思い出に残るような所に行きたくて…」


何だか「花ちゃんの…」の先から陽介くんの声が小さくなって聞き取れなくなったけど、


「さすが大地さん。いろんな所知ってるんだね!」


そういえばこの前4人で遊びに行った時、おすすめのレストラン教えてくれるって言ってたなあ。今度聞いてみよう。


「ありがとう陽介くん。素敵なお店に連れてきてくれて。」


そう言って笑顔を向けると、陽介くんはきゅっと眉毛を寄せたあと、思いっきり破顔した。


ああああ!なんだその笑顔は素敵すぎる!
心の中でもだえ苦しみながら過ごしていると、


「花ちゃん、何食べようか?」


と陽介くんがメニュー表を開けてくれた。


イタリアンのレストランなだけあってピザやパスタなどシンプルな料理が並ぶけど、種類が多い!ど、どれにしよう…


うーんとうなって考えていると


「おっ、おすすめコースっていうのもあるんだ。」


陽介くんの声が聞こえた。…救世主だ!


「私、それにしようかな!」


「本当!俺もこれにしようと思ってた!2人前で頼めるみたい!」


すみません、と注文してくれた陽介くん。


「陽介くん、もう東京にお家は見に行ってるの?」


「ううん。なんか社員寮があるみたいで。最初はそこに住もうと思ってるんだ。」


…1人は寂しいしね。


そう付け足した陽介くんに私も頷く。


「花ちゃんは?勤務先は変わらないんだよね?」


「うん。だからしばらくは夏目荘に住もうかなって。とりあえず2年は販売員するみたいだからそれくらいは。」


「そっかあ。いいなあ。俺も時々遊びに帰ってくるからね!」


寂しそうにそう言う陽介くんに


「陽介くん、引っ越しはまだ先だよ~」


と笑い返す。


陽介くんがいなかったら寂しいよ


なんてどうにもならないことは言わない。


とそこに
「お待たせ致しました。本日のおすすめでございます。」


先程の店員さんが料理を持ってきてくれた。


生ハムと野菜がたっぷりと乗ったピザ、バジルの香りがただようジェノベーゼ、ほくほくと湯気の立つ温かそうなスープにパン…


…なんて美味しそうなんだろう。


陽介くんを見ると私と同じことを思ったようで料理を見ながら目をキラキラとさせている。


「美味しそう!」


「ね!食べよ食べよ!」


こぼれ落ちそうなほど生ハムと野菜の乗ったピザを一口頬張ると生ハム特有の塩気と新鮮な野菜の甘みが口いっぱいに広がる。


「んんん~!」


思わず口を押さえて陽介くんを見ると、彼も同じポーズをとっていた。


「陽介くん、このピザ、すっごく美味しい!」


「花ちゃん、このスープも!」


美味しい美味しいとお互いに勧め合いながら食べる。


高校生の頃までは太ってるのを気にして人前で食べることをためらうことが多かったけど。私は太っているし実際よく食べるのだから、それならいっそ開き直った方が楽だろうと思った結果がこれだ。


好きな人と美味しいと笑いながら過ごす食事の時間はとっても幸せだ。


「あー、これが最後の一口か…」


ものすごく残念そうにフォークに巻かれたパスタを見つめる陽介くんがかわいくて思わず笑みが溢れる。


そして食事がもうすぐ終わりそうという事実に私はそわそわしてしまう気持ちを落ち着かそうと必死になる。


だってこの後、この後は…


2人でコースを綺麗に食べ終わった後、店員さんが早速お皿を下げにきてくれる。


ついに、くる!


「こちら、サービスの紅茶でございます。」


上品な白いポットとティーカップのセットが静かに置かれる。そして…


「お客様、お誕生日おめでとうございます。」


陽介くんの目の前に美味しそうなチョコレートケーキと美しくカッティングされたフルーツが並ぶプレートが運ばれてきた。


陽介くんからこのレストランに来ると教えてもらった後、私はここのホームページを開いた。


お誕生日を祝うようなサービスはやっていないかと。結局ホームページには何も書いてなかったから電話をしたんだけど。


私はいつも陽介くんにしてもらってばっかりだから。私も陽介くんに何かをしたかった。


でも、こうやって祝われるのは大丈夫だったかな?


そろりと陽介くんの顔を見ると、プレートを見ながら固まっていた。


「え、あれ?俺予約した時何も…え?」


とまどいながら独り言を言った陽介くんははっとしたように私を見た。


「…もしかして、花ちゃんが?」


大きく目を見開いたまま私を見つめる陽介くんがなんだかとてもかわいい。


こくりと頷き、プレゼントをカバンから取り出す。


「陽介くん、お誕生日おめでとう!」


百貨店の店員さんに素敵に包んでもらった万年筆。


…喜んでくれるかな?


緊張で陽介くんの顔を見ることができない。


両手で差し出したプレゼントを陽介くんはゆっくりと受け取ってくれた。


「花ちゃん…」


小さな声に恐る恐る顔をあげると


そこには眉毛を下げて困ったように、でも嬉しそうに笑う陽介くんがいた。


「とってもとっても嬉しいよ。本当にありがとう!」


その笑顔があまりにも温かいものだったから、思わず涙腺が緩んでしまいそうになりぐっとこらえる。


「よかった。」


千紗、プレゼント、あげてよかったよ。


私を応援し、助けてくれた彼女に心の中でそう伝えた。



その後私たちは紅茶とケーキ(私の分もサービスしてくれた)を楽しんだ。そしてお腹もいっぱいになったところで陽介くんが「ちょっとお手洗いに」と席を立つ。


チャンスだ!


私はすかさず店員さんを呼び止めて「お会計を…」とお願いする。


すると、にっこり笑った店員さんは


「お代は頂戴しております。」


と爽やかに言った。


「えっ?」


いつ?え、前払いとか?


困惑している私を見て店員さんは少し慌てたように付け加えた。


「夏目健三さんの甥御さんの陽介さんとそのご友人だとお聞きしています。夏目さんは私の大学時代の先輩でして…」


夏目さんが既に支払って下さっているんですよ。甥の誕生日だからと。


と驚きの事実が判明した。


なるほど大地さんが陽介くんにこのお店を紹介したのもそういう理由があるのかもしれない。


「あ、そうだったんですね。ご馳走様でした。どのお料理も本当に美味しかったです!」


笑顔でそう伝えると「恐れ入ります。」と店員さんは小さく笑った。


「夫婦2人でやっている小さな店ですが、よければまた陽介さんと食べにきてくださいね。」


ええと…と見つめられ


「あ、花です!高瀬花といいます。」


と自己紹介をすると


「花さん。私は友永と申します。」


「友永さん。」


よろしくお願いします、こちらこそ、とやりとりをしていると陽介くんが帰ってきた。


そして


「お会計お願いします!」


とさっき私と友永さんがした会話をそのままそっくりくり返すのだった。



*
「本当においしかったね~!」


「ね~!」


レストランを出て私たちは駅へと歩き出す。


「このプレゼント、部屋帰ったら開けるね!」


本当に嬉しい!ありがとう!と先程から何回も言ってくれる陽介くんはプレゼントを慎重にかばんにしまった。


まるで宝物のように扱われているプレゼントに、何だか私が照れてしまう。


「それにしてもあの店員さんがおじさんの後輩だったなんてね」


「びっくりだよね。」


世間って狭いね~とのんびり歩いていると駅に着く。


ちょうどいいタイミングで来た電車に乗り込み、空いている席に2人で座る。


「ねえ花ちゃん、」


不意に陽介くんに話しかけられて彼の方を向く。


「何気に2人でお出かけって初めてなんだよ。知ってた?」


にこにことそう言う彼に私も頷く。


「そうだよね。」


2人でお出かけして陽介くんが楽しいか不安だった。


でも今日1日陽介くんが笑顔でいてくれたから、嬉しかった。


そして私も本当に楽しかった。


そう伝えようと陽介くんを見ると、


「花ちゃんごめん、せっかく座れたけど向こうに移動してもいい?」


優しく手を掴まれて席を立つ。


「え、うん?」


どうやら隣の車両に移るようだ。


どうしたんだろう?


不思議に思って座っていた場所を見ると、駅に着いたと同時に、酔っ払っている男性のグループが電車に乗ってきて私たちのいた席に座った。


…まさかああなると思って移動を?


いつも単純に素敵だなとだけ思ってきたがこれはすごく…心に来た。


なんてかっこいいんだろう。新たな陽介くんの魅力に私の心臓がきゅんとなった。



「あ、花ちゃんここ空いてるよ。」


座ってと握ったままの手を優しくひかれてそのまますとんと空いてる席に座ってしまう。そして、私の目の前に陽介くんが立った。


「あ、ありがとう。」


あまりにもスマートな流れに戸惑ってしまう。が、今日は陽介くんのお誕生日なのに!結局何もできないままもうすぐ終わってしまう。レストランの支払いも夏目さんがしてくれていたし、今も席に座らせてもらって…陽介くんの考えた計画にただ楽しんで付き合わせてもらっただけになっちゃったよ!


どうしよう、ともんもんと考えているとふと陽介くんと手を繋いだままになっていることに気付く。


私より1回り以上大きくて骨張っている手。とっても温かくて冷え性の私の手をまるで優しく包んでくれているような…


立っているのに握っている手を膝の上に置けるのはやっぱり陽介くん背が高いんだなあ……


ってだめっ!恥ずかしい!意識してしまうともうだめだ。顔に熱が集まっているのを感じる。


ていうか付き合ってもいない男女が理由もなく手を繋ぐなんて!


よくないよね、とばっと顔を上げると私を見ていたのかすぐに陽介くんと目があった。


優しく首をかしげる陽介くんにびっくりして、えっと体をびくりと動かすとそれと同時に陽介くんの手がさらに強く私の手を握りしめた気がした。


それにさらにびくりとすると陽介くんはいたずらっ子のように笑った。


え、かわいい。ていうか、ちょっとからかわれてる?


もう緊張でどうにかなりそうだから早く手を離してもらおうと口を開いてから


今日の大地さんの「今日、何かとびきり嬉しいことがあったら、陽介の手を握って気持ちを伝えるといいよ。」という言葉を思い出した。


もしかして、これはチャンスなのではないか?


どういう意図で大地さんが言ったか分からないけど、今日は本当に楽しかったし、陽介くんと2人でお出かけできて嬉しかった。


うん、この気持ちは伝えたい。


「陽介くん」


私の握っている陽介の手を両手で握りしめる。


今度は陽介くんが何事かとびくりとする。


「今日ね、本当に楽しかった!お誕生日、一緒に過ごさせてくれてありがとう!」


心からの気持ちを笑顔で伝えると


「っ!」


私の両手からするりと陽介くんの手が抜けてしまった。


さっきまで早く離してもらいたいと思っていたのにら温かなぬくもりが消えると急に心まで冷えたような気がしてしまう。


そして…引いたんじゃない?やっぱり、こんなこと言ったら陽介くん気持ち悪いと思ったんじゃないかな。


だって実際手も離れちゃったし…


大地さ~ん!


やったのは私だけど提案した大地さんに泣きつきたい気持ちをぐっと抑える。


ああ…


どんどん俯いてしまう顔。


「ほんとに…」


でも陽介くんがぼそりと何かをつぶやいたので恐る恐る顔を上げると…


両手で顔をおおっている陽介くんがいた。


ええ、どうしたの?


「よ、陽介くん大丈夫?」


え、よく分からないけど花粉?ティッシュ?


あたふたとカバンからティッシュを出そうとしていると右側の肩をたたかれた。


はっと隣を見ると30代くらいのお姉さんがこそりと私に耳打ちした。


「照れてんのよ彼。耳見てみて。いいカップルね。お幸せに。」


そう言ったお姉さんはサッと立ち上がって着いた駅に降りていった。


『照れてんのよ彼。耳見てみて。』


お姉さんに言われた通りそっと陽介くんの耳を見ると…


「あっ」


真っ赤だ。


照れてる?なんでだろう?かわいい!


と浅はかに思ったところで隣のお姉さんにしっかり会話を聞かれていたことを思い出す。


ここ、電車の中だ!


公共の場で恥ずかしいことをしたと私の顔に再び熱が集まってくるのを感じた。
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