きみとの距離

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夏合宿1

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そしてあれやこれやと迎えた夏合宿当日。


幸い天気にも恵まれた…が、


「暑い…暑すぎる」


ただいま36℃。猛暑と呼ぶにふさわしい天気になった。


呪文のように暑い暑いと呟くりっかの手を引いて、私はクラスのバスに乗り込んだ。


バスの階段を上るとすぐに、鈴のような声が聞こえてくる。


「あー、めいちゃん達きたー!」


どんなに暑苦しい日でも、美咲ちゃんは天使だ。


バスの後ろの方で手を振る美咲ちゃんを見て、思わず目を細めた。


「おはよう、美咲ちゃん。早いねー!」


「もっちろん!楽しみすぎて寝れなかったの!」


キラキラとした笑顔でそういう美咲ちゃん。


…実質1日中、缶詰にされる合宿のどこが楽しみなのか…


そういえば美咲ちゃんは学年順位上位者だったことをぼんやりと思い出し納得する。


「いや、違うよ!勉強はどこでもできるけど、ほら、明日太とめいちゃんをね!見るのが楽しみで!」


私の表情を見て即座に否定した美咲ちゃんはこそりとそんなことを言った。


「そんなー、何も起こらないよ。」


力なく否定するものの、今日までの美咲ちゃんの根回し?(言い方がひどい)はすごかった。


バスの席は泊まる部屋ごとに固められる。その
ためまず美咲ちゃんは私たちと同じ部屋を希望した。


その後、バスの一番後ろを取っていた七瀬くんのグループの男子達にかわいくお願いしているのを聞いた。


「私、明日太の隣が嬉しいんだけど、よかったら変わってくれないかなあ?」


学校のアイドル美咲ちゃんに頼まれて断れる者はいない。しかも、美咲ちゃんは七瀬くんのことが好きだと思われているため、男子達には「悔しいけど、協力するぜ」という雰囲気が流れている。


彼らは笑顔で承諾していた。


その結果、一番後ろの席に私たち3人と、七瀬くんと香澄くんの5人が座ることになった。


この調子だと、美咲ちゃんは合宿先のホテルでもたくさん助けてくれるのだろう。


とてもありがたい。七瀬くんの近くにいられることは本当に嬉しい。


でも…不自然じゃないだろうか?七瀬くんに気持ちがばれてしまわないだろうか?


そんなことを考えて、素直に喜べない自分がいた。


「おっ、美咲たち、早いねー!」


座席に座ってしばらくすると、七瀬くんがやってきた。


そのまま美咲ちゃんの隣に座る。


本当は美咲ちゃんは私と七瀬くんが隣の席になるように計画していたけど、それはお願いしてやめてもらった。


まず何時間も七瀬くんと至近距離なんて私の心臓が持たないし。


それに美咲ちゃんが七瀬くんの隣がいいと言った手前私が隣の席だと男子たちに不審がられる。


「津島、林、おはよう!」


美咲ちゃん越しにのぞきこんで挨拶してくれる七瀬くん。


ああ、今日も天使だ。


「おはよ。」


「おはよう七瀬くん。」


私も笑顔で挨拶した。



バスが出発してしばらくして…


「これ、松田からー。」


「わー、このチョコ好き!」


車内はお菓子交換会へと姿を変えていた。


バス移動とはお菓子交換会だ。


どのクラスになっても学年になっても変わらない。


色んな種類のお菓子をたくさん食べてお腹いっぱいになったところで、ホテルに到着した。


「うわー、結構豪華じゃない?」


部屋に着いたりっかは感心したように声をあげた。


「ほんとだね!」


合宿の泊まる場所は学年が上がるにつれてグレードアップするという噂があったが本当らしい。


そういえば1年生の時はとっても古い旅館で、夜はなんとなくどぎまぎしながら寝た記憶がある。


部屋に荷物を置いたら早速勉強場所に移動して授業開始だ。


このホテルは隣の棟が全室貸し出し会議室になっているようで、今回私たちはそこで授業を受ける。


「芽衣子ちゃんこっちー!」


いつの間にか席についていた美咲ちゃんとりっかに呼ばれ、私も急いでその隣に座る。


すると、


「俺らここ座っていい?」


香澄くんが私たちの前の席を指差した。


「うん、もちろん。」


大きく頷くと、なんと、私の前に七瀬くんが座った。


うわああああ。


七瀬くん、やっぱり背が高いなあ。


それに肩幅が広くて…男の子って感じだ。


「はい、じゃあ現代文から始めるぞー!」


急に先生の声が耳に入ってきてはっとなる。


私、なんか変態みたいなこと考えてなかった!?


ぶんぶんと首を振って頭を切り替える。


でも…


普段まじまじと見ることができない七瀬くんの後ろ姿に、授業中、何度も目がいってしまった。



*
「いただきまーす!」


そしてお昼ご飯。


このホテルはビュッフェ形式で、席も自由だった。


「おー、この唐揚げ美味しい!」


美咲ちゃんの計らいで、私の目の前には七瀬くんがいる。


大きく口を開けて唐揚げを頬張る姿はもう天使だ。


こんなに長い間七瀬くんの側にいられるなんて…!


幸せすぎてどうにかなりそうだ。


「津島?」


ああ、梅雨の間七瀬くん補給が全然できなかったから。


「おーい津島?」


幸せにひたっているといつの間にか七瀬くんが私の顔を覗き込んでいた。


「うわー!!どうしたの?」


近くに七瀬くんの顔があることにびっくりして思わずのけぞってしまう。


そんな私をきょとんと見つめた後、七瀬くんは笑った。


「ははははは!いや、津島がぼーっとしてたからどうしたのかなと思って!」


元気そうでよかった!


にこにこと笑う七瀬くんに癒されながらも、また面白い女子認定されそうで顔がひきつる。


もう、恥ずかしい。


私は下を向いて、思いっきりおかずにかぶりついた。


ああ、このコロッケ美味しいなあ…


思わず目を見開いてもぐもぐしていると、


「ふふっ」


頬杖をついて優しい笑顔で私を見る七瀬くんと目が合った。


「っ!」


うわあ、もしかして思いっきり食べるところを見られた?


…恥ずかしすぎる。


顔がどんどん熱くなっていく。


「…津島、美味しそうに食べるな。」


そう言って微笑んだ七瀬くんは、「俺おかわり行ってこよー!」
と元気に立ち上がった。


七瀬くんが見えなくなったところで、私は大きく息をつく。


「芽衣子大丈夫?」


りっかが心配そうに聞いてくれた。


「…うん。でも、七瀬くんの近くにいれるからか、心臓が止まりそう。」


どうしよう、そしてみんな本当にありがとう。


そう伝えると、りっか、美咲ちゃん、香澄くんは一瞬きょとんとした後笑顔を見せてくれた。




*
「私もう部屋に戻るけど芽衣子はどうするー?」


授業も終わり、お風呂も入り終わってただ今夜の21時。


ソファと自販機がおいてある休憩室で自習をしていた私たち。


うーんと伸びをしたりっかが立ち上がる。


「あー、私も戻ろうかなあ。」


美咲ちゃんも一段落したのか、教科書を片付け始めた。


「私はもう少し勉強していくよ。」


まだ明日の古文の予習が終わっていない。


「おっけ。部屋で待ってる。」


りっかは私の側に缶ジュースを置いてくれる。


「わー、ありがとう。」


「ん。」


2人に手を振って、古文のノートを取り出す。


明日は和歌の小テストだ。


しかし、この古文のノートには授業では取り扱わず、受験にもきっと出ないであろう私のお気に入りの恋の歌がたくさん書いてある。


このノートを古文の先生に提出しなければならない時がきたら軽く消えることができそうだが、仕方ない。


だって綺麗で切ない恋の和歌がたくさんあるんだもの。


と、そこに


「あれ、津島。」


あの優しい声が聞こえた。


「…七瀬くん。」


名前を呼ぶと、彼はにっこり笑ってくれた。


「勉強中?」


さっきまでりっかが座っていた席に腰掛けた七瀬くんは私の手元を覗き込んだ。


自然と近付く距離に、七瀬くんからふわっとシトラスのような爽やかな香りがする。


そんな彼にどきどきしながらもそれを悟られないよう平然を装う。


「うん、そうなのー。七瀬くんは?」


「俺は喉渇いたからジュース買いにきたんだ。」


そう言ってスポーツドリングのペットボトルをかかげる七瀬くんに笑顔を向ける。


「古文?明日テストだもんなあ!」


そう言って私の手元を覗き込んだ七瀬くんはピタリと止まって眉を下げた。


「どうしよう…俺、知らない歌ばっかりなんだけど…」


どんどん表情が暗くなっていく七瀬くんを不思議に思っていて、ふと気付いた。


あー!!
私のノート見られてる!!


私の!黒歴史になりかねないこのノート!!


でも、さっと隠すのも感じが悪いだろうし、腕でさりげなくノートが見えないようにカバーする。


「あ、これはね、綺麗だなーって思った歌を書き留めてるの!」


だから、全然テストとは関係ないから安心して!


決して嘘ではない言い訳を必死に並べ、七瀬くんには明日の小テストに出る和歌のプリントを手渡す。


「ありがとう」と言いながらそれを受け取った七瀬くんは私に笑顔でこう言った。


「津島は本当に努力家だよな。すごいよ。」


キラキラとした笑顔と褒め言葉をもらい、私は心の中で踊り狂う。


「そんな…努力家だなんて…」


「でね、その"おぼつかな君知るらめや足曳の山下水のむすぶこころを"っていう歌はどういう意味?」


もう一度私の手元を覗き込んだ七瀬くんは好奇心でランランとさせた瞳で私を見た。


…全部隠すのは無理だったか。


七瀬くんに聞かれた和歌は…


どうしようもなく私の心にぴったりだと思って書き留めたものだった。


これを言うのには勇気がいる。


…でもそんなことを知らない七瀬くんは素敵な笑顔でずっと私を見ている。


まあ、勇気がいるのは私だけか。


大きく息を吸って覚悟を決める。


私は七瀬くんを見つめてゆっくりと口を開いた。


「あなたは私がひっそりと山下水のようにあなたを思っていることをご存知でしょうか?」


平安時代の貴族が、恋人のために贈った歌だと言われているけれど…


まるで片想いみたいだ。


七瀬くんに届けることのないこの気持ちがこの歌に重なった。


七瀬くんは目を見開いて私を見つめた後、思いっきり破顔した。


「うわあ!ちょっとドキッとしたよー!すげー!切ない歌なんだね。」


胸を押さえてうおー!すごい!となぜかすごい興奮している七瀬くんに首をかしげながら、大きなミッションが終わったことに小さく息を吐いた。


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