黄金郷の夢

文月 沙織

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公開初夜 一

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「あの花に負けぬように、そなたを美しく咲かせて……散らしてやりたい」
 王の両腕が思いもよらぬ力でもってアベルの肩と腰を抱きしめてくる。
 黒い瞳――。異教徒の王の目をまえに、アベルは我知らず、身体が熱くなり、体内の奥部を占領している卵の存在が強烈に思い出されてくる。
 ほとんど本能的に王のたくましい身体を押しのけようとしたが、相手はさらなる力をこめてアベルを抱きしめてくる。観客たちから笑いと拍手が響いた。
「あのときの少年が、今、余の腕のなかにあるのだな……」
(え?)
 感慨ぶかげな王の言葉に、一瞬アベルは怒りも憎しみもわすれてディオ王の顔を見上げた。
 訝しむアベルにかまわず、王は胸の内を吐く。
「あのとき……、御前試合で相手の騎士を打ち負かした白銀の鎧兜の少年が、今、こんなにもえんを増して、余の腕にあるのだ」
 あのとき……、というのは、かつてアベルが初めて祖国の宮殿に伺候をゆるされた年の御前試合のことだろう。たしか……、あれは、
(五年ほど前だった……)
 十七歳のときだ。落ちぶれた家を再生させるの必死だったアベルは、どうにかして女王の目に留まりたく、死にもの狂いで馬術や武芸を学び、秋の日の試合で見事に戦果を得たのだ。
「自分の身体の倍もある相手を負かして、誇りやかに兜を取った騎士は……まだまだ初々しい美少年だった。こぼれる金髪、エメラルドを溶かしたような瞳。白い頬はほのかに赤く染まって……額に浮いた汗が真珠のようだったのを、今でもしっかりと覚えておる」
「ど、どうして、そんなことを……?」
 異教徒の王がなぜ帝国の宮廷でのことを知っているのか、驚愕して問うアベルに王は皮肉げな笑みを返す。
「当時、王太子だった腹違いの兄は余を嫌っておってな。余は外交調査という名目で、異国で遊んでおったのよ」
 つまり、間諜かんちょうをしていたのだ。そして、そのとき、アベルを見初めたのだという。
「あの日、神に誓った。あの美少年を、いつか必ず余のものにする、と」
(まさか……、そんな……)
 驚愕が終わると、アベルは不気味な何かを感じて、呆然としていた。
(グラリオン宮殿で会ったのが初めてだと思っていたが……)
 それ以前からディオ王はアベルを知っており、目をつけていた、ということだ。
 仲の悪かった王太子は、その年から二年後に急病で死に、長男に先立たれた心労もあってか、先王も亡くなり、ディオ王はグラリオンの最高権力者になった。そして、その権力をもって、アベルを手に入れようとしているのだ。
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