7 / 29
第6話 誤解と家族会議と、思いがけない告白
しおりを挟む
翌日の昼下がり。
湖畔の屋敷に、馬車の車輪音がいくつも重なって響いた。
マリーナが窓の外を見て、ふっと笑う。
「……来たね。嵐みたいな連中が」
玄関の扉が開くと、案の定――父マクセル、母エリーナ、兄リックス、伯父ハリス、そして従兄のジルベルトが勢揃いしていた。
重たい空気を連れてくる一団に、セリーヌは思わず背筋を伸ばした。
父が口を開く。
「ジルベルトくんからと、ライナルトくんから昨日事情を聞いた。……要するに、誤解だそうだ。
ライナルトくんは“セリーヌがレーモンドに想いを寄せている”と勘違いした。
それで、二人が幸せに添い遂げられるようにと――白い結婚を提案した、らしい」
「……初夜に?」
セリーヌの口元が引きつる。父は苦い顔をした。
「まあ、言うタイミングは最悪だ。だが……お前が決断を急ぎすぎたせいで、こじれたとも言える。
話し合いの余地があったはずだ」
その言葉に、部屋の空気が一瞬で冷えた。
「――お父様は、どうお考えなのです?」
セリーヌの声は静かだったが、奥に怒気がこもっていた。
「娘が幸せの絶頂から突き落とされても、黙って耐えろと?
侮辱されても、笑って受け入れろと?」
父マクセルがわずかに言葉を詰まらせる。
セリーヌは、吐き出すように続けた。
「“誤解”って言葉で片付けないでください。
レーモンド様を見つめていた? 確かに見ていました。剣の意匠が素晴らしかったから。
工芸として、剣の造りに見惚れていただけです。
それを“想いを寄せていた”と決めつけて、勝手に身を引く? ――他人の人生を、勝手に決めないでほしい」
拳を握る指が小さく震えていた。
「ですから、修復は不可能です。もう見切りをつけました。
わたくしは自分の人生を歩きます。次の結婚など、もう結構です」
沈黙のあと、母エリーナがゆっくりと笑った。
「ね? 言った通りでしょ? もう無理なのよ、この子は。
昔から、見切りをつけたら振り向かないの。
ライナルト様には気の毒だけど、“結婚する前に言えよ”って話よね」
その横で兄リックスが腕を組み、ぶっきらぼうに言った。
「まあ、無理に戻らなくてもいい。実家に帰ってくればいいさ。生活費くらい俺が稼ぐ」
「リックス兄様……ありがとうございます」
伯父ハリスが手を打った。
「よし、話はまとまったな。じゃあジルベルトの嫁にでもなれ!」
「……伯父様?」
セリーヌは眉をひそめた。
「もう結婚はこりごりと申し上げましたけれど?」
「そう言うな。お前ほどの娘だ、縁談なんて山ほど来るぞ。
でも、世間はうるさい。独り身の若い女は、何かと狙われる。
なら、最初からジルベルトと一緒になっておけば安心だ」
もっともな理屈ではあった。
けれど、セリーヌの胸には、別の壁があった。
(……心が、まだ男性としての感覚に引きずられてる。
“夫婦”になる、という実感が持てない)
そんな思いを抱えているうちに、ジルベルトが肩をすくめながら口を開いた。
「まあ、俺にしとけば、何かと丸く収まると思うんだけどな。
別にすぐ夫婦にならなくてもいいし。
少しずつ気持ちを通わせていけばいいんじゃないか?
……それとも、ライナルト殿と改めて向き合って、やり直すか?」
セリーヌは、彼をじっと見つめた。
「ジルベルト。わたくし、あなたと結婚しても……きっと最初は“兄妹みたい”な気持ちしか持てないかもしれませんよ。
――でも、お互いの想いが通じたときに、初めて夫婦になる。
その約束ができるなら……考えてもいいかもしれません」
ジルベルトの目がぱっと見開かれた。
「おい、おやじ! セリーヌが“あり”って言ったぞ!!」
「おおっ! やっぱり我が息子だ、やるな!」
伯父ハリスはガッツポーズを取り、父マクセルは額を押さえた。
兄リックスは顔を覆って肩を震わせ、母エリーナと祖母マリーナは声を殺して笑っていた。
「……な、何ですの? どうして皆そんな反応を……?」
エリーナがにやりと笑う。
「小さい頃からよ、ジルベルトくん、ずっとあなたのことが好きだったの。
お父様も何度も縁談を持ちかけられたけど、“娘には好きな人と結婚してほしい”って断ってたの。
それであなたはライナルト様を選んだ。でもうまくいかなかった。
だから今、お父様ちょっとショックなのよ。娘を取られた気分なんじゃない?」
「えっ……そうだったの?」
視線を向けると、ジルベルトは顔を真っ赤にしていた。
「ずっと……お前のことが好きだったんだよ。
でも、無理にとは言わない。気持ちが追いつくまで待つ。だから、嫁に来い」
「…………はぁぁ」
セリーヌは、ため息をつきながら遠い目をした。
怒りも呆れも、全部ひっくるめて、どっと疲れが出たようだった。
(どうして、こうも男たちは思い込みで走るのか……)
祖母マリーナが、そんなセリーヌの肩にそっと手を置き、茶を一口すすった。
「まあまあ、人生ってのは計画通りにいかないもんだよ。……セリーヌ、あんたは大丈夫だよ」
セリーヌは目を細め、微笑んだ。
「……はい。おばあ様の孫ですから」
窓の外、湖の面に反射した光が、やわらかく部屋の中を照らしていた。
湖畔の屋敷に、馬車の車輪音がいくつも重なって響いた。
マリーナが窓の外を見て、ふっと笑う。
「……来たね。嵐みたいな連中が」
玄関の扉が開くと、案の定――父マクセル、母エリーナ、兄リックス、伯父ハリス、そして従兄のジルベルトが勢揃いしていた。
重たい空気を連れてくる一団に、セリーヌは思わず背筋を伸ばした。
父が口を開く。
「ジルベルトくんからと、ライナルトくんから昨日事情を聞いた。……要するに、誤解だそうだ。
ライナルトくんは“セリーヌがレーモンドに想いを寄せている”と勘違いした。
それで、二人が幸せに添い遂げられるようにと――白い結婚を提案した、らしい」
「……初夜に?」
セリーヌの口元が引きつる。父は苦い顔をした。
「まあ、言うタイミングは最悪だ。だが……お前が決断を急ぎすぎたせいで、こじれたとも言える。
話し合いの余地があったはずだ」
その言葉に、部屋の空気が一瞬で冷えた。
「――お父様は、どうお考えなのです?」
セリーヌの声は静かだったが、奥に怒気がこもっていた。
「娘が幸せの絶頂から突き落とされても、黙って耐えろと?
侮辱されても、笑って受け入れろと?」
父マクセルがわずかに言葉を詰まらせる。
セリーヌは、吐き出すように続けた。
「“誤解”って言葉で片付けないでください。
レーモンド様を見つめていた? 確かに見ていました。剣の意匠が素晴らしかったから。
工芸として、剣の造りに見惚れていただけです。
それを“想いを寄せていた”と決めつけて、勝手に身を引く? ――他人の人生を、勝手に決めないでほしい」
拳を握る指が小さく震えていた。
「ですから、修復は不可能です。もう見切りをつけました。
わたくしは自分の人生を歩きます。次の結婚など、もう結構です」
沈黙のあと、母エリーナがゆっくりと笑った。
「ね? 言った通りでしょ? もう無理なのよ、この子は。
昔から、見切りをつけたら振り向かないの。
ライナルト様には気の毒だけど、“結婚する前に言えよ”って話よね」
その横で兄リックスが腕を組み、ぶっきらぼうに言った。
「まあ、無理に戻らなくてもいい。実家に帰ってくればいいさ。生活費くらい俺が稼ぐ」
「リックス兄様……ありがとうございます」
伯父ハリスが手を打った。
「よし、話はまとまったな。じゃあジルベルトの嫁にでもなれ!」
「……伯父様?」
セリーヌは眉をひそめた。
「もう結婚はこりごりと申し上げましたけれど?」
「そう言うな。お前ほどの娘だ、縁談なんて山ほど来るぞ。
でも、世間はうるさい。独り身の若い女は、何かと狙われる。
なら、最初からジルベルトと一緒になっておけば安心だ」
もっともな理屈ではあった。
けれど、セリーヌの胸には、別の壁があった。
(……心が、まだ男性としての感覚に引きずられてる。
“夫婦”になる、という実感が持てない)
そんな思いを抱えているうちに、ジルベルトが肩をすくめながら口を開いた。
「まあ、俺にしとけば、何かと丸く収まると思うんだけどな。
別にすぐ夫婦にならなくてもいいし。
少しずつ気持ちを通わせていけばいいんじゃないか?
……それとも、ライナルト殿と改めて向き合って、やり直すか?」
セリーヌは、彼をじっと見つめた。
「ジルベルト。わたくし、あなたと結婚しても……きっと最初は“兄妹みたい”な気持ちしか持てないかもしれませんよ。
――でも、お互いの想いが通じたときに、初めて夫婦になる。
その約束ができるなら……考えてもいいかもしれません」
ジルベルトの目がぱっと見開かれた。
「おい、おやじ! セリーヌが“あり”って言ったぞ!!」
「おおっ! やっぱり我が息子だ、やるな!」
伯父ハリスはガッツポーズを取り、父マクセルは額を押さえた。
兄リックスは顔を覆って肩を震わせ、母エリーナと祖母マリーナは声を殺して笑っていた。
「……な、何ですの? どうして皆そんな反応を……?」
エリーナがにやりと笑う。
「小さい頃からよ、ジルベルトくん、ずっとあなたのことが好きだったの。
お父様も何度も縁談を持ちかけられたけど、“娘には好きな人と結婚してほしい”って断ってたの。
それであなたはライナルト様を選んだ。でもうまくいかなかった。
だから今、お父様ちょっとショックなのよ。娘を取られた気分なんじゃない?」
「えっ……そうだったの?」
視線を向けると、ジルベルトは顔を真っ赤にしていた。
「ずっと……お前のことが好きだったんだよ。
でも、無理にとは言わない。気持ちが追いつくまで待つ。だから、嫁に来い」
「…………はぁぁ」
セリーヌは、ため息をつきながら遠い目をした。
怒りも呆れも、全部ひっくるめて、どっと疲れが出たようだった。
(どうして、こうも男たちは思い込みで走るのか……)
祖母マリーナが、そんなセリーヌの肩にそっと手を置き、茶を一口すすった。
「まあまあ、人生ってのは計画通りにいかないもんだよ。……セリーヌ、あんたは大丈夫だよ」
セリーヌは目を細め、微笑んだ。
「……はい。おばあ様の孫ですから」
窓の外、湖の面に反射した光が、やわらかく部屋の中を照らしていた。
847
あなたにおすすめの小説
幼馴染最優先の婚約者に愛想が尽きたので、笑って家出しました ― 笑顔で去っただけなのに、なぜ泣いているのですか
ラムネ
恋愛
侯爵令嬢リオナは、婚約者アルベルトが「幼馴染が可哀想だから」と約束を破り続ける日々に耐えていた。領地再建の帳簿も契約も、実はリオナが陰で支えていたのに、彼は「君は強いから」と当然のように扱う。決定的な侮辱の夜、リオナは怒らず泣かず、完璧な笑顔で婚約指輪だけを返して屋敷を去った――引継ぎは、何一つ残さずに。
翌日から止まる交易、崩れる資金繰り、露出する不正。追いすがるアルベルトを置き去りに、リオナは王立監査院の臨時任官で辺境へ。冷徹と噂される監察騎士レオンハルトと共に、数字と契約で不正を断ち、交易路を再生していく。
笑顔で去っただけなのに、泣くのは捨てた側だった。
その結婚は、白紙にしましょう
香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。
彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。
念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。
浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」
身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。
けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。
「分かりました。その提案を、受け入れ──」
全然受け入れられませんけど!?
形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。
武骨で不器用な王国騎士団長。
二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
白い結婚は終わりました。――崩れない家を築くまで
しおしお
恋愛
「干渉しないでくださいませ。その代わり、私も干渉いたしません」
崩れかけた侯爵家に嫁いだ私は、夫と“白い結婚”を結んだ。
助けない。口を出さない。責任は当主が負う――それが条件。
焦りと慢心から無謀な契約を重ね、家を傾かせていく夫。
私は隣に立ちながら、ただ見ているだけ。
放置された結果、彼は初めて自分の判断と向き合うことになる。
そして――
一度崩れかけた侯爵家は、「選び直す力」を手に入れた。
無理な拡張はしない。
甘い条件には飛びつかない。
不利な契約は、きっぱり拒絶する。
やがてその姿勢は王宮にも波及し、
高利契約に歪められた制度そのものを立て直すことに――。
ざまあは派手ではない。
けれど確実。
焦らせた者も、慢心した者も、
気づけば“選ばれない側”になっている。
これは、干渉しない約束から始まる静かな逆転劇。
そして、白い結婚を終え、信頼で立つ家へと変わっていく物語。
隣に立つという選択こそが、最大のざまあでした。
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします
鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。
だが彼女は泣かなかった。
なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。
教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。
それは逃避ではない。
男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。
やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。
王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。
一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。
これは、愛を巡る物語ではない。
「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。
白は弱さではない。
白は、均衡を保つ力。
白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。
白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。
「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」
そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。
——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。
「最近、おまえが気になるんだ」
「もっと夫婦としての時間を持たないか?」
今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。
愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。
わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。
政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ
“白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる