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第44話
マイラが「海の女神の愛し子」であると世に知れ渡った翌日、ハーティア王国のライデン陛下は静かに帰国の途についたと報せが届いた。
強引に娘を連れ戻すことは、今回は諦めたらしい。しかも、女神の祝福を受けた姿を目の前で見たのはクレーント王国の王と王妃を始め、重鎮や貴族たちだ。もはや「隠された真実」ではなく、誰もが知る事実となった。
その後、マイラは正式にジークエルと籍を入れた。きっかけは、レイジルやハロルドの暴挙によりこめかみに傷を負ったマイラを気遣い、ジークエルが「守るため」と婚約を申し出た形を取った。だが、それは建前に過ぎない。二人の心は既に深く結びついていた。
挙式は一か月後と定められ、ハーティア王国から再び使者が訪れたとしても、すでにマイラはクレーント王国の一員。王も民も、女神の愛し子を手放すつもりなどなかった。
籍を入れたあと、マイラは父サイモンとジークエルと共にデュパール子爵家で暮らし始めた。ジークエルは第二騎士団を辞め、サイモンのもとで領地運営や家督に関わる仕事を学び始めていた。夫婦となったとはいえ、初夜は結婚式の後と決めていたため、二人は穏やかに過ごしながらも、どこかくすぐったい新婚の日々を送っていた。
そして迎えた結婚式当日――。
空は雲一つなく晴れ渡り、まるで二人を祝福するかのように柔らかな光が降り注いでいた。
父サイモンに腕を取られ、マイラは一歩一歩、バージンロードを進む。胸の奥に甦るのは「巻き戻る前」の記憶。あの時は、大切な人と離れ、ジークエルとの未来もなく、ただ責務を背負い耐え続ける日々だった。心のどこかで「なぜ、私ばかりが」と何度も繰り返し問うていた。だが、今は違う。父が隣にいて、ジークエルが前にいる。愛すべき人々が参列し、笑顔と涙で自分を迎えてくれている。その現実に、足取りは自然と軽くなった。
親族席には、エレンス王国から駆けつけたマックエル伯爵家のライザルとイザベル夫妻、従兄弟のカイン。さらにアジェルダ侯爵夫人シーラやダリオ、モーリスの姿もあった。皆が涙を拭いながら笑顔で見守ってくれている。
友人席には、エリーナやナターシャ。レオンやルベル、アレク、そして海辺書房と影の一座の仲間たち。ジークエルの家族であるテレンス子爵家の人々や、彼が共に剣を振るった第二騎士団の仲間たちまで。どこを見ても、大切な人の姿があった。
涙が次々と頬を伝い落ちる。――こんなにも幸せな瞬間があるのだろうか。ただ感謝だけが胸を満たしていた。
父サイモンからジークエルへと手が渡される瞬間、サイモンは静かに娘へ囁いた。
「マイラ、幸せになるんだ」
それは、かつて別れの場面で彼が告げた言葉と同じだった。今度は涙ではなく、喜びの中で聞けたことが、何よりの救いだった。
祭壇の前でジークエルが誓いを立てる。
「わたくし、ジークエルは――どんな困難があろうとも、マイラを追いかけ、離れず、生涯愛し、幸せにすると誓います」
マイラも涙を浮かべながら応えた。
「わたくし、マイラは――どんな困難があろうとも、必ずジークのもとに戻り、再び愛し、幸せになると誓います」
神父が促すように「誓いの口づけを、女神へ」と告げると、ジークエルはベールを上げた。指で涙の跡を拭い、頬にそっと手を添える。
「マイラ、綺麗だ。もう二度と離さない。愛してる」
「……わたしも、ジークを愛してる」
二人の唇が重なった瞬間、協会の中に無数の花弁が舞い、虹色の光が天井から降り注いだ。神父は震える声で言った。
「この夫婦は、女神に愛され祝福されました――」
マイラは心の中で静かに呟いた。
「女神さま……ありがとうございます」
――結婚式の翌日から、ジークエルはマイラを片時も離さず過ごした。甘やかされ、抱きしめられ、幸せに満たされる一週間。だが、その時間は父サイモンによって「そろそろ休暇は終わりだ」と半ば強制的に幕を閉じられた。
それからの日々は、デュパール子爵家から通いながら「海辺書房兼・影の一座」の仕事を続け、時にジークエルと、時にサイモンと共に穏やかに過ごす日常だった。だが、その平穏を破るように――ハーティア王国から、再び面会の要請が届いたのだった。
強引に娘を連れ戻すことは、今回は諦めたらしい。しかも、女神の祝福を受けた姿を目の前で見たのはクレーント王国の王と王妃を始め、重鎮や貴族たちだ。もはや「隠された真実」ではなく、誰もが知る事実となった。
その後、マイラは正式にジークエルと籍を入れた。きっかけは、レイジルやハロルドの暴挙によりこめかみに傷を負ったマイラを気遣い、ジークエルが「守るため」と婚約を申し出た形を取った。だが、それは建前に過ぎない。二人の心は既に深く結びついていた。
挙式は一か月後と定められ、ハーティア王国から再び使者が訪れたとしても、すでにマイラはクレーント王国の一員。王も民も、女神の愛し子を手放すつもりなどなかった。
籍を入れたあと、マイラは父サイモンとジークエルと共にデュパール子爵家で暮らし始めた。ジークエルは第二騎士団を辞め、サイモンのもとで領地運営や家督に関わる仕事を学び始めていた。夫婦となったとはいえ、初夜は結婚式の後と決めていたため、二人は穏やかに過ごしながらも、どこかくすぐったい新婚の日々を送っていた。
そして迎えた結婚式当日――。
空は雲一つなく晴れ渡り、まるで二人を祝福するかのように柔らかな光が降り注いでいた。
父サイモンに腕を取られ、マイラは一歩一歩、バージンロードを進む。胸の奥に甦るのは「巻き戻る前」の記憶。あの時は、大切な人と離れ、ジークエルとの未来もなく、ただ責務を背負い耐え続ける日々だった。心のどこかで「なぜ、私ばかりが」と何度も繰り返し問うていた。だが、今は違う。父が隣にいて、ジークエルが前にいる。愛すべき人々が参列し、笑顔と涙で自分を迎えてくれている。その現実に、足取りは自然と軽くなった。
親族席には、エレンス王国から駆けつけたマックエル伯爵家のライザルとイザベル夫妻、従兄弟のカイン。さらにアジェルダ侯爵夫人シーラやダリオ、モーリスの姿もあった。皆が涙を拭いながら笑顔で見守ってくれている。
友人席には、エリーナやナターシャ。レオンやルベル、アレク、そして海辺書房と影の一座の仲間たち。ジークエルの家族であるテレンス子爵家の人々や、彼が共に剣を振るった第二騎士団の仲間たちまで。どこを見ても、大切な人の姿があった。
涙が次々と頬を伝い落ちる。――こんなにも幸せな瞬間があるのだろうか。ただ感謝だけが胸を満たしていた。
父サイモンからジークエルへと手が渡される瞬間、サイモンは静かに娘へ囁いた。
「マイラ、幸せになるんだ」
それは、かつて別れの場面で彼が告げた言葉と同じだった。今度は涙ではなく、喜びの中で聞けたことが、何よりの救いだった。
祭壇の前でジークエルが誓いを立てる。
「わたくし、ジークエルは――どんな困難があろうとも、マイラを追いかけ、離れず、生涯愛し、幸せにすると誓います」
マイラも涙を浮かべながら応えた。
「わたくし、マイラは――どんな困難があろうとも、必ずジークのもとに戻り、再び愛し、幸せになると誓います」
神父が促すように「誓いの口づけを、女神へ」と告げると、ジークエルはベールを上げた。指で涙の跡を拭い、頬にそっと手を添える。
「マイラ、綺麗だ。もう二度と離さない。愛してる」
「……わたしも、ジークを愛してる」
二人の唇が重なった瞬間、協会の中に無数の花弁が舞い、虹色の光が天井から降り注いだ。神父は震える声で言った。
「この夫婦は、女神に愛され祝福されました――」
マイラは心の中で静かに呟いた。
「女神さま……ありがとうございます」
――結婚式の翌日から、ジークエルはマイラを片時も離さず過ごした。甘やかされ、抱きしめられ、幸せに満たされる一週間。だが、その時間は父サイモンによって「そろそろ休暇は終わりだ」と半ば強制的に幕を閉じられた。
それからの日々は、デュパール子爵家から通いながら「海辺書房兼・影の一座」の仕事を続け、時にジークエルと、時にサイモンと共に穏やかに過ごす日常だった。だが、その平穏を破るように――ハーティア王国から、再び面会の要請が届いたのだった。
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