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第46話
あの日から、五年の歳月が過ぎ去った。
ハーティア王国のライデン陛下とは、謁見の場での出来事を境に手紙のやり取りが続いていた。時には女王アイリスからも文が届き、父と母と――文通という形ではあったが、ゆるやかに親子としての絆が育まれていた。
ある日のこと、マイラは思い立ったように筆を執り、手紙の末にこう書き添えた。
――「一度、子どもたちを連れてハーティア王国を訪ねてもよろしいでしょうか?」
今や彼女には四歳の息子アベルと、二歳になる娘ティアラがいる。二人とも亜麻色の髪に紫の瞳を受け継ぎ、愛らしい盛りだ。しかも、マイラの腹には三人目の子が宿っており、すでに安定期に入っていた。
「三人目が産まれてしまえば、しばらく遠出もできぬだろう」
義父サイモンの提案もあり、マイラは決心を固めた。
程なく、ライデンとアイリスからは「早く来てほしい、待ち望んでいる」という返事が届いた。マイラは荷造りに取りかかり、長期の留守に備えてレオンやルベルに仕事を引き継ぎ、家族揃っての旅支度は慌ただしくもどこか晴れやかだった。
出港した船は、波風に恵まれ、順調に進んだ。通常なら十日を要する航海を七日で終えられたのは、海の女神の祝福ゆえか――船員たちは羨望の眼差しでマイラ一家を見ていた。
港に着いた時点で城へと連絡を入れたが、予定より早い到着のため、迎えの支度にはまだ時間がかかるだろうと判断し、マイラたちは港の宿へと腰を落ち着けた。初めて足を踏み入れる異国の街並みに、子どもたちは胸を躍らせ、路地を走り回り、露店を覗き込み、無邪気に笑った。そんな姿を、ジークエルとマイラは微笑ましく見守り、家族水入らずの散策を楽しんだ。
翌日、城からの使者が宿に現れ、一行は城へと向かった。道中ではしゃぎ疲れた子どもたちはぐっすり眠り、謁見の間へ入るときにはジークエルとマイラがそれぞれ抱きかかえていた。
広い謁見場に足を踏み入れると、二人の子どもは目を覚まし、不安げに辺りを見回した。
「ママ?ここどこ?」
「パパ……?」
亜麻色の髪と紫の瞳――子どもたちの姿を目にした貴族たちの間には、ざわめきが広がった。もしかすると、マイラがこの国に戻ってくれるのではないか――そんな期待が透けて見えた。
ジークエルは子を抱いたまま一歩進み、堂々と声を響かせる。
「ハーティア王国アイリス女王陛下、並びにライデン陛下にご挨拶申し上げます。クレーント王国デュパール子爵家ジークエル、妻マイラ、そして子ら――長男アベルと長女ティアラにございます。本日こちらに到着いたしました」
続けてマイラも礼を取り、しっかりとした声で言葉を紡いだ。
「女王陛下、陛下。マイラにございます。今日は子どもたちに、おじい様とおばあ様を紹介したく参りました。……アベル、ご挨拶を」
促され、アベルは緊張した様子で小さな胸を張り、舌足らずな口調で名乗った。
「わたくし、デュパールししゃくけ……アベルです。じいじと、ばあばに、あいにきまちた!」
そう言って、深々と頭を下げ、すぐに恥ずかしそうに父の後ろへ隠れる。
妹のティアラも負けじと口を開いた。
「わたくち、ママのあかちゃんで、ティアラでち。じいじとばあば、みにきまちた」
幼い言葉のぎこちなさに場が和み、アイリスとライデンの目には涙が浮かんでいた。
ライデンは堪えきれず、ゆっくりと子らに歩み寄り、腰をかがめて両腕を広げた。
「アベル、ティアラ……おじい様だ。おいで」
子どもたちは顔を見合わせ、ためらいながらも次の瞬間、ぱっと駆け出してライデンの胸に飛び込んだ。
「じいじ、高い高いして!」
「じいじのおひげ、チクチクする!」
二人の幼い声にライデンの顔は崩れ、嬉しさに目尻を下げた。彼は孫たちを抱き上げ、そのまま足を進めて玉座に座るアイリスのもとへと連れて行く。
「はあば?ママににてる!」
「ティアとおんなじ!」
アイリスの前で子どもたちははしゃぎ、母の面影を見つけて無邪気に喜んだ。アイリスは感激のあまり動けず、ただ両手を差し伸べ、孫たちを抱き寄せた。
そのとき、不意にマイラが小さく声をあげ、ジークエルの腕に縋った。
「あっ……ジークエル……! 産まれるかもしれない……陣痛が来たの」
「な、何だって!」
ジークエルは思わず大声を張り上げ、場が一瞬ざわつく。
しかしマイラは苦痛に耐えながらも冷静だった。
「ジークエル、私を抱えて……。お父様は孫たちをお願い。お母様は私に付き添って。マリア、急いでホーキンス医師を呼んで」
その手際は慣れた母そのもの。迷いのない指示は、まるでこの城が自分の家であるかのような自然さすらあった。
やがて迎えた出産は驚くほど早かった。三人目ということもあり、陣痛からわずかな時を経て――しかも生まれたのは双子だった。
一人は父ジークエルと同じ漆黒の髪に紫の瞳を持つ女の子。
もう一人は母マイラの亜麻色の髪と、澄んだ青の瞳を受け継いだ男の子。
産声が響いた瞬間、ライデンは生まれたばかりの赤子をそっと腕に抱いた。小さく、壊れそうで、温かい命。アイリスもまた孫を腕に収め、その小ささに胸を震わせた。
髪の色や瞳の色など、どうでもよかった。ただ、そこに確かに流れる命の温もりが、二人の心を満たした。
――一度に四人の孫を授かったのだ。
ライデンとアイリスの頬を、涙がとめどなく伝った。長年待ち続けていた「家族」という絆を、この日ようやく抱きしめることができたのだった。
ハーティア王国のライデン陛下とは、謁見の場での出来事を境に手紙のやり取りが続いていた。時には女王アイリスからも文が届き、父と母と――文通という形ではあったが、ゆるやかに親子としての絆が育まれていた。
ある日のこと、マイラは思い立ったように筆を執り、手紙の末にこう書き添えた。
――「一度、子どもたちを連れてハーティア王国を訪ねてもよろしいでしょうか?」
今や彼女には四歳の息子アベルと、二歳になる娘ティアラがいる。二人とも亜麻色の髪に紫の瞳を受け継ぎ、愛らしい盛りだ。しかも、マイラの腹には三人目の子が宿っており、すでに安定期に入っていた。
「三人目が産まれてしまえば、しばらく遠出もできぬだろう」
義父サイモンの提案もあり、マイラは決心を固めた。
程なく、ライデンとアイリスからは「早く来てほしい、待ち望んでいる」という返事が届いた。マイラは荷造りに取りかかり、長期の留守に備えてレオンやルベルに仕事を引き継ぎ、家族揃っての旅支度は慌ただしくもどこか晴れやかだった。
出港した船は、波風に恵まれ、順調に進んだ。通常なら十日を要する航海を七日で終えられたのは、海の女神の祝福ゆえか――船員たちは羨望の眼差しでマイラ一家を見ていた。
港に着いた時点で城へと連絡を入れたが、予定より早い到着のため、迎えの支度にはまだ時間がかかるだろうと判断し、マイラたちは港の宿へと腰を落ち着けた。初めて足を踏み入れる異国の街並みに、子どもたちは胸を躍らせ、路地を走り回り、露店を覗き込み、無邪気に笑った。そんな姿を、ジークエルとマイラは微笑ましく見守り、家族水入らずの散策を楽しんだ。
翌日、城からの使者が宿に現れ、一行は城へと向かった。道中ではしゃぎ疲れた子どもたちはぐっすり眠り、謁見の間へ入るときにはジークエルとマイラがそれぞれ抱きかかえていた。
広い謁見場に足を踏み入れると、二人の子どもは目を覚まし、不安げに辺りを見回した。
「ママ?ここどこ?」
「パパ……?」
亜麻色の髪と紫の瞳――子どもたちの姿を目にした貴族たちの間には、ざわめきが広がった。もしかすると、マイラがこの国に戻ってくれるのではないか――そんな期待が透けて見えた。
ジークエルは子を抱いたまま一歩進み、堂々と声を響かせる。
「ハーティア王国アイリス女王陛下、並びにライデン陛下にご挨拶申し上げます。クレーント王国デュパール子爵家ジークエル、妻マイラ、そして子ら――長男アベルと長女ティアラにございます。本日こちらに到着いたしました」
続けてマイラも礼を取り、しっかりとした声で言葉を紡いだ。
「女王陛下、陛下。マイラにございます。今日は子どもたちに、おじい様とおばあ様を紹介したく参りました。……アベル、ご挨拶を」
促され、アベルは緊張した様子で小さな胸を張り、舌足らずな口調で名乗った。
「わたくし、デュパールししゃくけ……アベルです。じいじと、ばあばに、あいにきまちた!」
そう言って、深々と頭を下げ、すぐに恥ずかしそうに父の後ろへ隠れる。
妹のティアラも負けじと口を開いた。
「わたくち、ママのあかちゃんで、ティアラでち。じいじとばあば、みにきまちた」
幼い言葉のぎこちなさに場が和み、アイリスとライデンの目には涙が浮かんでいた。
ライデンは堪えきれず、ゆっくりと子らに歩み寄り、腰をかがめて両腕を広げた。
「アベル、ティアラ……おじい様だ。おいで」
子どもたちは顔を見合わせ、ためらいながらも次の瞬間、ぱっと駆け出してライデンの胸に飛び込んだ。
「じいじ、高い高いして!」
「じいじのおひげ、チクチクする!」
二人の幼い声にライデンの顔は崩れ、嬉しさに目尻を下げた。彼は孫たちを抱き上げ、そのまま足を進めて玉座に座るアイリスのもとへと連れて行く。
「はあば?ママににてる!」
「ティアとおんなじ!」
アイリスの前で子どもたちははしゃぎ、母の面影を見つけて無邪気に喜んだ。アイリスは感激のあまり動けず、ただ両手を差し伸べ、孫たちを抱き寄せた。
そのとき、不意にマイラが小さく声をあげ、ジークエルの腕に縋った。
「あっ……ジークエル……! 産まれるかもしれない……陣痛が来たの」
「な、何だって!」
ジークエルは思わず大声を張り上げ、場が一瞬ざわつく。
しかしマイラは苦痛に耐えながらも冷静だった。
「ジークエル、私を抱えて……。お父様は孫たちをお願い。お母様は私に付き添って。マリア、急いでホーキンス医師を呼んで」
その手際は慣れた母そのもの。迷いのない指示は、まるでこの城が自分の家であるかのような自然さすらあった。
やがて迎えた出産は驚くほど早かった。三人目ということもあり、陣痛からわずかな時を経て――しかも生まれたのは双子だった。
一人は父ジークエルと同じ漆黒の髪に紫の瞳を持つ女の子。
もう一人は母マイラの亜麻色の髪と、澄んだ青の瞳を受け継いだ男の子。
産声が響いた瞬間、ライデンは生まれたばかりの赤子をそっと腕に抱いた。小さく、壊れそうで、温かい命。アイリスもまた孫を腕に収め、その小ささに胸を震わせた。
髪の色や瞳の色など、どうでもよかった。ただ、そこに確かに流れる命の温もりが、二人の心を満たした。
――一度に四人の孫を授かったのだ。
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