波乱万丈って言葉、私のためにある?

宵森みなと

文字の大きさ
48 / 50

第46話

あの日から、五年の歳月が過ぎ去った。
ハーティア王国のライデン陛下とは、謁見の場での出来事を境に手紙のやり取りが続いていた。時には女王アイリスからも文が届き、父と母と――文通という形ではあったが、ゆるやかに親子としての絆が育まれていた。

ある日のこと、マイラは思い立ったように筆を執り、手紙の末にこう書き添えた。
――「一度、子どもたちを連れてハーティア王国を訪ねてもよろしいでしょうか?」

今や彼女には四歳の息子アベルと、二歳になる娘ティアラがいる。二人とも亜麻色の髪に紫の瞳を受け継ぎ、愛らしい盛りだ。しかも、マイラの腹には三人目の子が宿っており、すでに安定期に入っていた。

「三人目が産まれてしまえば、しばらく遠出もできぬだろう」
義父サイモンの提案もあり、マイラは決心を固めた。

程なく、ライデンとアイリスからは「早く来てほしい、待ち望んでいる」という返事が届いた。マイラは荷造りに取りかかり、長期の留守に備えてレオンやルベルに仕事を引き継ぎ、家族揃っての旅支度は慌ただしくもどこか晴れやかだった。

出港した船は、波風に恵まれ、順調に進んだ。通常なら十日を要する航海を七日で終えられたのは、海の女神の祝福ゆえか――船員たちは羨望の眼差しでマイラ一家を見ていた。

港に着いた時点で城へと連絡を入れたが、予定より早い到着のため、迎えの支度にはまだ時間がかかるだろうと判断し、マイラたちは港の宿へと腰を落ち着けた。初めて足を踏み入れる異国の街並みに、子どもたちは胸を躍らせ、路地を走り回り、露店を覗き込み、無邪気に笑った。そんな姿を、ジークエルとマイラは微笑ましく見守り、家族水入らずの散策を楽しんだ。

翌日、城からの使者が宿に現れ、一行は城へと向かった。道中ではしゃぎ疲れた子どもたちはぐっすり眠り、謁見の間へ入るときにはジークエルとマイラがそれぞれ抱きかかえていた。

広い謁見場に足を踏み入れると、二人の子どもは目を覚まし、不安げに辺りを見回した。
「ママ?ここどこ?」
「パパ……?」

亜麻色の髪と紫の瞳――子どもたちの姿を目にした貴族たちの間には、ざわめきが広がった。もしかすると、マイラがこの国に戻ってくれるのではないか――そんな期待が透けて見えた。

ジークエルは子を抱いたまま一歩進み、堂々と声を響かせる。
「ハーティア王国アイリス女王陛下、並びにライデン陛下にご挨拶申し上げます。クレーント王国デュパール子爵家ジークエル、妻マイラ、そして子ら――長男アベルと長女ティアラにございます。本日こちらに到着いたしました」

続けてマイラも礼を取り、しっかりとした声で言葉を紡いだ。
「女王陛下、陛下。マイラにございます。今日は子どもたちに、おじい様とおばあ様を紹介したく参りました。……アベル、ご挨拶を」

促され、アベルは緊張した様子で小さな胸を張り、舌足らずな口調で名乗った。
「わたくし、デュパールししゃくけ……アベルです。じいじと、ばあばに、あいにきまちた!」
そう言って、深々と頭を下げ、すぐに恥ずかしそうに父の後ろへ隠れる。

妹のティアラも負けじと口を開いた。
「わたくち、ママのあかちゃんで、ティアラでち。じいじとばあば、みにきまちた」

幼い言葉のぎこちなさに場が和み、アイリスとライデンの目には涙が浮かんでいた。

ライデンは堪えきれず、ゆっくりと子らに歩み寄り、腰をかがめて両腕を広げた。
「アベル、ティアラ……おじい様だ。おいで」

子どもたちは顔を見合わせ、ためらいながらも次の瞬間、ぱっと駆け出してライデンの胸に飛び込んだ。
「じいじ、高い高いして!」
「じいじのおひげ、チクチクする!」

二人の幼い声にライデンの顔は崩れ、嬉しさに目尻を下げた。彼は孫たちを抱き上げ、そのまま足を進めて玉座に座るアイリスのもとへと連れて行く。

「はあば?ママににてる!」
「ティアとおんなじ!」

アイリスの前で子どもたちははしゃぎ、母の面影を見つけて無邪気に喜んだ。アイリスは感激のあまり動けず、ただ両手を差し伸べ、孫たちを抱き寄せた。

そのとき、不意にマイラが小さく声をあげ、ジークエルの腕に縋った。
「あっ……ジークエル……! 産まれるかもしれない……陣痛が来たの」

「な、何だって!」
ジークエルは思わず大声を張り上げ、場が一瞬ざわつく。

しかしマイラは苦痛に耐えながらも冷静だった。
「ジークエル、私を抱えて……。お父様は孫たちをお願い。お母様は私に付き添って。マリア、急いでホーキンス医師を呼んで」

その手際は慣れた母そのもの。迷いのない指示は、まるでこの城が自分の家であるかのような自然さすらあった。

やがて迎えた出産は驚くほど早かった。三人目ということもあり、陣痛からわずかな時を経て――しかも生まれたのは双子だった。

一人は父ジークエルと同じ漆黒の髪に紫の瞳を持つ女の子。
もう一人は母マイラの亜麻色の髪と、澄んだ青の瞳を受け継いだ男の子。

産声が響いた瞬間、ライデンは生まれたばかりの赤子をそっと腕に抱いた。小さく、壊れそうで、温かい命。アイリスもまた孫を腕に収め、その小ささに胸を震わせた。

髪の色や瞳の色など、どうでもよかった。ただ、そこに確かに流れる命の温もりが、二人の心を満たした。

――一度に四人の孫を授かったのだ。

ライデンとアイリスの頬を、涙がとめどなく伝った。長年待ち続けていた「家族」という絆を、この日ようやく抱きしめることができたのだった。

あなたにおすすめの小説

夫に欠陥品と吐き捨てられた妃は、魔法使いの手を取るか?

里見
恋愛
リュシアーナは、公爵家の生まれで、容姿は清楚で美しく、所作も惚れ惚れするほどだと評判の妃だ。ただ、彼女が第一皇子に嫁いでから三年が経とうとしていたが、子どもはまだできなかった。 そんな時、夫は陰でこう言った。 「完璧な妻だと思ったのに、肝心なところが欠陥とは」 立ち聞きしてしまい、失望するリュシアーナ。そんな彼女の前に教え子だった魔法使いが現れた。そして、魔法使いは、手を差し出して、提案する。リュシアーナの願いを叶える手伝いをするとーー。 リュシアーナは、自身を子を産む道具のように扱う夫とその周囲を利用してのしあがることを決意し、その手をとる。様々な思惑が交錯する中、彼女と魔法使いは策謀を巡らして、次々と世論を操っていく。 男尊女卑の帝国の中で、リュシアーナは願いを叶えることができるのか、魔法使いは本当に味方なのか……。成り上がりを目論むリュシアーナの陰謀が幕を開ける。 *************************** 本編完結済み。番外編を不定期更新中。

必要とされなくても、私はここにいます

あう
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスのもとへ嫁ぐことになったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、理想の妻になろうとも、誰かの上に立とうともしなかった。 口出ししない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 ただ静かに、そこにいるだけ。 そんな彼女の在り方は、少しずつ屋敷の空気を変えていく。 張りつめていた人々の距離はやわらぎ、日々の営みは穏やかに整いはじめる。 何かを勝ち取る物語ではない。 誰かを打ち負かす物語でもない。 それでも確かに、彼女がいることで守られていくものがある。 これは、 声高に愛を叫ばなくても伝わる想いと、 何も奪わないからこそ育っていく信頼を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

恋詠花

舘野寧依
恋愛
アイシャは大国トゥルティエールの王妹で可憐な姫君。だが兄王にただならぬ憎しみを向けられて、王宮で非常に肩身の狭い思いをしていた。 そんな折、兄王から小国ハーメイの王に嫁げと命じられたアイシャはおとなしくそれに従う。しかし、そんな彼女を待っていたのは、手つかずのお飾りの王妃という屈辱的な仕打ちだった。それは彼女の出自にも関係していて……? ──これは後の世で吟遊詩人に詠われる二人の王と一人の姫君の恋物語。

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

【完結】帳簿係の地味令嬢、商会の不正を見抜いて王宮に見出されました。

夏灯みかん
恋愛
王都の商工会議所で働く、地味な帳簿係エミリー。 真面目に記録をつけることだけが取り柄の彼女は、同僚から軽く扱われ、雑用を押しつけられる日々を送っていた。 そんなある日――エミリーは、孤児院への配給物資の記録に、わずかな“ズレ”があることに気づく。 数量は合っている。 だが、なぜか中身の重量だけが減っている。 違和感を覚えたエミリーは、自ら倉庫へ足を運び、現物を確認する。 そこで見つけたのは、帳簿では見えない“静かな不正”だった。 しかしその矢先――不正の責任を押しつけられ、職場から追い出されそうになってしまう。 それでもエミリーは諦めない。ただ一つ、自分が積み上げてきた“記録”を信じて。 「では、正式な監査をお願いいたします」 やがてその記録は、王宮の政務監査官リオンの目に留まり―― 隠されていた不正はすべて暴かれる。 そして、彼女を軽んじていた者たちは、その代償を支払うことになる。 これは、地味で目立たなかった一人の帳簿係が、 “正しく記録した”ことで不正を暴き、王宮に見出されるまでの物語。

【完結】能力が無くても聖女ですか?

天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。 十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に… 無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。 周囲は国王の命令だと我慢する日々。 だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に… 行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる… 「おぉー聖女様ぁ」 眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた… タイトル変更しました 召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。