公爵夫人、爆発により時を遡る

宵森みなと

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第7話 早朝の食卓と、母の昔話~ルヴェルト視点

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朝霧がまだ地表をうっすらと這っている頃、フィニス侯爵家の正門前に、一人の男が馬を下りた。
サージェン家の長男、ルヴェルト――かつては誰よりも母に似た冷静な目を持ち、誰よりも父に似た強情さを受け継いだ男。昨日の再会から一晩、眠りにつけずにいた彼は、夜明けと共に屋敷を出て、誰にも告げずにこの地を訪れていた。

扉を叩くと、まもなく侍女が通してくれた先は応接間。
だがまだ朝も早い時刻だったせいか、屋敷の中は静けさをまとっていた。

しばらくして、慌てて寝間着から着替えたらしいアリスが、少し髪を乱したまま現れた。目元には眠気が残り、衣服もまだ整いきらぬ様子だった。

「あら……ルーくん。こんな朝っぱらから何の御用?」

彼女は目をこすりながら問いかけた。
ルヴェルトは気まずそうに目を逸らした。

「……すみません。昨日のことが、どうにも引っかかって……」

「まぁ。ルーくん、人様のお宅に朝から押しかけるなんて、礼儀知らずですこと」

言葉こそたしなめるような口ぶりだったが、その目にはやわらかな笑みが浮かんでいた。
それは間違いなく、自分の知る母の笑顔だった。

「朝ごはんは? まだなのね? そう。なら、わたくしもまだ頂いてないの。一緒に食べましょう」

呼び鈴を鳴らすと、手際よく侍女が食堂の準備に向かっていった。

アリスは静かにルヴェルトに向き直る。

「で、ルーくん。何がそんなに気になったの?」

今度は返答を待つ気配を見せ、彼女は椅子に腰を下ろした。

「……なぜ、マイエルの娘になったのかと……。事情がすぐ分かっていれば、俺の娘としても……」

そう言いかけたルヴェルトに、アリスは小さくため息をついた。

「ルーくん。わたくし、こんな姿なのよ? みる人が見ればすぐに“アリスティア”って分かってしまうわ。だからこそ、敢えて距離を置いたの。家族の傍にいると、むしろ疑われやすくなるから」

「……でも、領地にいれば……」

「領地の屋敷の中で、ずっと籠もっていればいいと? 私はそんなに無口で物静かな性格ではなかったはずよ」

言われて、ルヴェルトは言葉に詰まる。

「……わたくしも、家族のことを想わなかった訳じゃないのよ。でもね、この五年、時間を重ねて、自分が少しずつ年を取っていくのを感じてしまったの。同じように歳を重ねるなら……もう、過去の姿には戻れないわ。ならば、新しい人生を生きるしかないじゃない?」

その声には、苦渋と覚悟が混ざっていた。

しばしの沈黙の後、ルヴェルトがぽつりと呟いた。

「……ラフィエルが、自分のせいだと……ずっと悔やんでいる。……一目だけでも会ってやってくれないか、母上」

その言葉に、アリスは肩をすくめる。

「……もぉ~ルーくんったら、孫を引き合いに出すなんて、ずるいのね。でも、ラフィエルがそんなに悩んでいるなら……会ってあげてもいいわ。ただし、本当に信じてもらえるかは別よ?」

そのとき、朝食の準備が整ったことを知らせに侍女が現れ、二人は食卓へと移動した。

温かなパンに香ばしいスープ、果物のジャム。
ルヴェルトは黙々と口を動かしながら、ふとアリスの手元に目をやった。そこには、彼が子どもの頃から変わらず見てきた光景――そう、苦手な青野菜を、こっそり皿の飾り花の下に隠す、あの姿があった。

……やっぱり、母だ。

食事を終えた後、ルヴェルトはずっと気になっていたことを口にした。

「母上は、ロゼット様と幼なじみだと聞いています。昨日、“爆弾を作った”という話を聞いて……どんな学園生活を送っていたのか、ふと気になりまして」

「そうねぇ……聞かれなかったから、話してこなかったけど……。ロゼットとわたくし、結構やんちゃしたのよ」

「……えっ、母上が?」

「あら失礼。ルーくんだって学園に行ったでしょう? 歴代学園長の銅像、記憶にあるでしょ。わたくし達の頃は、サビエル学園長だったんだけど……そのひげを、短くして……鼻の下に魔法でヒビをつけて、鼻毛に見せかけたの。絶妙な長さがポイントだったのよ」

「……まさか、あの噂の犯人が……」

「あとね、いじめを見つけたら、こっそり魔法を仕込んでね。嘘をついたら眉毛が濃くなるとか、意地悪すると“ブッ”て音が鳴る魔法とか……ふふふっ。でも先生にはだいたいバレて、こっぴどく叱られたわ」

その笑顔は、年齢を問わず、いたずらを楽しむ少女のようだった。

「……でも、皆の前では淑女を完璧に演じていたはずよ。たぶん」

あまりに楽しげに語るその姿を前にして、ルヴェルトは思った。
虫がつく――父のあの杞憂は、まったくもって取り越し苦労だ。……いや、前言撤回だ。母なら案外、またモテるかもしれない。

「そういえば、クラウス様と婚約してても、学園時代に告白されたことあったのよ。モテてたの、わたくし」

……やはり、見張りが必要だ。
レイブンに事情を説明して、監視役を頼まなければ。

「……母上、レイブンとも同級生になると聞いています。ラフィエルにも含め、事情を話しても?」

「……そうね。どうせ“なし崩し的に”孫全員にバレて、そのうちお嫁さん方まで巻き込まれそうだし」

「……否定できません」

「じゃあ、入学前に一度、領地に伺うわ。秘密を隠すのも疲れるし、あなた達がちょこちょこ会いに来てたら、怪しまれるでしょう?」

「……すみません」

「じゃあ、こうしましょう。ティセリアに“シルビア姉様とロイドと遊びに行った”って言わせる形にするの。理由はそれで十分でしょ?」

「ありがとうございます。では、来週お待ちしています。泊まる部屋、用意しておきます」

「ええ。楽しみにしてるわね、ルーくん」

その笑顔は、かつて自分を叱りながらも必ず最後に優しく頭を撫でてくれた――あの母のままだった。
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