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第15話 目覚めた世界
「……っは……っ」
息を詰まらせるようにして目を覚ましたレーモンドは、跳ね起きた勢いで頭をぶつけかけた。
見慣れたはずの寮の天井が、なぜか遠く感じる。
「……ここは……」
額を押さえながら、夢から現実に引き戻される感覚を探すように辺りを見渡した。
机の上には開いたままの本、剣の手入れを途中で放った布、そして壁掛けの時計――
「……何時だ!? あれ、なんで俺、寮に……?」
混乱したまま、急いで服を身に纏い、乱れた髪に指を差し込んで整えもせぬまま、部屋を飛び出した。
「間に合うか……!?今日は、サラスティナとアイザック殿下の結婚式だろ!? 俺は……俺は……!」
焦りに任せて階段を駆け降りたその瞬間、廊下の角で誰かとぶつかった。
「いてっ……レーモンド?お前、どこ行くんだよ!」
ぶつかったのは同期の騎士、イクロンだった。
「悪い、急いでるんだ。衣装に着替えるのにマイラス家へ――っ」
そのまま走り去ろうとしたレーモンドを、イクロンが慌てて呼び止めた。
「待て待て、ちょうど家の馬車が来てる。自宅まで送ってやるよ!」
二人で寮の玄関を飛び出すと、ちょうどマデラン伯爵家の馬車が車停めに止まっていた。
「間に合った……助かる、借りるぞ!」
「おいおい、そんなに慌ててどうしたんだよ?」
「妹の結婚式に遅れそうでな!」
その言葉に、馬車へ続く階段を上っていたレーモンドの腕をイクロンが掴んだ。
「は?……妹? お前に妹なんていたか? ていうか、今日結婚式ってなんの話だ?」
「……何を言ってるんだ。お前、アイザック殿下付きじゃないのか。式に出ないのかよ」
「アイザック殿下って……まだ12歳だぞ? なに寝ぼけてるんだよ、お前」
「……12歳……?」
背中に冷たい汗が伝った。
「……まさか……おい、今日は何年の何月何日だ?」
「お前、本当に大丈夫か?……今は、ハイランド国暦686年の2月1日だ」
イクロンの言葉が耳の奥で何度も反響した。
信じられなかった。――いや、信じたくなかった。
「あ、はは……ははははっ……」
自嘲するように笑ったレーモンドは、息を吸い込み、少し震える声で言った。
「なあ……悪いが、頬を叩いてくれ。……夢なら、それで目が覚めるかもしれん」
「嫌だよ、そんなの。騎士団の規律破りたくないよ。……もう、医務室に行け。マジでヤバいやつだぞ、お前」
そのままイクロンに腕を引かれ、馬車を降ろされた。
騎士団本部の一角にある医務室には、既に老医師・ワグナーがいた。
白く広がる立派な髭、つやつやした頭頂部、そして朝の儀式とも言える大切なコーヒータイム。
「なんじゃ……朝から騒がしいのう……わしの癒しの時間を邪魔するとは……」
「じいさん、こいつ、頭が変なんだ。自分はまだ夢の中にいるって言ってる」
ワグナーはうんざりしたようにため息をつきながら、棚からごそごそと瓶を取り出した。
「レーモンド。夢だの現実だの、議論しても仕方ない。ならば、これだ」
差し出されたのは、騎士団で“伝説級に不味い”と語られる気付け薬だった。
「飲め。味がすれば現実、しなければ夢だ。簡単だろう?」
「……なんて理屈だ……だが……やってみるさ」
意を決し、一気に流し込んだ。
その瞬間、口内に広がったのは、形容しがたい苦みと臭気――
「おえっ……」
それでも吐き出さずに耐えた。
喉を通った瞬間、涙が滲み、胃がきゅうと縮こまる。
「……クソ不味い味だ。これが現実か?」
「そうじゃ。残念ながら、ここが現実じゃよ」
レーモンドは深く、長く息を吐いた。
やがて、力なく笑いながら言った。
「……じゃあ、もう一度……やり直せるんだな」
そのままイクロンに事情を誤魔化し、団長には体調不良と伝えてもらい、久方ぶりにマイラス侯爵家の門をくぐった。
だが、かつての面影は薄く、屋敷はどこか淀んだ空気に包まれていた。
花瓶の花も枯れかけ、重厚な調度品が逆に陰鬱さを際立たせていた。
「……こんなに……暗かったか?」
その時、玄関ホールから父デュランが現れた。
レーモンドを見て、明らかに驚いた顔をする。
「ちょうどお前に話さねばならんと思っていたところだ。……少し来てくれ」
執務室に通されたレーモンドに、デュランは静かに語り出した。
「リュモン子爵家に行って、サラスティナ嬢との婚姻について話をしてきた。書面上の婚姻だ。お前は関心もなかろうが、三年間白い関係を続けた後、彼女を養女として迎え、跡取りとするつもりだ」
その言葉に、レーモンドはまっすぐデュランを見据えて言った。
「……いえ、私はサラスティナ嬢を妻として、誠心誠意、大切にいたします。――結婚式も、ぜひきちんと挙げさせてください」
デュランは目を見開き、口を開けて固まった。
「お前、……何を言ってるんだ? サラちゃんは12歳だぞ? ……式なんて、あの子が好きな相手と挙げさせてやりたいから、必要ないと言ったはずだろう?」
レーモンドは、ふっと微笑んだ。
「……私は、あの子を“妹”ではなく、最初から“妻”として迎えた未来を知っている。……だから、もう二度と手放しません。必ず、サラと――共に生きていきます」
「……サラ呼びって……お前、本当に頭打ったんじゃないか……」
デュランの言葉に、レーモンドは笑って首を振った。
「いいえ、父上。ようやく、目が覚めたんです」
息を詰まらせるようにして目を覚ましたレーモンドは、跳ね起きた勢いで頭をぶつけかけた。
見慣れたはずの寮の天井が、なぜか遠く感じる。
「……ここは……」
額を押さえながら、夢から現実に引き戻される感覚を探すように辺りを見渡した。
机の上には開いたままの本、剣の手入れを途中で放った布、そして壁掛けの時計――
「……何時だ!? あれ、なんで俺、寮に……?」
混乱したまま、急いで服を身に纏い、乱れた髪に指を差し込んで整えもせぬまま、部屋を飛び出した。
「間に合うか……!?今日は、サラスティナとアイザック殿下の結婚式だろ!? 俺は……俺は……!」
焦りに任せて階段を駆け降りたその瞬間、廊下の角で誰かとぶつかった。
「いてっ……レーモンド?お前、どこ行くんだよ!」
ぶつかったのは同期の騎士、イクロンだった。
「悪い、急いでるんだ。衣装に着替えるのにマイラス家へ――っ」
そのまま走り去ろうとしたレーモンドを、イクロンが慌てて呼び止めた。
「待て待て、ちょうど家の馬車が来てる。自宅まで送ってやるよ!」
二人で寮の玄関を飛び出すと、ちょうどマデラン伯爵家の馬車が車停めに止まっていた。
「間に合った……助かる、借りるぞ!」
「おいおい、そんなに慌ててどうしたんだよ?」
「妹の結婚式に遅れそうでな!」
その言葉に、馬車へ続く階段を上っていたレーモンドの腕をイクロンが掴んだ。
「は?……妹? お前に妹なんていたか? ていうか、今日結婚式ってなんの話だ?」
「……何を言ってるんだ。お前、アイザック殿下付きじゃないのか。式に出ないのかよ」
「アイザック殿下って……まだ12歳だぞ? なに寝ぼけてるんだよ、お前」
「……12歳……?」
背中に冷たい汗が伝った。
「……まさか……おい、今日は何年の何月何日だ?」
「お前、本当に大丈夫か?……今は、ハイランド国暦686年の2月1日だ」
イクロンの言葉が耳の奥で何度も反響した。
信じられなかった。――いや、信じたくなかった。
「あ、はは……ははははっ……」
自嘲するように笑ったレーモンドは、息を吸い込み、少し震える声で言った。
「なあ……悪いが、頬を叩いてくれ。……夢なら、それで目が覚めるかもしれん」
「嫌だよ、そんなの。騎士団の規律破りたくないよ。……もう、医務室に行け。マジでヤバいやつだぞ、お前」
そのままイクロンに腕を引かれ、馬車を降ろされた。
騎士団本部の一角にある医務室には、既に老医師・ワグナーがいた。
白く広がる立派な髭、つやつやした頭頂部、そして朝の儀式とも言える大切なコーヒータイム。
「なんじゃ……朝から騒がしいのう……わしの癒しの時間を邪魔するとは……」
「じいさん、こいつ、頭が変なんだ。自分はまだ夢の中にいるって言ってる」
ワグナーはうんざりしたようにため息をつきながら、棚からごそごそと瓶を取り出した。
「レーモンド。夢だの現実だの、議論しても仕方ない。ならば、これだ」
差し出されたのは、騎士団で“伝説級に不味い”と語られる気付け薬だった。
「飲め。味がすれば現実、しなければ夢だ。簡単だろう?」
「……なんて理屈だ……だが……やってみるさ」
意を決し、一気に流し込んだ。
その瞬間、口内に広がったのは、形容しがたい苦みと臭気――
「おえっ……」
それでも吐き出さずに耐えた。
喉を通った瞬間、涙が滲み、胃がきゅうと縮こまる。
「……クソ不味い味だ。これが現実か?」
「そうじゃ。残念ながら、ここが現実じゃよ」
レーモンドは深く、長く息を吐いた。
やがて、力なく笑いながら言った。
「……じゃあ、もう一度……やり直せるんだな」
そのままイクロンに事情を誤魔化し、団長には体調不良と伝えてもらい、久方ぶりにマイラス侯爵家の門をくぐった。
だが、かつての面影は薄く、屋敷はどこか淀んだ空気に包まれていた。
花瓶の花も枯れかけ、重厚な調度品が逆に陰鬱さを際立たせていた。
「……こんなに……暗かったか?」
その時、玄関ホールから父デュランが現れた。
レーモンドを見て、明らかに驚いた顔をする。
「ちょうどお前に話さねばならんと思っていたところだ。……少し来てくれ」
執務室に通されたレーモンドに、デュランは静かに語り出した。
「リュモン子爵家に行って、サラスティナ嬢との婚姻について話をしてきた。書面上の婚姻だ。お前は関心もなかろうが、三年間白い関係を続けた後、彼女を養女として迎え、跡取りとするつもりだ」
その言葉に、レーモンドはまっすぐデュランを見据えて言った。
「……いえ、私はサラスティナ嬢を妻として、誠心誠意、大切にいたします。――結婚式も、ぜひきちんと挙げさせてください」
デュランは目を見開き、口を開けて固まった。
「お前、……何を言ってるんだ? サラちゃんは12歳だぞ? ……式なんて、あの子が好きな相手と挙げさせてやりたいから、必要ないと言ったはずだろう?」
レーモンドは、ふっと微笑んだ。
「……私は、あの子を“妹”ではなく、最初から“妻”として迎えた未来を知っている。……だから、もう二度と手放しません。必ず、サラと――共に生きていきます」
「……サラ呼びって……お前、本当に頭打ったんじゃないか……」
デュランの言葉に、レーモンドは笑って首を振った。
「いいえ、父上。ようやく、目が覚めたんです」
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